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お花屋アルバイター 前

 三崎小春みさきこはるに言わせると、自分は決して顔立ちが整っている方ではない。ましてやスタイルが良いわけではない。更に言えばそんなに気立てが良いわけでもない。にもかかわらずだがしかし、自分は結構意外に割とモテる。世の中、見る目がない人間が多すぎる。まっこと!!

 「こ、こんにちは」

 という強張った声が店頭から聞こえたので、店の奥で水替えをしていた小春はエプロンで手を拭きながら慌てて走った。この時間帯はいつもお客さんがすくないので、油断していた……。

 「はい! すいません。お待たせして」

 店先に飛び出して行って、元気の良い声でそう言って、顔を上げると見たことのある顔を見つけた。

 「あ。こんにちは……」

 勢いをそがれて、つい素に戻ってしまう。

 目の前に立っているのは同じ大学の同級生で、特にすごく仲が良いわけでもないけれど、去年ゼミが一緒だったので、偶然学内で会えば時々話したりする。中肉中背。特にこれといって特徴はない、地味なタイプだけど、感じは悪くない。人畜無害、と小春の中では位置づけている青年。高本君だ。

 「こんにちはっ」

 高本は心持ち緊張したように顔を強張らせてもう一度言った。

 「押しかけてきてごめん。三崎さんがここで働いてるって井上に聞いて」

 「ああ。うん、井上ね……」

 井上の方は小春と割と親しいから小春のバイト先を知っている。たしかに口が軽いヤツなら誰にでもペラペラと話しそうだ。内心で納得する。

 「で、どうしたの?」

 小春がちょっと小首をかしげて尋ねると、高本はうっと詰まってちょっと目を泳がせた。

 「あの、あ、そう。お花。花束欲しいんだけど」

 「んー。分かった。どのくらいの予算で、どんなイメージ、とかある?」

 「あ。せ、千円くらいで、可愛い感じの。……あ、三崎さんが好きな花とかおすすめの花とか使って」

 「私の好きな花でいいのお? ウツボカズラだよ?」

 食虫植物。

 「う、ウツ……?」

 (伝わらなかったか……)

 三崎はちょっと苦笑して「冗談。了解しました」と言う。

 「ちょっと待ってね。今店主が居ないから私が作る事になっちゃうけど大丈夫? 時間あるならあと四十分くらいで店主が戻ってくるから作ってもらうけど」

 「だ、大丈夫。三崎さんで」

 「わかった。千円くらいだと小さい花束みたいな感じになっちゃうけどいい?」

 高本が勢い良く頷くのを確認して、小春は周囲を見渡す。正式には、切花を置いてある棚を見渡して、容器に挿されて並んでいる様々な彩りの花々をざっと一瞥する。自分が好きな花、はともかく、可愛い感じと言われたら使う色はピンクか黄色やオレンジのパステル系だ。頭の中で素早く計算して、予算内に収まるようにするにはどんな花を使えるかを考える。この前蔓系植物の花束での使い方を店主から教わったばかりだから使ってみたいけど、この予算の小型の花束では見栄えが悪くなるかもしれないから無理か。バラか、ガーベラ使おうかな。「高本君、バラとガーベラ、どっちがいい?」「が、ガーベラ?」「……バラにしとくね」僅かにオレンジがかったサーモンピンクのバラを選んで手に取る。隣にあった淡いピンク色のカーネーションも。ボリュームを出す為にフィラフラワーと呼んでいる小さい花がいくつもついているものを加えて、白い小さなマーガレットに似た花を散らして、赤い実を加えて……。自分で言うのもなんだけど、大分手際が良くなってきたと思う。初めてこの店の店主の作るのを見た時は、魔法のようだとびっくりしたけれど、少しは、ほんの少しくらいは近づいているんじゃないか、と。専用の鋏で丁度良い長さにカットして、根元を塗らしたティッシュで巻いて、ゴムで止めて、水漏れしないようにホイルで包んだら白に近いピンクの紙で無造作風にひと巻き。その後、重ねるようにふわりとした手触りの良い、半分色が透ける薄いオレンジがかったピンクの紙でくるくるとくるんで、10分くらいしたらもう、花束は出来上がっていた。

 手に持ってみて、上から見下ろす。うん、満足。と自分で頷く。

 「できたよ」

 声をかけると、高本ははっと我に返った顔をした。

 「すごいね。ホントに花束できちゃった……」

 「まあね、一応、バイトとはいえ花屋ですから。千円になります」

 「あ。ああ、はい」

 高本は慌てて肩に掛けていた鞄の中をごそごそとやって、財布を取り出し、小春に千円札を一枚渡す。

 「ありがと」

 言って、お金を受取った小春が花束を渡そうと差し出そうとするのに、高本は何故かそこに立ち竦んだままだった。じっとその花束を見つめて、手を出そうとしない。

 「高本君?」

 「あの、それ、プレゼント」

 「はい?」

 「三崎さんにあげる」

 「はあ?」

 高本は視線を上げて、わけがわからずにぽかんとする小春の顔を見下ろす。

 「三崎さん、好きです。付き合ってください」

 小春は唖然として目の前の高本を見つめてしまった。でも、気分は案外冷静で、手の中の行き場のない花束はどうしよう、と余計な事まで思う。

 「……ごめんね、私、高本君の事はそういう風に見てなかったから」

 小春が言うと、高本の肩が一度大きく震えた。

 「無理って事?」

 「うん。ごめん」

 高本は沈黙して、しばし立ち竦む。この沈黙、この気まずい空気感。何度経験しても慣れないなあ、と小春は居心地の悪い思いだ。

 「……そっか。じゃあ」

 「あの、お花……?」

 「いいよ。あげる」

 「あ。ありがとう」

 すごすごと歩き去る高本の背中を見送って、見えなくなると小春は花束を側の作業用のテーブルに置いて一つ大きな舌打ちをした。苦々しい気分だ。高本が井上か誰かに、小春のことを小さくて可愛い、守ってあげたいタイプ等と言っていたという話は聞いたことがあったけれど、まさか告白されるとは! そんなに話した事もないのに。

 自分でいうのもなんだが、小春は自分が特別美人だったり可愛いわけではないと知っていた。ごく普通だ。ただ、身長は同年代の一般的な女子よりもかなり低い。割と目も大きくてぱっちりとしていて、更に童顔だから、よく「小動物系」と称されて可愛がられる。得するルックスだよね、ともよく言われる。その容姿が時たま誰かのツボを刺激するのか、そんなにしょっちゅうではないけれど、時々今みたいにあまりよく知らない男の子に告白されたりする。年に1、2回くらい。

 それを知ると羨ましがる人も多いのだけど、正直小春にとっては迷惑だ。自分なんかに思いを寄せてくれるのはありがたいけれど、やっぱり迷惑なものは迷惑だ。

 机の上に乗せた花束を見て途方に呉れる。どうしよう、これ。プレゼントされたとはいえ、なんとなく気分的に持って帰りたくないなあ。

 そんな事を考えていたら、突然背後で物音がした。部屋の奥には裏口に続く扉があるから、そこから誰かが入ってきていたのかもしれない。振り返ると「ちょっとだけこの店のバイト」の柏木清かしわぎせいが立っていた。

 (やばい。舌打ち聞かれたかな!?)

 女子として、接客業として、それはどうかと思う。小春がひやりとしているのは知ってか知らずか、柏木は振り返った小春の顔を見るとにっこりと笑った。

 「お疲れ様。配達終わったよ」

 「あ。ありがと。……あの、柏木君、もしかして聞いてた?」

 小春が思わず尋ねると、柏木はちょっと首をかしげる。

 「ああ。告白? ごめんね。聞こえちゃった。……三崎さん、もてるんだね」

 感じの良い笑顔でさらっと言って、柏木は特にこだわりなくカウンターの脇にある鍵かけに車のキーを戻し、レジに集金用のウェストポーチを置く。

 「お金、ここに置いておくからよろしくね。じゃあ、俺隣だから」

 聞きたかったのは告白じゃなくて舌打ちについてだけど、それを聞いたら舌打ちをしたと白状することになるから聞けもしない。しょうがない、聞かれなかった事にしようと自分を慰める。「……お疲れ様」とさっさと去って行く柏木の背中に声をかけて、小春はちょっと心の中で舌を出した。

 (今日も今日とて胡散臭い人)

 柏木清は小春が苦手な人間の中でも上位に入る人間だ。彼を知る人には誰も言えないけれど。なんせ彼の人望といったら目を見張るほどだ。

 そこいらのアイドルも霞んじゃうくらい顔がかっこ良くて、背も高くて、頭の良い大学に行っていて、どこか良いとこの社長の息子とかで、車の免許も持っていて、おまけにあの好青年っぷり!! 胡散臭すぎる。と思ってしまうのは小春がヒネクレ者だからだろうか? でも、なんとなく嘘臭い感じがするのだ。柏木と話していても、違和感がして、何か目に見えない壁に向かって話しているような気が時々してくる。だからいつも、得体の知れない、何考えてるんだかよく読めない謎な人、という気がして、不気味で、苦手意識を持ってしまう。

 (まあ別に、そんなに関わる人じゃないんだから、どうでもいいんだけど)

 柏木は正式には、この花屋「Pinocchioピノッキオ」のバイトではない。隣の店のバイトだ。

 小春のバイトしている花屋の隣には、小さいながら小洒落たカジュアルフレンチのお店「Grainグラン deドゥ riz」がある。二つの店は隣接、というか一つに繋がっている建物を分割して使っている。建物には一つしか駐車スペースがなく、そのスペースはレストランの方にあるのでもちろんレストランの持ち物なのだけど、レストランのオーナーは日中頻繁に車が必要ではなく、花屋は必須なので、駐車スペースは花屋が使わせて貰っている、という面倒くさい協力体制でやっているせいか、職員間の境界も曖昧になっている。花屋の店主はフラワーアレンジメントの教室の先生もしているから、抜ける時間がある。その時間はバイトの小春が店頭を任されるが、配達の仕事が入った場合は丁度その時間は割と暇であるレストランのバイト、柏木に助けを求める。その代わりなのか、それとも花屋の店主の好意なのか、隣のレストランが忙しくて手が足りない時は、花屋の店主は店頭を小春に任せてレストランの手伝いに行ってしまう事もある。または、閉店後も小春が後片付けしている間、教室がない日は手伝ったりしている。

 初めてバイトに来て説明を受けた時は、夫婦でも恋人でもない二人の店主のその協力体制に驚いたものだった。1年も経つ今ではすっかり慣れっこだけど。何故か、休日などでお昼をまたいでバイトする時は、隣のレストランは小春の分のまかないも作ってくれるし。さすがレストラン、すごく美味しいし。

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