[Arrange] The tea for you
Merry Happy Chiristmas to you ♪
「ごちそうさまー♪ よいクリスマスを!」
「ありがとうございました」
その日最後のお客さまを送り出している彼女を見つめて微笑む。 今日もまた閉店時刻をかなり過ぎている。 いつもなら公共の交通機関が動いているうちに先に帰ってもらうのだが、さすがにクリスマス・イブとあってとても一人でさばききれなかったのだ。 歩いて帰れないこともないが、女性を一人で歩かせるなどできる相談ではない。
「ああ・・・もうイブではないですね」
小さくつぶやく。 考えてみればもう真夜中を過ぎている。 日付はとうにイブからクリスマスへとなっていた。 さげられてきたカップとポットを洗い、手早く明日、いや今日の準備をする。 今年のクリスマスは土曜日だ。 土、日は十一時開店だから準備を終わらせておけばぎりぎりに来ても充分に間に合う。 そうすれば彼女にもゆっくり休んでもらえるだろう。
「こっち終わったわ・・・あら? どうしたの、もう準備なんて・・・」
テーブル席の片付けを終えて戻ってきた彼女が彼の手元を覗き込むのに小さく笑う。
「もうこの時間ですから今やっておけば朝、ゆっくりしていられるでしょう?」
「そっか・・・じゃ、テーブルのほうもセッティングしちゃいましょ♪」
「あ」
止める間もなく楽しそうにテーブルセットに行ってしまった彼女を見送って苦笑。 こちらはもう終わるというのに余分な手間をかけてしまったようだ。 後は残った湯を捨てて・・・と思ったところでふと思い付く。
彼女のほうを見るとまだ開店前の準備状態までは数分かかりそうだ。 止めようとしていた火をそのままに彼はガラスのポットをひとつ、取り出した。
軽く暖めてその湯をカップに移して。 ポットに小さなスプーンにほんの少しづつ、素材を落としていく。
春夏秋冬の実り。 四季折々の花々。
季節ごとに最高のものを探しに行った。 時には友人たちとにぎやかに、時には二人だけで。
そうやって集めたアレンジ・ティーの主役たちはもうかなりの種類になる。
その中からオリジナルに厳選したものだけをブレンドし、最後に紅茶を加えてゆっくりと湯を注ぐ。 いっしょに過ごしてきた時間を楽しく思い出しながら。 ガラスの中で記憶がカラフルに踊っている。 開いていく茶葉にその色がまとわりついて鮮やかな香りを引き出す。
「お待たせ・・・あら?」
カウンターを回ってきた彼女に笑いかけてほどよく入った茶をカップに注ぐ。 腕越しにそれを覗き込む彼女。 すっかり興味津々の様子に笑みが零れる。
「いい香り・・・これ、初めてのアレンジね?」
「ええ、飲んでみてくれませんか?」
差し出したカップに彼女がうれしそうに微笑む。
「・・・あ・・・おいしい・・・なんて不思議な味・・・」
ドライフルーツにナッツ、ハーブ。 甘みはいっさい、加えない。 それでも仄かに甘いはずのそれを大事に大事に味わってくれる彼女をじっとみつめる。
「いかがですか?」
最後の一口を飲み終えるのを待って尋く。
「なんていうのかしら・・・とても懐かしくって、それでいてわくわくするような感じ。 少しだけ甘いのが気分を暖かくしてくれるわ」
ごちそうさま、とカップを置きながらそう言って彼女がほんわりと笑う。 どうやら合格らしい。 少しだけほっとしてカップとポットを片づける。 それから火の元の確認をして灯りを落とした。
「ねぇ? これが今年のクリスマス・プレゼント?」
コート片手に彼女が首を傾げるのに笑ってうなづく。
そう。
ここ数年、クリスマスのたびに新しいブレンドやアレンジの紅茶を彼女にプレゼントしてきた。 いくつかはメニューにものせているけれど、そのほとんどはまだ彼女専用のレシピとなっている。 どれもが自信作ではあるけれど、彼女に喜んで欲しいがためだけの紅茶たちだからどうしても公開する気になれない、というのが本音だった。
けれどこれは。
「プレゼントなんですが・・・期間限定で店でもお出ししたいな、と思ってますよ」
たくさんの楽しい記憶を詰め込んだアレンジ・ティー。 紅茶を楽しむために来てくれるお客さまたちにもそんな時間をおすそ分けできたら、と笑う。 もちろん、あなたが許可してくだされば、と付け加えて。 途端に彼女が楽しそうに笑った。
「あら、もちろんだわ。 一人占めもいいけれど、ちょっともったいないもの。 それに今日一日限定なんでしょう? クリスマス・ティーですものね」
思わず、苦笑。 ちゃんとばれている。
一年かけて集めた素材と紅茶で作る、伝統的なクリスマスだけの紅茶。 その『茶・夢』バージョンが今年のプレゼントだったのだ。
それじゃ一日だけのスペシャルとしてお勧めしてみましょう、と扉を出ようとして振り返る。 戻ってきたのは茶目っ気たっぷりの笑顔。
「でも、ずるいわ。 私、まだプレゼント、何にも用意できていないのに」
「忙しかったですからね。 それにあなたが気に入ってくれたのが何よりのプレゼントですよ」
あら、お上手、と返しながらの手招きになんだろう、と身をかがめる。
その、瞬間だった。
「ありがとう、しあわせなプレゼントだったわ」
言葉とともに唇をかすめていく淡く甘い香り。 反射的に身を起こしてしまうとくすくすと彼女が笑った。
「Merry Chiristmas, my sweetheart ♪」
極上のウインク付の言葉に一瞬、言葉を失って。 やれやれ、と苦笑が漏れる。 どうやらいつまで経っても彼女のほうが上手らしい。 とてつもないプレゼントを返されてしまった。
「まったく・・・あなたには敵いませんよ」
「あら、最高の誉め言葉ね」
そして二人してひとしきりくすくす笑って。
満天の星に祝福される夜の中、隣を歩く最高のパートナーの肩を軽く抱いて彼はごくしあわせな気分で帰途につく。
こんなクリスマスも悪くないな、と思いながら。
曜日がカレンダーと合ってないのは仕様です(きっぱり!)
アレンジ・ティーは紅茶屋さんのちょっとした番外編として書いていければな、と思っています。