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セイロン(1)【Ceylon(1)】

 いらっしゃいませ。 ようこそ茶・夢へ。

 こちらは紅茶の専門店になります。

 本日はセイロンのよい葉が入荷していますよ。。

 その日は親友とケンカしておそろしく機嫌が悪かった。 原因は今や思い出せないくらい些細なことで、でも何かがかちんと来ての大ゲンカだった。


「マスター! セイロン、お願い!」


 行きつけの紅茶専門店のいつもの席にちょっと乱暴に座りながらいつもの紅茶をオーダーする。 すっかり顔なじみになったマスターが穏やかにいらっしゃい、と声をかけてくれた。


「もう口なんてきいてやらないんだから!」


 止まらない文句にマスターが水のコップを置きながら、ちょっとびっくりしたように話しかけてくる。


「おや、大荒れですね」

「荒れてなんか、ないもん!」


 つい当たってしまって、すぐに後悔。 マスターにはぜんぜん関係ないことだというのに、八つ当たりなんて最低だわ。


「ご、ごめんなさい・・・」


 あわててあやまったら、マスターはいつものように穏やかに微笑んでよろしいんですよ、と言ってくれた。 厭味に聞こえかねないその言葉もこのマスターの口から出るとほっとする暖かい言葉になる。 それきり黙ってテーブルに頬杖をつき、目を閉じた。


 ・・・なんで私、こんなにむしゃくしゃしてるんだろう?


 ケンカしたのは小学校からの長年の親友。 いつもいっしょに遊んでいて、誰よりも長い時間を過ごしてきた。 ふわふわした雰囲気のちょっと引込み思案な彼女は、勝ち気で男顔負けの勢いでガンガン前に行く私とはでこぼこだけどいいコンビだったのだ。

 それが最近、なにかおかしくなった。

 大学というまったく新しい環境に馴染めずにいる私と違って彼女は生き生きと輝いていた。 おとなしいのは変わらないけれど私の知らない顔を見せるようになった。 彼女は『好きな道に進めて毎日が楽しい』と言うが、それなら私だって同じだ。 自分で選んだ道だもの、後悔はない。

 でも、何かが違う。

 彼女を『知らない人』に変えるだけのものがそこにはあるのに私にはそれがわからない。 彼女とは思えない表情を見るたびに何かいらいらして、きつい言葉を投げてしまう。


 - そんなの、らしくない! どうしたのよ?!

 - あなたの言う私らしさって何? 私は私よ?!


 ・・・思い出した。

 いつもだったらまずない、サークルスタッフへの立候補に驚いて言ってしまった言葉に彼女がそう応えたのがケンカの原因だった。 あんなこと、言うつもりじゃなかったのに・・・

 いけない、思考が堂々巡りを始めてしまう。 考えるの、やめなくちゃ。


「マスター、今日はウェイトレスさん、お休み?」


 何か方向転換になるもの、と店内を見回して気づく。 こんな風にお客さんがいない時はいつもカウンターの端に座っているとびぬけた美人のウェイトレスさんの姿が今日はない。 不思議に思って聞いてみたら、穏やかな微笑みとともに応えが返ってくる。


「ああ、今日は友人とツーリングに行っていますよ」

「ツーリングッ?!」


 およそイメージに合わない言葉に驚く。 ツーリングって・・・オートバイ、よねぇ?


「へぇ・・・バイク、乗る人なんだ・・・」

「大型バイクを乗り回す人なんですよ」


 つぶやきへの返答に目が丸くなる。 脳裏に思い描いたウェイトレスさんの容姿からはとても想像できない。 たおやかで華奢なイメージの彼女のどこに大型のバイクを乗り回す力があるのだろう。 思いっきり首をひねっていたらマスターが苦笑した。


「見た目で判断できない人なんですよ」


 そうか、人って外からじゃわからない面があるのね、と半ば感心してしまう。 あのウェイトレスさんが大型バイクに乗るなんて想像できなかった。


「紅茶、よろしければおかわりなさいますか?」


 その言葉に始めてカップもポットも空になっていることに気づく。 考え込んでいる間に飲んでしまっていたらしい。 いつもならこれで席を立つところだけど今日はまだ帰る気にはなれないし、他にお客さんもいないからもうちょっとだけマスターと話していてもいいだろう。


「ん、お願いします」


 マスターがもう一度微笑んでテーブルのカップとポットを片付け、新しい紅茶を新しく暖めた別のカップとポットで入れてくれる。 おまけに小さなクッキーを添えて。


「どうぞ。『セイロン・ティー』ですよ」


 大好きな紅茶に思わず頬がゆるむ。 最初の一杯はやっぱり入れたてがいい。 この店ではテーブルに出た直後から三杯目までその紅茶の変わっていく味を楽しめるように出してくれるから。 いそいそと一杯目をカップに注ぐ。


「・・・?」


 あら?

 いつもより、薄い色。 色合いも、いつものより明るく感じる。

 一口、含んで。

 広がる若葉を思わせる春の香りと味に驚く。 若葉、と言ってもそこまで強くない、そう、言ってみれば太陽をいっぱい浴びて十分に育った、でもまだ育ちきっていない葉の香り。

 違う。これ、いつものセイロンじゃない。

 無言でマスターを見たら、いつものように微笑んでいる視線とぶつかった。


「いかがですか? いつもとちょっと違うでしょう?」

「ええ。・・・でも、マスター、セイロン・ティーだって・・・」


 マスターはそう言ったけれど、絶対違う。 これ、セイロンじゃない。 私にもわかるくらい味も香りも違うんだもの。マ スターが私をからかっているのかしらと考えて見ていたら、にこり、と笑いかけられた。


「セイロン・ティーのひとつですよ」


 セイロン・ティーの、ひとつ?

 何、セイロンって複数あるわけ?


 思わず考え込みかけたらマスターが笑って説明してくれる。


「セイロン・ティーは今のスリランカ、セイロン島で採れる紅茶の総称なんですよ。 小さな島ですけど起伏に富んでいて、地域によって特色のある紅茶が採れるんです。 だから一口にセイロン、と言ってもいろいろな風味のお茶があるんです。 いつもお出ししているのはね、そのたくさんの種類から私が選んだセイロン・ティーだけのブレンドなんですよ」


 知らなかった・・・じゃ、私が好きでいつも飲んでるセイロンって、ブレンドされたものだったのね。 すっかり呆然としてカップの紅茶とマスターを見比べる。 マスターがまた笑った。


「驚かれました? ブレンドの中からひとつだけ取り出してみると、こんなにも違うものなんですよ。 いろいろな風味の茶葉がバランスを取っていつものセイロン・ティーの味を出す。 でも、その要素であるひとつはこんなにも鮮烈なのに、普段はそれに気づけないんです」


 そして、極上の笑顔で一言。


「セイロンってどこか人間に似ていると思いませんか?」


 一体なにが、と思いかけて気づく。

 さっきマスターはウェイトレスさんの意外な一面を教えてくれた。 その時は人間、知らない部分があるものだ、と思っただけだったけど、それって誰にでもあることじゃないんだろうか。 いろいろな面があって、それがバランスを保つことで人の印象を作り上げる。 ひとつだけ取り出してみれば、とてもその人とは思えないことでも、どこかにその色はまぎれ込んでいる。

 そして知り尽くしている、と思っていたセイロン・ティーは私のまったく知らない面を持っていた。 紅茶でさえそうなら、もっと複雑な人間を知り尽くすことなんてきっとないに違いない。


 いらついていたのが馬鹿みたいだった。

 私は彼女を枠にはめてしか考えられなくなっていたんだ。 つきあいの長さが彼女が彼女らしくあることを否定する固定観念になっていた。 いろいろな要素が混在してバランスを保って初めて一人の人間なんだもの、一部だけみたらきっと新鮮に感じるはず。 彼女は『知らない人』になったわけじゃなくって今まで表に出てこなかった面が現れただけなんだ。 それがわからなくて、受け入れられなくっていらついてたんだ、私。 

 よく見れば間違いなく私が知っている彼女の一部のはずなのに、自分で作ったイメージの中にこもってしまって外に出られなくなっていた。 あっさりその殻を破って出ていった彼女に裏切られたような気になっていた。

 ほんとに、馬鹿だったわ。


「マスター・・・これ、なんていう紅茶なの?」


 もう一口、飲んで豊かな風味にうっとりしながら聞く。


「ディンブラ。 セイロン・ディンブラですよ。 セイロン・ティーの中でも特に強い個性を持った茶葉です」


 マスター、もしかして私が堂々巡りしているのに気づいていたのかしら。

 そんなことを考えながらもう一口。

 ディンブラ、ね。

 うん、覚えておこう。 きちんと彼女にあやまって、もう一度親友になれたら。そしたらいっしょに飲みにこよう。

 今の彼女に似た輝きを持ったこの紅茶を。

 セイロン。

 たぶん、一番ポピュラーな紅茶です。 ・・えぇ、たぶん。

 その『セイロン』がその名の通り『セイロンスリランカ産の紅茶』であることを知ったのは旅行好きの先輩がスリランカ土産、と言って数種類の『セイロン紅茶』をくださった時でした。

 いやまぁ、驚きましたとも(笑)

 と、いうことでセイロンは(2)もあったり、します。


【セイロン・ディンブラ】

 セイロン島(現在のスリランカ)で採取される紅茶の総称。 茶の種類としてはアッサム種になる。

 「東洋の真珠」と謳われる風光明媚な島は数多くの名産地を擁し、数々の銘茶を生み出した。 その中には世界三大銘茶の一、セイロン・ウバも含まれる。

 今回取り上げたディンブラは島の中央山脈西側に位置する、平均高度1,250メートルという高地の産地で栽培される。 その土地の特性である涼しく乾燥した気候に磨かれた明るい水色のフルーティーで風味豊かな逸品である。

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