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ニルギリ【Nilgili】

 いらっしゃいませ。

 おや、お知り合いですか?

 たまにはお相席も知らない話題で盛り上がれるかもしれませんよ?

「やっだぁ、なんでここに来てるのよ~」


 悪態がつい、口をついて出る。

 目の前には気に入らないクラスメート。 海外留学から帰ってきたばかりの、おとなしくって口下手で返事もろくすっぽできないようなじれったい子。 なんだか気に障って彼女に対する言動はいつも根暗くなる。 そんな自分も嫌いだったけれど、やられて腹


がたつだろうに、なんにも言わず、媚びるように笑う彼女がもっと嫌いだった。


「え・・・あの・・・・・」


 いつものようにしどろもどろになって何も言えず、うつむく彼女にふん、と冷たい一瞥をくれ、席につく。


「なによ、言いたいことあるなら言いなさいよ」

「・・・・・・・・」


 沈黙してしまった彼女を軽蔑して、メニューに目を落とす。

 言い返しなさいよ、気に入らないなら。 ここは普通の喫茶店なんだから誰が来たっていいところよ。 それっくらいも言えないで、うじうじと暗い子ねっ!

 そんな言葉が頭の中で回る。 ああもう、気分悪い。 こんな子のためになんで私が気分悪くならなきゃいけないの。 ほら、そうやって悲しそうなふり、して。 まるっきり私が悪者じゃないの!

 もう、無視しよう。 せっかくの紅茶がまずくなるわ。

 最近、お気に入りの紅茶専門店。 やさしそうなマスターと美人なウェイトレスさんがいつも迎えてくれてすっごくたくさんの紅茶を用意してる。 私が来る時間はたいていお客さんがいっぱいでちょっと待ったりするけれど、それも苦にならないくらい、ステキな店だ。


「いらっしゃい。 今日は何になさいます?」


 ウェイトレスさんがにっこりと微笑んで聞いてくれる。 ちょっとみないくらいの美人なのに気さくでやさしくって嫉妬する気も起こらない、きれいな笑顔に気分が浮上。


「えっとぉ・・・この間の紅茶にしよっかな♪」


 ここに通うようになってからマスターたちに教えてもらっていろんな紅茶を飲んでる。 その中でもすごく気に入ったのが前に来たときにウェイトレスさんから教えてもらった紅茶だ。

 インド産なんだけど、同じインドの紅茶でも個性派のダージリンやアッサムとは一風違ってセイロンみたいな風味がある。 これ、ウェイトレスさんからの受け売りだけど。


「ニルギリね。 はい、お待ちくださいな」


 戻っていくウェイトレスさんを見送って水を一口。 出てくる紅茶が楽しみでわくわくしてくる。 あの紅茶、色といい香りといい、すっごく好みに合ってたんだもの。

 ぼんやり、と想像を巡らしていたら視界にポットとカップをトレイにのせたウェイトレスさんが映る。

 あら? 私のはまだ、早いわよね?

 と、思ったらあの子の注文だったらしい。 その存在を思い出してしまってなんだか楽しい気分が色褪せる。 ああ、もう! 気分悪いったら!

 見るのもいやで目では完璧に無視。 でも、耳だけはそっちに集中してる。 どんな紅茶を頼んだのかと思って。 どうせ、芸もなく有名どころかブレンドだろうけど。


「 Sorry to have kept you waiting. 」


 突然の英語。 ウェイトレスさんがカップをあの子の前に置きながらにこやかにしゃべっている。 なんで・・・?


「 For you, the Nilgili Tea. 」

「 Wow! Thanks! I like this tea very much! 」


 そして、嬉しそうな女の子の声。 明るくはっきりしたその声に耳を疑う。


 今の、あの子?

 いつも言い返してこなくて、え、とか、あの、とか弱いトーンでしゃべってる、あの子?

 それに今、ニルギリって聞こえた。

 まだ続く会話に思わず振り向いてまじまじと見てしまう。

 視線の先には楽しそうな明るい笑顔のあの子。 あんな表情、学校じゃ見たことない。

 固まってしまっている私にウェイトレスさんが気づく。 ふわっと浮かんだちょっと悪戯っけのある微笑みに、反応が遅れた。


「 How about talk with her? If necessary, I transfer your words. 」


 よくわからない。 けど、ウェイトレスさんの言葉にあの子がちょっと迷ったような顔をするのが見える。


「 The Nilgili is also favorite for her. Let's try. 」


 あの子の顔に明るい笑みが浮かぶ。 私に向けて。

 な・・・なに? ウェイトレスさん、何を言っているの?

 英語の会話に反応できなくって混乱していたら、あの子を引っ張ってきたウェイトレスさんがにこやかに私に話し掛けてきた。


「あのね、彼女もニルギリ、好きなのよ。 あなたと話してみたいって」


 ・・・なんだか、むっとする。 なによ。私にわからない英語でそんなことを言っていたわけ?

 けど、私の気分に気づかないのか、ウェイトレスさんがさらに続ける。


「彼女、日本語、あまり得意じゃないのよ。 だから言いたいことの半分も伝えられないのね」


 なんですって・・・?


「通訳するから、おしゃべりしてあげてね」


 きれいなウィンクつきの言葉に思考が止まって、反論ができない。

 言葉が不自由? だって、留学してただけでしょ?

 こと、ここに至って私はあの子がどこにどれだけ留学してたか知らないことに気づいた。 転校初日に言っていたはずなのに、まったく覚えていない。

 無言でみつめていたら、ウェイトレスさんに押し出されたあの子がおずおずと私を見た。 そして意を決したような表情で口を開く。


「 I'm not good at speak Japanese, as I've been left here from 3-year-child. 」

 (3才の時にこの国、離れたから日本語があまりよくわからないの。)


 ウェイトレスさんの通訳が入った言葉にびっくりする。 3才? じゃ、もしかしてほとんど外国で育ったわけ? そしてその続きで彼女が日本語を聞くことはできてもうまくしゃべれないこともわかる。

 なんてこと。

 それじゃ、おどおどしてるように見えたのは・・・うまく出てこない言葉を探していただけ? 単に『外国語で話す』っていう問題だけだったの?

 その間も彼女は簡潔に話し続ける。 ちょっと気恥ずかしそうな、だけど明確に強い意志をもって。


 日本語で話しかけられたから、日本語で応えよう、と思って。

 でもすごく難しくてタイミングよく応えられなかったらみんなだんだん離れていって。

 きついこと言っててもいつも話し掛けてくれたのはあなただけだった。

 だから。

 いつかきっと日本語で返せるようになるから。

 だから。


 明るい微笑み。 私なんかよりもはっきりした意志と目標を持った瞳。


「 I'd like to talk with you more in Japanese, and to be one of your friend. 」

 (ちゃんと日本語でおしゃべりしておともだちになりたいの。)


 彼女は。

 暗い性格の子なんかじゃなかったんだ。

 異文化の中に突然放り込まれて、言葉さえ通じなくて。

 それでもくじけたりしないで前見て努力のできるステキな子だったんだ。

 まじまじと見詰める私に向かってあの子が微笑む。


「 As your favorit tea is same as mine, so, I eager to talk with you. 」

 (好きな紅茶、いっしょだって聞いたから、すごく話してみたかったの。)


 一瞬だけ目を閉じて彼女を見返す。

 私が彼女と同じ立場だったら。

 外国に行って生活しなくちゃならない時、その国の言葉が出てこなかったら。

 言葉が通じないだけで、まわりから敬遠されたり、攻撃されたりし続けたら。


 こんなにも強くいられるかしら・・・?

 諦めずにいつか話せるようになるんだ、って努力できるかしら?

 攻撃してくる相手に言い返せるくらいに、って・・・?


 自分がどれほど狭い世界しか見ていなかったのか、唐突に突き付けられた気分。

 それでも、彼女が見て、感じてきた異文化という魔物の怖さなんて本当にはわからない。 それに戦いを挑み続けている彼女の本当の強さも。

 それでも勘違いをあやまるのもしゃくだから、せいいっぱい、虚勢を張る。 彼女と対等の位置にいたい、から。


「しかたないわねっ! 日本語、教えたげるわよ!」


 ・・・違う、ね。 対等になりたい、彼女に負けたくない、から。

 ここで引いたら私は彼女の持っている『異文化』から逃げ続けることに、なる。

 だから。 強がりでもなんでも、引くわけにはいかない。

 

 そんなことを一瞬で考えて、初めての心からの笑みを向けて。


「そのかわり! 英語、教えてねっ!」


 そうよ。

 彼女という名の『異文化』のほうから歩み寄ってくれたのよ。

 こんなラッキー、生かさない手はないわよねっ!


 私の変わりように一瞬びっくりした彼女の表情が明るい笑顔になる。 なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないの。

 自分の思い込みなんて棚に上げて笑みを返す。 それに返される言葉。


「 My lecture is not so easy. OK? 」

 (厳しいわよ?)


 悪戯っぽいウィンクつきの笑顔に不敵に笑ってみせる。

 望むところだわ。 きっと、真っ正面からぶつかれる。


「とりあえず、こっちのテーブル、こない? 紅茶で乾杯♪」


 ニルギリ。 『青い山』という意味のインド紅茶らしくない、紅茶。

 同じ国の産でありながら異邦の香り漂う不思議なこの紅茶もダージリン、アッサムと並んでちゃんとインド紅茶なんだ、と知った昼下がりだった。

 ん?

 英語、できるかって?

 できるわけないじゃないですかー(笑)

 それっくらい『異文化』には疎いです。 でも、周りにはなぜか『異文化』に造詣の深い知り合いがたくさん。 言葉に対する恐怖心や虚栄心もなく、『国』に対する色眼鏡もない。 自分の国と違う? そんなの当たり前っしょ、なんて笑う友人たちを見ていると、ほんと、すごいなぁ、と思います。

 ・・・難しいですよね、『自分の常識とは違う文化、思考』って。


【ニルギリ】

 世界一の紅茶産出国インドの代表的な種のひとつ。 南インドの高地ニルギリ(現地語で「青い山」という意味)で栽培される。 栽培地がスリランカと近いため、どちらかと言うとセイロン種の紅茶に似ている。 味、香りともにクセがないのでブレンド用としてもよく使われる。 鮮やかで透明なオレンジ色のこの紅茶はストレートでもミルクでも味わえる逸品である。

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