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満月の夜。都から帰った男が、村人たちのために鬼を退治に行った夜。
山の手前の丘の上から、獣のような咆哮が聞こえた。鬼は丘を住処にしていた。奥の山に棲むならまだしも、人里に近い丘の上に棲みつくなんてと村人たちは、毎日恐怖し暮していた。
しかし、それも終わりを告げた。今の咆哮が、鬼の断末魔に違いないからだ。
希望の明かりが村に灯る。
村人たちは、男が鬼を殺したと言って戻ってくるのを待った。もうすぐよい知らせを聞かせてくれると。
だが、男が帰ってくることはなかった。
夜が明け、希望は絶望へと打って変わった。
男が戻ってこないということは、鬼が男を殺したのだろう。そして、男を寄越したこの村に報復をしにやって来ないはずがない。
しかし、鬼は来なかった。丘にその姿を見ることもなくなった。何があの夜起きたのか、丘に確かめに行く勇気は誰にもない。
咆哮が何を意味しているかも、男と鬼がどうなったのかも、村人たちは知らなかった。
いつか鬼が再び丘に現れるのではと不安にかられながら、季節がひとつ過ぎふたつ過ぎ、また同じ季節が巡る頃、男が自分の命と引き換えに鬼を退治してくれたのだろうと、村人たちは納得し男を弔うために丘へ登った。
しかし丘には、錆びた刀のほかに、何も残っていなかった。
男の骨も、鬼の骨も欠片さえない。
山の獣が、持っていってしまったのだろうと、探すのは諦めた。
仕方なく、村人たちは残った刀を祀る祠を作った。男の勇気をたたえるために、語り継いでゆこうと決めた。せめてもの、感謝として。
そうして男は、鬼を退治した英雄となった。