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男は都から持ち帰った、名のある刀でもって鬼の首を一刀両断にした。
浴びた血は、人間と同じようにさびた鉄のような臭いを放ち、刎ねた首は桜の木の根元に落ちた。ざんばらの髪が顔を隠しているのか、それとも、後ろを向いているのか、黒い髪ばかりが目立ち鬼の顔の造作までは見えない。
降りかかる鮮血は温かい。男は勝手に冷たいものと思っていた。だが意に反して温かい。鬼にも命があった証だと男は思った。
人と同じように、命があったのだ。ないはずがない。
真っ赤に染まった視界に、地に伏した首のない鬼の胴体が映る。細身の女の体だった。人と交わることなく暮らしていた割に、村の者と変わらぬ衣を身に着けて、血に濡れた肌は白かった。
鬼はあっけなく死んだ。もっと強いはずではなかったろうか。人を喰らう凶悪なものではなかったろうか。それが、こんなにもあっけなく死んでしまった。
鬼とは気付かず、桜の木の上とその下で言葉を交わしたあの日も、狂暴と呼べるものは微塵もなく、桜がきれいだと言って笑っていた。男を喰らうこともせず。あれはたまたま鬼の腹が満ちていたから、あるいは鬼の気まぐれで――単に運がよかっただけ――では、なかったのだろうか。
仰向けの、首のない胴は人間のそれと何一つ変わらない。
あの鬼は額の角以外、人と同じ姿をしていた。人と変わらない笑みを、最期の瞬間まで男に向けていた。人や家畜を喰らうと言っても、実際には何も奪われてはいなかった。ただ、これから搾取されるのだとされるはずだと未来を思って恐れおののいていた。
異形の証は額の角。だが、逆に言えばその角一つしかない。
今ここに流れる血も人と同じように赤いし、温かい。
じわりと腹のそこから不安がこみ上げた。
俺が、殺したのは何だろう。
鬼は本当に、みんなの言う鬼だったのだろうか?
山から風が吹いてくる。生暖かい、鬼の血のような風だった。
ぶるりと身震いした。初めて、鳥肌が立つ。鬼と相対したときにも、首を刎ねたときにすら立たなかったのに。
恐怖とは違う。違うが、恐怖に近かった。信じていた世界が揺らぐ音がする。疑問が不安を生み、その不安が後悔へと転じてゆくようで、ぞわりとした。
男は呆けるように、腕をだらりとさせ、刀を落とした。
刀が地に落ちるのを合図に、桜が散り始めた。
鬼の首に花びらが積もる。
まるで、桜が鬼を思って泣いているかのようだった。
「さようなら」
男の耳に、鬼の声が聞こえた。空耳というには生々しく、はっきり届いた。
ああ、やはり鬼は異形だったのだ。首を切られてもなお、言葉を紡ぐことが出来るのだから。けれど、けれど、その声はあまりにも邪気がなく、やさしい。
揺らいだ世界は崩れ、耐え切れず男は獣のような咆哮を上げた。