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山桜  作者: 田中週伍
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 世界はくるりと回転した。ずいぶんと視界が高い。下に、男と、真っ赤な血を吐く体が見える。

 ああ、あれは自分の体だ。真っ赤な血を吐く体には、首がない。首のない部分から血が噴き出ている。

 今の私は、首だけなのだ。男がその手に持つ刀で、跳ねてしまった。跳ねて飛んで私は首だけで宙を舞っている。

 もうすぐ死ぬのかしら。死ぬってなんだろう。起きられないだけで、眠るのと同じ?そもそも、鬼は死ぬの?胴から離れた首だけの私は、今のところ眠くもなければ死ねる気もしない。やっぱり鬼は人と同じようには死ねないのかしら。

 死ねないのなら、どうしたらいいのだろう。首だけになって、何ができるというのだろう。

 考えている間にも下に落ちてゆく感覚がするけれど、どこに落ちるかわからない。今は男も血濡れた自分の胴も見えず、空だけが見えた。

 丘から見下ろす村の灯りより、もっとたくさんの星。今日は満月だったのに、私の視界に入らない。

 ふわりと桜のにおいがかおった。あっと思う間もなく、地面で一度跳ねてから、ころころと転がって、木の根元にぶつかる。それぞれに衝撃があるけども、痛さを感じない。きっと首の切れ目の方が痛いからなんてことないのだろう。

 なんだか、おかしくって笑ってしまう。けれど、声は出さずに。

 声を出せば、男を驚かせてしまうから。男は、私が死んだと思っている。生きているってわかったら、どうするだろう。今度は切り刻んだりするのだろうか。それはもっと痛いのだろう。やっぱり黙っておこう。

 顔に絡まる髪のすき間から、桜の花びらが舞い落ちるのが見える。初めて男と言葉を交わしたのはまだ、咲き始めのころだった。

 もう散るのね。

 こんなことになるのなら、あの時名前を聞いておけばよかった。

 だからって、結末が変わるとは思えないけど。始めから、殺すために来ていたのなら。

 だけど、知りたかった。私とはじめて話してくれたあの人が、なんて名前で人から呼ばれているのか。

 知っていたら、こっそり心の中で呼びかけることも出来たもの。この丘から村にいる男に向けて、ほんのわずかの間でも。

 ――なんだか眠くなってきた。私でも死ねるのかしら。だったら鬼も、死ぬことが出来るのね。よかった。

 そうだ。さようならって、言おうかしら。死ねるのなら、最期くらい、驚かせてもいい。死んでからなら、切り刻まれても痛くないもの。私を殺した仕返しに、最期くらい。

 「さようなら」

 少し震えてしまったけれど、聞こえたかしら。

 さようなら、なまえもしらないあなた。


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