6話.最終確認
エドワードに婚約破棄を言いつけられ、シュナクに婚約の打診を受けた日の夜。
パルマはハービィ伯爵、つまりは自分の父に応接室へ来るよう、呼び出しを受けていた。
夕飯をお腹いっぱい食べて夢の中にいるルルに手作りの布団をかけてから、パルマは応接室の扉を叩いた。
「パルマです」
「入りなさい」
部屋の中から父の声を確認したパルマは、扉を開く。
ソファに座っている父はこちらを一瞥した後、パルマが前のソファに腰を下ろすまで、本に視線を落としていた。
「お待たせしました」
「構わない。今日呼び出された理由は、もう分かっているね」
本を閉じた父とようやく目が合ったので、パルマは頷いて見せた。
話と言えば、当然エドワードのことだろう。
「モンクレスト侯爵から、婚約破棄の話が出た。まだ半年ほどしか経っていないのに、何か心当たりはあるか?」
「お父様は、心当たりがないのですか?」
思わず質問を返してしまい、パルマは視線を泳がせた。
父が白々しいことを聞いてくるから、思わず言ってしまったのだ。
「そうだな、心当たりしかない。むしろ、よく半年も持ったなと思っているぐらいだ」
「もう、意地の悪い言い方をするんですから」
パルマが軽く首を振ると、父は悪かったと言った。
ハービィ伯爵としての威厳を守るためなのか、いつも最初は外用の顔をする。それも、らしいと思える程度に家族仲は悪くない。
「向こうから破棄とする言い分は、パルマが悪魔に好かれているから、とのことだ」
「おかしな話ですよね。モンクレスト侯爵からは、まさにその力を求められてエドワード様との婚約を結ぶことになったというのに」
父の言葉にありのままを付け足すと、全くだと父も同意した。
「後は、パルマから『お前の方が悪だ』と言われたとか」
それも破棄の条件に組み込んでくるのかと、パルマは腹を立てた。
とはいえ、口にしてしまった言葉はもう戻せない。言ったこと自体は、素直に認めた。
「それで、まさかお父様は『はいそうですね』と言ってこちらの有責で納得したんですか?」
「冗談を言うな。いくら身分差があるとはいえ、元々はあちらからのお願いだったんだ。そこまでこちらが泥を被る理由はない」
それを聞いて、パルマはほっと息を吐く。
今でも、あの時の発言を間違っていたとは思わない。
でも、それを理由にこちらの有責になってしまっては立つ瀬がない。
父は顔は立てる人だが、必要がなければきちんと拒否してくれる父を持って良かった。
パルマは肩が下がったことで、自分が無意識に緊張していたことを知った。
「最も、そんなことを口にしているのはエドワード様一人だけのようでな」
「モンクレスト侯爵様はなんと?」
「婚約を破棄する場合、有責となるのはモンクレスト家だと仰っていたよ」
パルマがモンクレスト侯爵と会ったのは、一度だけだ。
まさに、エドワードとの婚約が決まり、初めての顔合わせの時に、共についてきていた侯爵と会った。
その時も、特別何か話をしたわけではない。
お互いに挨拶が終わった後は若い者同士でと気を利かし、直ぐに退席するような思慮深い方だった。
「ただな。破棄となると内情はどうであれ、お前の名誉にも傷がつくことになる。そのことを、モンクレスト侯爵は最後まで気にしていたよ」
破棄の記録を確認すれば、どちら側の有責だったのかは一目瞭然だ。
しかし、ほとんどの人がそこまで調べたりはしない。
見るのは婚約破棄があったという事実だけで、その事実からパルマの方にも何か問題があったのだと物事を結び付ける。
まさに、パルマが自分を傷物令嬢になるだろうと危惧していたとおりのことを、モンクレスト侯爵は心配してくれているようだ。
「つまり、私が不名誉を被ってでもエドワード様を有責にしたいかどうか次第と」
「そういうことだ。私はどちらでも構わないよ。モンクレスト侯爵に恨みはないがね」
パルマとしても、モンクレスト侯爵には何も恨みはない。
しかし、エドワードのことは最後まで好きになれなかった。
「では、私の要望は相手の望み通り、婚約破棄にしたいと思います」
「そうか、分かった。ではそのようにモンクレスト侯爵には伝えよう」
最近は、結婚だけが全てではないという考えが出てきている。そして、パルマはこの考えに一定の理解を示している。
しかし、パルマは伯爵家の娘であり、結婚の大切さも理解している。
だからこそ、この決断が出来たのはシュナクから婚約の打診が来ると分かっているからだった。
それがなければ、パルマも自分の人生をエドワードのために傷つけることに躊躇っていたと思う。
「話は以上だ。後はこちらで済ませておこう」
「お手数をおかけします」
「なに、パルマと婚約を結んでさえ、エドワード様は考えを変えなかったのだ。もうどうにもならんよ」
モンクレスト侯爵には悪いと思ったが、エドワードは一度、痛い目を見た方がいい。
口にはしなかったが、パルマは父と考えが同じだったことに安堵した。
後のことは父に任せ、応接室を出たパルマは自室に戻る。
ルルは相変わらずぐっすり眠っていて、パルマは日常がようやく戻ってきたことを実感した。
淡い光を灯していた明かりを落とし、パルマも自分のベッドに滑り込んだ。
目を閉じて、ふと思う。
モンクレスト侯爵ほどのまともな父親がいながら、どうしてエドワードみたいな人間に育つのか、パルマはこの世の不思議に触れた気持ちになった。
やはり、彼が度々口にしていた『俺には前世の記憶がある』というのが、何か関係しているのだろうか?
もしそうであるなら、なんてはた迷惑な前世なのだろうかとパルマは憐れまずにいられなかった。
「むしろ、そんな前世だったから今世でもあんななのかしら?」
どうであっても、もう彼と関わることはない。
パルマは半年間の思い出を忘れようとして、そもそも大した思い出がないことに呆れてしまった。
もう眠るのだし、折角ならいい夢が見られたらいいなと、パルマはセファロタス公爵のことを考える。
シュナクとの今後を考えると、今までに経験したことのないような胸の高鳴りを感じる。
今度は興奮して眠れなくなりそうだと思い、パルマは深くまで布団を手繰り寄せるのだった。
1章はここまでとなります。2章からはシュナクとハニエルによる溺愛が始まります。
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