5話.天使と悪魔の声は特別
「なんて身勝手な。モンクレスト侯爵家から持ちかけた話だというのに」
話を聞いたシュナクは、静かな声でありながら、そこには怒りがにじんでいた。
自分のために怒ってくれる相手が、ルル以外にもいるということにパルマはむず痒さを覚える。
「エドワード様にとっても、親が勝手にしたことだったのでしょう。私の方も、身分が下だからと流されるのではなく、公然とした態度で断るべきでした」
「そのことに、パルマさんが責任を感じる必要はありません。立場を利用したのは相手の方で、それを反故にしたのも相手です」
シュナクはパルマの話を聞き、冷静に物事を捉えた後、もう一度言った。
「パルマさんの話を聞く限り、やはり僕と婚約を結ぶべきだと思います」
「どうしてですか? 私はもうすぐ傷物令嬢になる予定で……。そんな私と結婚しても、シュナク様の名に傷がつくだけです」
パルマからすれば、もう結婚できないかもしれないという現実を前に、次男であってもセファロタス公爵家の縁者と結婚できるなんて、これ以上にない話だ。
しかし、シュナクには何の利益もない。
「まさか。パルマさんと結婚したいと考えている男は、山ほどいますよ? この国で悪魔に好かれ、さらには天使や悪魔の声を聞き取れる能力が如何に希少なものか、お忘れですか?」
シュナクに指摘され、パルマはハッとした。
いつもルルと話しているのが当たり前すぎて、彼女たちの言葉を理解できる力をつい勘定に入れることを忘れてしまう。
それに、エドワードにとってはこの力が魅力的ではなかったどころか減点対象だったこともあり、そこまで考えていなかった。
「私が婚約破棄したという話が、世間に流れたら……」
「それはもう、びっくりするほどの婚約の打診が来るでしょうね。しかも、傷物令嬢だと侮って下に見た条件の物が山ほど」
そうなれば、父の手を煩わせるのは火を見るより明らかだ。
なにより、自分のことを品物のように扱おうと群がってくる人たちの元へ嫁ぐなんて、絶対に嫌だ。
「まあ、卑怯なことを言ってしまうと、ハニエルと僕も共に行動していることがほとんどなので、パルマさんがルルさんを連れてくるということは、自然と私とも会うことになるんですよね」
モンクレスト侯爵家との婚約がなくなった直ぐ後に、次はセファロタス公爵家の次男と頻繁に出会っている。
これが世間でどのように噂されるのかと言えば、当然パルマとシュナクの仲を邪推するものだろう。
しかし、ここで自分を理由にルルが天使を克服する機会を奪いたくない。
「それ、なら……本当に、シュナク様の迷惑にならないなら、婚約話を前向きに検討しても、いいですか?」
「本当に? ああ、嬉しいなあ。パルマさんみたいな可愛くて穏やかな女性と付き合えるなんて、僕は幸せ者だ」
「そんな、大袈裟ですよ」
「大袈裟などではありませんよ。天使や悪魔の声が聞けるというだけで、本当にたくさんの人から声掛けを頂きますから」
シュナクのしみじみとした言葉に、パルマは彼も自分と同じく、天使や悪魔の声を聞ける人物であることに意識がいった。
それから、彼の言いたいことが何となくわかった。
パルマの両親は既に慣れていて、エドワードはいつも嫌っていたので最近はめっきりなかったけど、思い返せば彼らが何を言っているのか教えてほしいと頼まれたり、羨ましがられることが多かった。
しかし、シュナクもパルマと同じで彼らの声を聞けることが当たり前だから、そんな話は一度も出てこなかった。
当たり前に彼らの声を聞ける人との会話が、こんなにもスムーズで心地がいいものであることを、パルマはこの日初めて知ったのだった。
「最後に、一ついいですか?」
「なんでしょうか」
「ハニエルがルルさんに一目惚れしたから、お願いがあると言って声をかけましたよね。あれ、実は半分嘘なんです」
「半分?」
だったら、残る半分はなんだろうかとパルマは首を傾げる。
そんな彼女に、シュナクは少しだけ身体を前に倒し、右手を口の横に当て、まるで内緒話をするようにそっと囁いた。
「もう半分は、僕もパルマさんに惚れているので、声をかける口実に使ったんです」
「えっ……」
完全に想像外のことを言われ、パルマは硬直してしまった。
全く理解が追いつかず、今になってじんわりと頬が熱を持ち始めたことに気づき、恥ずかしくて視線をあげられない。
「では、モンクレスト侯爵家との婚約が白紙に戻る頃合いを見て、こちらから婚約打診の書類を送らせていただきますので、そのつもりでいてくださいね」
「わ、分かりました。本当にこんな良い話を頂いて、頭が上がりません」
「頭は上げていてくれないと困ります。僕とパルマさんは、対等な関係なんですから」
そう言われては、頭を下げたままではいられない。パルマは照れる顔を必死に抑えながら、頭をあげた。
すると、言葉を一度切ったシュナクは、青い瞳をこれでもかと蕩けさせながら言った。
「この短い間のやり取りでも感じられるパルマさんの魅力に、僕はもう虜になっていますから」
「なっ……」
色気を纏った声色に、パルマは食事を進めることでしか誤魔化し方が思い浮かばなかった。
「パルマ、難しい話は終わった?」
「え、ええ。終わったわ」
「じゃ、食事を楽しんでいいわけね!」
「ふふっ、さっきからずっと食べていたじゃない」
こんな時でも食欲旺盛なルルを見て、パルマは少しだけ恥ずかしさを忘れることが出来た。
食事を終えた後、シュナクは何事もなかったかのように代金を支払い、立ち去っていった。
まだ婚約が解消されていない状態で、パルマが別の男性と親しくしていたとなれば、それを理由にパルマの有責にされるかもしれない。
それを避けるための判断をしてくれるシュナクに、パルマは何度目か分からない感謝を抱くのだった。




