3話.僕たちも付き合いましょう
「え、ええー!? 私に一目惚れぇ!?」
一目惚れされたと聞いたルルは、びっくりして大きな声を出した。
ただ、天使や悪魔の声を聞ける人は非常に少ないため、他の人たちはまったく気にしていない。
パルマは両手をおろし、ハニエルに話しかけた。
「ハニエルさんはルルと友達になって、気が合えば恋人に?」
「いいえ、結婚したいですね」
「結婚!」
ハニエルは友達どころか、既に結婚まで視野に入れるほどに熱を上げているらしい。熱烈な告白に、パルマはまたしても口元を手で覆った。
一目惚れなんて本当にあるんだなと、パルマはどこか他人事のように考えた後、眉を下げた。
「その、熱意を否定するつもりはないのですが、ルルは……」
パルマは、自分の髪に未だ隠れているルルの方に少しだけ首を動かし、言葉を詰まらせた。
ルルは、パルマと出会う前に天使からいじめを受けたことがあるようで、以来天使をとても嫌っている。
当時、何があったのかはパルマでさえ、ルルから聞けていない。
これを勝手に伝えるのも如何なものかとパルマが躊躇っていると、ルルが髪の中から姿を現し、ハニエルの前に降り立った。
「悪いけど私、天使が嫌いなの」
ハニエルの目を見てはっきりと拒絶の言葉を口にしたルルは、両手を組んでフンッと顔を背ける。
その顔には緊張と同時に、言ってやったという優越感が混じっていた。
「天使が、嫌い……」
真正面から否定されたハニエルは、ルルから言われた言葉を繰り返している。
これを見て、パルマははらはらした。
拒絶された意味を理解したハニエルが、いきなり暴れだしても絶対にルルは守って見せると、身構える。
「ハービィ伯爵令嬢……パルマさんと呼んでも差し支えないですか?」
「あ、どうぞ、お好きにお呼びください……」
「では、僕のこともどうかシュナクと。それで、パルマさんは何を食べますか? お好きなのを頼んでください。お代は僕が持ちますので、遠慮せずどうぞ」
「ありがとう、ございます」
ハニエルが天使という理由で断られているというのに、シュナクは一切興味を見せることなく、パルマに声をかけてくる。
マイペースなシュナクに気を揉むパルマだが、それはそれとして自分に料理を選ばせてくれるところに、嬉しく思ってしまう自分がいるのも事実だった。
エドワードはいつも自分の食べたいものを頼み、ついでと言わんばかりにこちらの食事も勝手に頼んでしまう人だったなと、まるで過去の人のように思い出して、すぐに頭の端に追いやった。
ルルは、ちらちらと視線だけをハニエルの方に向けては、視線を外すのを繰り返している。
天使が嫌いなのは事実でも、ハニエルから何かされたわけではないことを思い、言い過ぎたかなと不安を覚えているようだ。
「では、ルルさん。私と結婚してくれますか?」
「私の話聞いてた?」
ハニエルはまるで気にしていない様子で、どろりとした瞳でルルを捉え、そっと右手を差し出している。
これを見て、さっきまでの緊張感は何だったんだとパルマは脱力した。
ルルも、全く自分の調子が通じないハニエルに困り顔だ。
「ふふっ、すみません。気を揉ませてしまいましたね。見てのとおり、ハニエルはこんな具合の天使でして。彼らは観光客であり、僕が主人であるというわけでもないのですが、折角できた縁ですから。彼の要望は、出来るだけ叶えてやりたいのです」
どうやらシュナクはマイペースなわけではなく、ハニエルの性格をよく知っているからこその態度だったようだ。
彼らの願いを出来るだけ叶えたいというシュナクの気持ちは、パルマにもよく分かる。
天使も悪魔も、他世界から来ている観光客。それでも、パルマはルルと出会い、彼女と意気投合して友達になった。
ルルが困っていたら、助けてあげたい。一緒に楽しいことをして、幸せを分かち合いたい。それほどにかけがえのない存在だ。
シュナクにとっても、ハニエルはそういう存在なのだろう。
「ルルさん。失礼でなければ、天使を嫌っている理由を教えてもらっても?」
礼儀正しく問いかけてくるハニエルに、ルルはむすっと頬を膨らませたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「別に。大した事じゃないわ」
「昔、天使に負けたとかですか?」
「は、はぁっ? この私が、誰に負けるですって?」
声をうわずらせたルルが、ハニエルに突っかかった。
「小悪魔として完璧な私が、天使に負けるわけないでしょ! むしろ、私がけちょんけちょんにやっつけすぎて相手が寄ってこないだけ! 天使のことが嫌いなのも、張り合いがないからなだけだもん!」
地団太と踏みながら怒るルルを見て、パルマはそういうことにしておいた。
パルマがルルと出会った時、彼女はひどく衰弱していた。でも、彼女がそれを明かしたくないなら、黙っておくのが友達だと思ったから。
「怒ってる顔……はあ、可愛すぎる。早くぐちゃぐちゃのどろどろにしたいなあ」
「え、今なんて――」
「でしたら、ルルさんは天使である私なんて、余裕でけちょんけちょんに出来るということですね? それに耐えられるほどの男であれば、ルルさんの夫として、相応しくはないでしょうか」
一瞬、ハニエルの本性が見えた気がして、パルマは狼狽えた。
だが、ハニエルは先ほどと変わらない、ある意味でルルのことになるとどこまでもポジティブな発想で、彼女にプロポーズを続けている。
「そうかな? ……そうかも?」
「ええ。是非ともルルさんの完璧な小悪魔ぶりで、私を魅了して堕としてほしい」
「そ、そこまで言われちゃったら、私も一肌脱いであげないと悪いわね。ま、まあ、貴方の顔はかっこいいし? 少しなら相手してあげてもいいわよ」
小悪魔であることを褒められて上機嫌なルルは、まんざらでもないといった様子でハニエルの要望を飲んだ。
意味を分かっているのかさえ怪しいまま、相手をしてあげると宣言してしまっている。
完全に、ルルはハニエルの手のひらの上だ。パルマはどうしたものかと考えたが、ルルが天使を相手に前を向ける機会は、貴重だとも思った。
何かあったら自分が守ってあげることを一人で覚悟しながら、ルルの考えを尊重することにした。
「許可を頂けてよかった。では僕とパルマさんも、今日からお付き合いを始めるということで」
「はい?」
シュナクの爆弾発言は、パルマにとってまるで意味が分からなかった。




