2話.天使は悪魔に一目惚れする
パルマが振り返った先にいたのは、見目麗しい男性だった。
綺麗に整えられた銀髪に、透き通るような青い瞳がパルマの視線を釘付けにさせる。
そんな相手もまた、パルマをその瞳で溶かしてしまうのではないかと錯覚させるほどの熱い視線を向け、じっとこちらのことを見つめ続けている。
眉目秀麗な相手に思わず見とれてしまい、パルマは返事をすることも忘れていた。
「うわわっ、天使だ……」
ルルがそう言ってパルマの首の後ろに回って体を隠したことで、パルマは自分がぼうっとしていたことに気づき、慌てて取り繕う。
今になって気づいたが、ルルの言うとおり、声をかけてきた男性の近くには男性型の天使が一匹、飛んでいるのが見える。
それから、周りをこれでもかと確認した後、恐る恐る声を返した。
「えっと、私に御用でしょうか?」
パルマに、これほどまでに美しい男性の知り合いはいない。
ここで、もしも自分ではない人に声をかけていたとなれば、今生の恥である。
「はい。実は、折り入ってお願いしたいことがありまして。ここではなんですから、ついてきていただけますか? パルマ様」
右手を胸に当て、左手を差し出してくる男性に、パルマはどうしたらいいのか分からず、迷いを見せた。
それを相手は見逃さなかったようで、許可も取らずにパルマの右手を掬いあげる。
「あっ」
「失礼しますね。あそこのカフェで、いいですか?」
強引に距離を詰めてきたかと思うと、掬いあげられた手はまるで壊れ物を扱うように優しい。
パルマはこんな風に扱われたのが生まれて初めてで、手を払うことも忘れ、男性が手を握ることをさらに許してしまう。
少し大切に扱われたくらいでこんなにも胸をときめかせている自分に、パルマはただただ驚くことしか出来なかった。
「受け入れてくださり、ありがとうございます。それでは、行きましょうか」
「あ、そこのカフェは……あそこのレストランは、いかがでしょうか?」
来た道を戻る形になったことで、指定されたカフェが先ほどパルマが出てきたばかりの場所だったことにようやく気付き、向かいにあるレストランを慌てて指さした。
ついさっき、あんな出来事があったばかりのカフェに、再び別の男を連れて来店するのは避けたい。
「かしこまりました。では、あちらのレストランへ行きましょう。……ああ、夢みたいだ。こうして貴方と食事をご一緒できるなんて」
先ほどと同じか、それ以上に情熱のこもった眼差しを向けられ、パルマはどうしていいか分からなくなってしまった。
とてもシュナクの顔を直視できず、パルマは下を向いたままエスコートされ、レストランへ連れていかれることになった。
* * *
店員にテーブルへ案内されたパルマは、男性の正面に座る。
その時にもさらっと椅子を引かれ、座りやすく気を使われたことにまた胸をときめかせてしまう。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。僕はセファロタス公爵家の次男で、名をシュナクと申します。先ほどは、いきなり名前を呼ぶようなことまでして、本当に申し訳ありません」
「セファロタス公爵――そうとは知らず、大変な失礼を……!」
パルマは相手の身分を知り、慌てて頭を下げる。
しかし、それはすぐにシュナクの手に阻まれてしまった。
「貴女は何も悪くありません。そもそも、名乗りもしないままに連れていくなんて、褒められた行為ではありませんから」
「ですが、それは理由あってのことで……」
僕は、セファロタス公爵家の者です。
なんて言いふらしていれば、良からぬことを考えている人に目を付けられてしまうこともあるだろう。シュナクはそれを避けるため、早く建物の中に入りたかったに違いない。
パルマのことも、初対面の相手をいきなり名前で呼ぶのは失礼だと分かっていながら、ハービィ伯爵令嬢であることを周りに言いふらすよりはマシだと、安全のために苦渋の選択をしてくれたようだ。
「では、このことはお互い様ということで、水に流してくれると嬉しい」
「分かりました」
出会ってまだ5分やそこらだというのに。
これほどまでに気を遣ってくれるシュナクを見ると、胸の鼓動が早まっていく。パルマはこの事実に、むずがゆさを覚えた。
「それで、私にお願いがあるとのことですが、どのようなことでしょうか?」
シュナクほどの地位を持つ人に、伯爵家の令嬢に頼むことなんて、そうあるものではない。パルマには、全く見当がつかなかった。
「実は、お願いがあるのは正確には僕ではなく、こちらにいる天使からなのです」
シュナクに紹介されたことで、彼の肩からテーブルの上に降り立った天使が頭を下げた。
そして彼が顔をあげると、その黄色い瞳でパルマを視界に入れ、離さない。
鋭さと熱いものを含む視線が先ほどのシュナクのようで、パルマはまたしてもドキリとする。
しかし、よくよく見てみるとその視線の先にいるのは自分ではなく、自分の髪にずっと隠れているルルに向けられているものだと、パルマは気づいた。
「……もしかして、ルルに用事が?」
「そうなのです。実は、こちらにいる天使、ハニエルがそちらの悪魔に一目惚れをしたらしくて」
一目惚れ。
これを聞いたパルマは、口を両手で押さえるのだった。




