一日目-3
俺達がまず捉まえたのは、丁度良く吉人君のクラスから出てきた男子生徒。
「ウチの妹が同じクラスの厩戸君とやらと付き合ってるらしいけど、どんな奴か知ってる?」
圧のある竜衛の態度に、質問された男子生徒は物凄くビビっていた。言い方が確実に不良のソレなのだから、当然である。同情するが、クラス内での吉人君の評判を確かめるためだ。俺は竜衛の後ろから、黙って話を聞くことにする。
そうして語られた吉人君の人物像は、俺が感じた第一印象と大して変わらなかった。誰もが羨むお金持ち、成績優秀で人柄も良い、クラスの皆から頼られる存在、先生からも一目置かれる生徒。男子生徒は竜衛の迫力に挙動不審になっていたが、特に嘘を吐いているようには見えない。厩戸吉人が『絵に描いたような優等生』なのは、皆の共通認識のようだ。
「あ、でも、染井戸とは大分……」
「ソメイド?誰それ。」
新しく出てきた名前に、竜衛が前のめりになる。タッパのある上級生に見下ろされ、男子生徒は更に肩を縮こまらせた。
「ひっ……そ、染井戸護っていう……去年、転校したやつ、なんですけど…………ソイツ、二階堂のこと好きだったらしくて。」
「まじ?」
「モテるのかアイツ。」
鱗音を異性として見る人間が二人もいることに、俺達は驚いて顔を見合わせる。母親似の美人ではあるが、我の強さから男に好かれないタイプだと思っていた。自身から視線が逸れたことで落ち着いたのか、男子生徒はまごつきながらも話を続ける。
「えっと……それで、ちょくちょく染井戸が厩戸にウザ絡みしてて。二階堂にも毎日ちょっかいかけてたし。だから、転校したのも……ソレが関係してるんじゃないかって、噂になってて。」
「残念。転校してなきゃボコってやったのに。」
「竜衛、どうどう。」
額に血管が浮いてる竜衛の腕を摩りながら、俺も自分の苛立ちを抑える。誰だって、自分の妹に悪い虫がついていたらムカつく。しかし非の無い男子生徒を怖がらせるのは筋違いだ、冷静に続きを聞こうと努める。
「佐藤くーん、誰と話してんのー?」
そこへ、4人ほどの女子グループが通りかかった。男子生徒はどうやら「佐藤くん」というらしい、名前は聞いていなかったのを思い出す。女子達からの質問に、佐藤君は視線を泳がせて口籠る。
「あ、その…………二階堂の兄貴だって、二人とも。」
「え」
名前が出た途端に、女子たちの動きが固まった。もしかして有名なのだろうか、俺達。知らないところで、嫌な噂でも立てられている?不良の自覚はあるが、少し気になる態度だ。
「そ、そーなんだ……またねー!」
しかし確認する間もなく、彼女たちは足早に立ち去ってしまった。同時に、佐藤君も一歩後ろに下がる。
「あ、あの、もういいっすか?俺が知ってることって、こんぐらいなんで…………」
「嘘吐け。今の女子達に見られたのがマズいんだろ。」
「っ!!」
間髪入れずに出た竜衛の言葉に、佐藤とやらの肩が跳ねた。明らかに動揺した様子だ、図星なのは一目瞭然。うん、やっぱり兄のほうが観察眼ある。
「女子ってすーぐ噂広めるもんな~。佐藤が二階堂鱗音の兄貴に何かチクってる、って言われたらマズいんだろ。」
「………知らねぇ!!」
佐藤はそのまま、脱兎のように走って行ってしまう。
竜衛が黙ってそれを見送るので、俺は首を傾げた。
「追わねぇの?」
「うんにゃ。突っ込み過ぎて、二階堂の兄貴にいじめられた~とか言われても面倒くせぇし?他の奴を当たろーぜ。」
「お前がそんなに理性的だとは知らなかった。」
「心外~。」
とは言ったが、たぶん鱗音のことを考えてだろう。俺達は不良であることを受け入れているが、鱗音は先生達から一目置かれる真面目な優等生。俺達のせいで不利益を被ることは、出来る限りないようにしたい。それは、兄弟で同じ思いだった。
「あの~……」
唐突に、後ろから声を掛けられた。振り返ると、教室のドアから一人の女子生徒が顔を出している。
「二階堂さんのお兄さん達、なんですよね?」
教室の中から、話を聞いていたらしい。姿勢は逃げ腰だが強気な目で見てくるので、俺と竜衛は頷き合う。
「吉人君のことで、もしかして何か知ってる?」
「どちらかというと、二階堂さんの話、なんですけど。」
「鱗音の?」
「はい。二階堂さんが、嫌がらせ受けてること……知らないのかなって。」
「「は?」」
その瞬間の俺達は、どんな顔をしていたのだろう。
直後の女子生徒の怯えから、きっと恐ろしく凄んでいたに違いなかった。