二日目-3
────「婚約は白紙にしてみせるから、僕と付き合って下さい。」
というのが、吉人君から鱗音への言葉だったそうだ。
「………………すごいな。」
「言うねぇ。」
親が勝手に決めた事情を考慮しても、あまり褒められたコトとは言えない。婚約を白紙にしてから交際を申し込むのが、本来の順番だろう。俺の知る鱗音なら、絶対に断りそうな告白。
「私も「何言ってんだこいつ」って思ったよ。」
鱗音もそれは分かっているようで、苦笑いを浮かべた。気まずそうな表情のまま「でも」と続ける。
「お兄ちゃん達、染井戸のことも知ってるんでしょ?」
頷けば、乾いた笑いを漏らす。こんなにも表情を強張らせた妹を見るのは、初めてかもしれない。その様子が、義母を問い詰めた時の雰囲気と重なった。
「吉人君に告白される前からアピールはされてたんだけど、タイプじゃない上にウザイだけだから無視してたんだよね。相手を支配しようとするタイプっていうか?モラハラ系?けどこっちが無視を決め込んでたら、逆に意固地になってウザさが増しちゃって。」
「そのタイミングでヨッシーに告白されたから、丁度いい“盾”ができたと思ってオッケーした?」
「………………あはは、まあ、わかるよね。」
竜衛に先回りされ、鱗音の表情が更に強張っていく。相変わらず、人の痛いところを容赦なく突く兄だ。言葉の通りで間違いないのだろう、鱗音は深く頷く。
「惰性だった。最低。私は私だけのために、吉人君の告白を受けたの。あの状況をどうにかできれば、誰でもよかった。だから、もう覚えてないくらい、そっけない返事をした。吉人君を傷付けたかもしれないぐらい、テキトーな返事をした、と思う。たぶん。」
本当に覚えてないのだろう、喋れば喋るほどに歯切れは悪くなる。最終的には、ベッドのシーツを握りしめて黙りこんだ。初めて見る妹の落ち込み様に戸惑ってしまい、かける言葉が見つからない。
数分の沈黙の後、小さく「でも」と零れ落ちるような声。
「でも、なのに、吉人君…………頑張るんだもん。」
緊張していた表情が、ほんの少し綻ぶ。悲しそうとも嬉しそうともとれる、どちらともいえない顔。
「染井戸から私を守ろうとして、休み時間に怒鳴り合ってたこともある。婚約を白紙にする話でもしたのかな、親に殴られたっぽい顔で登校してきたこともある。志野崎さんを突き放そうとして、頬を叩かれてたこともある。なんでクラスメイトになったばかりの私をそこまで好きになってくれたのか、ぶっちゃけ全然わかんないんだけど………………体張って、傷付いて…………それなのに、私と顔を合わせると嬉しそうに笑うの。絆された、って言うんだろうけど……こんなの、好きにならないほうがおかしいじゃん。」
「惚れた女を落とすためなら、なんでもやったってか。」
「そーゆーコト。吉人君のことが好きなのは、彼が私を好きと言ってくれたから。死に物狂いでアピールしてくれたから、私は「吉人君と恋人でいたい」って思えたの。」
吉人君の『好きになってもらう努力』が、鱗音に認められたのか。妹のためにそこまでされては、兄として何も言えない。
「私だって、男ウケが悪い女って自覚あるもん。志野崎さん以外にも「釣り合ってない」とか言われまくった。だけどそんな私に本気になって、周りに何を言われても『自分には二階堂鱗音だけ』と言ってくれた。」
暗かった表情が、明るくなっていく。
鱗音の幸せそうな顔が、全てを物語っていた。




