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8_ポケット②

「うわあぁっ」


「ハッハッハッハッ」


 私は小さな声で悲鳴をあげた。


 地下室へ続く場所に走っている最中に、私に巨大な獣が覆い被さってきた。


 いや。

 巨大というのは現在小さくなっている私の主観であり、獣の実際のサイズは人間よりもごく小さい――

 平たく言えば、私に襲いかかってきたのは小型犬だ。



 白くてふわふわな小型犬は、私のローブをぱくりと咥えて、そのまま走り始めた。



(なになになになに)



 軽快に走る犬とは裏腹に、私は何も出来ずに犬の口元で揺れていた。



 攻撃系の魔法を当てれば止まってくれるかもしれないけど、下手すればこの犬を怪我させてしまうかもしれない。

 というか、それ以前にこの状況だと集中して魔法が使えない。



(私をおもちゃと思っているのかもしれないし、どこかで飽きて放り出してくれるかも……!)



 そんな期待を密かに抱いていたが、それは叶わなかった。




「メルナ! ――ああ、ちゃんと見つけてくれたんだな、アレキサンダー」


「クゥン」


「俺の言いつけを守って、いい子だ。よしよし、えらいえらい」


「ワフワフワフ」



 私を捕まえた犬はアレキサンダーというらしい。



 アレキサンダーが私を連れて行った先の廊下には、ルーファスがいた。

 どうやら私を見つけたら連れてくるよう、あらかじめアレキサンダーに躾をしていたらしい。



 彼はアレキサンダーをうんと褒めて撫で回して、そして私を回収した。

 アレキサンダーはどうやら一匹で廊下を巡回している犬らしく、今回も廊下へと戻っていった。



「メルナ。今日のローブの色はいつもと違うな。赤なんだ。メルナって赤が好き? 俺も好きだよ、赤。ふふふ」



 ルーファスが私を手のひらに載せて、小声で囁く。一応他の人間に見えないようにしているのか、もう片方の手のひらで私を包み込んでいる。



 彼は機嫌よさそうに笑っている。

 だが、私は愛想良く返すだけの気力が湧かなかった。



(もうちょっとだったのに。もうちょっとで地下室に行けたのに。どうしてあそこで犬が……アレキサンダーが出てきたの。ルーファスは何故アレキサンダーにあんな躾を……)



 私が俯いていると、上からルーファスが小声で呼び掛けてくる。



「――今はまずいな。メルナ。ちょっとしまわせてもらうよ」


「えっ? ……んむっ」



 彼の言葉の意味を質問する余裕は無かった。



 ルーファスは有無を言わさず、私を彼の胸ポケットにしまい込んだ。


 今のルーファスは、ポケットのついたシャツの上に上着を羽織っている。

 胸ポケットに仕舞われた私は、外からは完全に見えなくなってしまう。



 そのまま、ルーファスは廊下を歩き始めた。




「ルーファス様、こちらの部屋の清掃は終了しました。他の部屋も同様に作業を行います」


「ああ。今回はいいが、そちらの部屋の清掃は力が要らなくても出来るはずだ。次からは新入りの女性を配置するようにしてくれ」


「はっ」



 ルーファスが歩いていると、彼に話しかける男性の声がする。

 どうやらルーファスは王城の使用人が通りがかったから私を隠したらしい。



 その使用人以外にも、ルーファスに声を掛ける者は多くいた。

 ルーファスは普段城で過ごしているだけあって、城に勤めている人のスケジュールも把握しているのだろう。何か質問をされたらてきぱきと指示を出していた。



(いまルーファスの言っていることをしっかり覚えておけば、今後城に転移するときに人を避けるのに役立つ……かも。……でも……)



 頭で考えたことを実行出来ず、私はポケットの中で目を瞑る。



(眠い……)



 今私は、ポケットと上着に包まれた密閉空間にいる。



 しかも、王家の人間の着るものだけあって、繊維の質がいい。

 端的に言うと、暖かいのだ。

 いつも使っている自宅の布団よりもいい素材が使われているかもしれない。



(さっきから……ルーファスが移動しているから……


 暖かい上に、いい感じの揺れがあって……


 気持ちいい…………。



 こんなのだめ……王城ではいつも警戒していないといけないのに。


 でも……。



 ……………………)





 ++++



 気がついたら私はルーファスの部屋にいて、ベッドに寝かされていた。


「あ、起きた?」


「お、おはようございます……。すみません、諸々ご迷惑をお掛けしたようで……」


「いや。メルナと一緒に散歩出来た上に、君の寝顔が見れて楽しかったよ」


 ルーファスは先程の服から部屋着に着替え、ベッドでくつろいでいる。



(ルーファスの前で眠るなんて……気を抜きすぎよ、私)



 恐らく、今日は地下室に間近まで迫ったけど辿り着けず、それによって緊張感が切れてしまったのだろう。

 あともう少しだったのに。あの犬に見つけられなければ……。



 そうだ。


 私はおずおずとルーファスに質問をする。



「あの……さっきの犬の子……アレキサンダー」


「ん?」


「なんであの子は私を捕まえたんですか? そうするようにルーファスが命令したんですよね?」



 私の質問に、ルーファスは頷いて答えを返す。



「メルナはいつもは俺の部屋に転移してくるけど、ミスして王城の他の場所に転移することもあるかもしれないと思ったんだ。そのときのためにアレキサンダーを躾ておいた。メルナの匂いがしたら俺の方へ連れてくるように」



「そ……そうですか。それは……何のために……」



「メルナが城の中を歩いているところを見られたら、警護の者は怪しむからな。身柄が押収されて、俺たちはもう二度と会えなくなる、ということになるかもしれない。


 俺はもっとメルナと遊びたいからね。それを防ぐためにアレキサンダーにお願いしたんだ」



 そうなんだ……。



 転移する度にルーファスに弄ばれている、とは思ってたけど、犬の訓練をしてまで私を警護に引き渡すのを阻止するとは……。



(ルーファスは何でそこまでするんだろう。


 もしかして、そのうち警護に引き渡されるのよりももっと残忍な……人体実験みたいなことを私にやってくるんじゃないでしょうね……)



 恐ろしい未来を想像して、私は身震いした。



 ルーファスは私を警護に引き渡さないから、これからいくらでもルーファスの部屋に行ける――とは思えない。

 むしろ、これまで以上に顔を合わせたくなくなってきた。



 彼にこれ以上何か言われる前に、私は転移魔法で自宅へ戻った。



 ++++


 今回の転移は、いいことと悪いこと、どちらもあった。



 地下室の場所がわかったのは大きな収穫だ。



 でも、アレキサンダーはどうやら城の廊下を巡回しているようだ。


 なら、これからも私が地下室に行こうとしたら、今回みたいに連れ去られる可能性があるわけで。



(あの地下室に近付くまで、かなり時間がかかった。でも、また邪魔される可能性があるなんて。どうしよう……)



 私は自室で頭を抱えた。

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