4_砂時計②
師匠曰く、私は大雨の災害があった日に、川の下流に引っ掛かっていたらしい。そこに食料を求めて釣りをしに行っていた師匠が通りがかったのだと。
そのまま放置しても誰も何も言わなかっただろうに、師匠は私を育ててくれた。
辛い目に逢ったとしても、私は師匠の願いを叶えたいのだ、
だから、私は地下室を目指すのをやめない。
「……でも、またルーファスに会って捕まるかもしれないから、対策しないとね」
今まで二回王城に転移して、二回ともルーファスの部屋の机の上に出現してしまった。
どうやら、師匠の残した羅針盤の転移先は、ルーファスの部屋に繋がっているらしい。
闇魔術師が王城にいたのは今より何百年も前のことらしい。かつてはいきなり現れても問題ない場所を転移先に指定していたのだろうが、長い時の中で部屋の配置が変わってしまったのだろう。
転移先を変えるためには、該当の地点である程度の時間魔法を使い続けなければいけない。
つまり、今の状態だと転移先は変えられないのだ。
また転移先でルーファスに見つかって、王城を自由に探索出来ないような事態は避けたい……。
考えた私は、身体を小さくする魔法を強化することにした。
今までは手のひらサイズの大きさで城に忍び込んでいたが、今回はその十分の一程度の大きさだ。
身体を小さくすると移動距離が長くなるため、これまではあまり小さくし過ぎないようにしてきた。
でも、今までと違うやり方を試してみるのもいいかもしれない。
ルーファスには、今まで二回会った。彼の中には「メルナはこれくらいの大きさ」という意識があるだろう。
。
そんな中、私が小さくなって侵入したら、見つけられなくてもおかしくはない。
私は自由に王城を散策出来て、容易く地下室に辿り着けるのではないか。
「……よし!」
私は、魔力を強化する薬草を煎じて、少しずつ飲み始めた。
++++
結果から言うと、より小さくなって王城に転移することは成功した。
が、前以上に自由に動けない状態になってしまった。
(物理的に動けない!狭い……!)
小さくなった私が転移した先は、砂時計の中だった。
道具棚の中の砂時計の、その上側に私はいた。
どうやら、いつもと小さくなる魔法の出力を変えた状態で転移魔法を使ったため、転移先がずれてしまったらしい。
(失敗しちゃった……)
私は砂時計の中でずーんと落ち込む。
棚の中で、物理的に暗いところにいるからか、気持ちもどこか沈んでいった。
これではいけない、と、私は首をふるふると振る。
(魔法の力はイメージの力、ずっと沈んでいると魔法も失敗しやすくなる――そう師匠は言ってたよね。
良かったことにも気持ちを向けてみよう)
例えば……そうだ。
砂時計に入るというアクシデントはあったけど、上の方で良かった。下の方にいたら砂でじゃりじゃりしてただろうし。二段ベッドでも上の方が気分がいいではないか。
それに、ルーファスに会わない、という目的は達成している。
捕まるような危険性は無く、私はじっと待っていれば転移魔法で自宅に帰ることが出来る。次にどうするかはじっくり作戦を練ればいい。
そうだ。今回の転移は成功したんだ!
――ギィ。
「んっ?」
「ひっ!」
突然上から光が飛び込んできて、私は反射的に顔を覆う。
ふわりと身体が宙に浮く感覚がして、その後に私の入った砂時計はゴトっとどこかに着地した。いつもの机の上に乗せられたようだ。
ルーファスがじっと私を見下ろして、口を開いた。
「メルナ……君、なんでこんなところに。それに、なんだかいつもより小さくないかい。風邪でも引いたのか?」
「元気がなくなると小さくなる訳ではないです……」
「そうなんだ。じゃあ、わざと小さくなる魔法をかけたのか? なんでわざわざ砂時計と一体化してるんだ?」
「いえ、それはもう、私にもわからず……。ちょっと気分を変えようとしてより小さくなって、そしてランダムに転移する魔法を使ったら、こうなって……」
私は言い訳を言い連ねる。
そのうちに何だかいたたまれなくなって、私はルーファスに頭を下げた。
「すみません、お部屋にお邪魔している上に、砂時計を使えなくさせてしまって。もう少しでこの部屋から帰りますので」
ルーファスに私の思惑を説明する必要はない。
でも、彼の部屋に何度も侵入したり、道具を使えなくさせていることについては、素直に申し訳ないと思った。
私の謝罪を聞いたルーファスは、少しの時間無言で瞬きをした後、ぼそりと呟いた。
「……いや。使えないということは無いんじゃないか?」
「えっ? うわっ」
「ほら、使える、使える。ははははは」
「うわあぁっ」
ルーファスは私の入った砂時計を持ち上げ――ひっくり返した。
私の頭の上から、細かい砂がサラサラと流れ落ちてくる。
逃げることも出来ず、私は砂にまみれることになった。
「う、うぅ。じゃりじゃりする……」
「あれ、嫌なんだ。魔法は術者の無意識の心理が結果に現われると聞いたことがあるんだけどな。君は深層心理で砂にまみれたかった訳じゃないの?」
「それは絶対に違うと思います……」
私はしょんぼりしながら砂時計の中で小さくなる。
――やっぱりルーファスに見つかるとろくなことがない。
私は彼にとっては怪しい侵入者で、優しくする理由も無いんだから、仕方ないんだけど……。
……でも、今はルーファスに直接触れられている訳ではない。
この砂が落ち切る頃には転移魔法が発動して、家に戻れる。
だから、後は適当に対応するだけでいい。そう思うといくらか気持ちは軽かった。
そう考えてじっとしていると、上からルーファスが話しかけてくる。
「砂時計に入りたい欲求がある訳じゃなかったんだ。じゃあ、メルナは……」
「……?」
「もしかして、俺に会いたかったの? 無意識のうちにそう思っていたから、俺の部屋に転移したという」
「違います。純粋に偶然です」
きっぱりと言っておいた。
(穏やかで優しくて私のことを大事に扱ってくれる人なら、無意識のうちにまた会いたいと思ってもおかしくない。けど、ルーファスは違うでしょ……)
流石にこれは本人には言えない。なので、違うという言葉だけ返した。
私の言葉に、ルーファスは首を傾げて呟く。
「うーん……。でも、メルナは嘘つきだからな。本当の気持ちを言っていない可能性はあるよね」
「いやそういうことではなくて……。本当に違うので。ルーファスだって私に部屋に来られたら困るでしょう。早く出て行って欲しいと思っていますよね」
私はルーファスにそう伺う。
これから転移して彼に鉢合わせたとして、さっさと部屋から追い出してくれるようになったり、無視してくれるようになったら幸いだ――と思いながら。
(あれ。……でも、これでルーファスが私を警備に突き出すことを決めたらどうしよう。聞かなくていいことを聞いちゃったかな。まずい……)
これ以上話していると余計なボロを出すかもしれない、早く転移魔法を発動させて帰らなきゃ――と私は決意した。
目の前のルーファスは黙っていた。
が、暫くしてどこか曖昧な声が返ってくる。
「んー……」
「……?」
「王家の人間としては、もう来るなって、そう言うべきなんだろうな。怪しい人間を通す訳にはいかないから。でも……」
++++
私の身体は光に包まれ、家に戻ってきた。
「良かった……」
私はほっと息をつく。
ルーファスが話している最中で転移してしまった。
けど、王家の人間としては、やはり部屋から帰ってもらう方が望ましいらしい。
だから、実際帰った私に対して、悪い感情は湧かないだろう。
そうであって欲しい。
もう砂時計の砂は残っていないけど、まだじゃりじゃりした感覚は抜けきらない気がする。
次からは過剰に小さくなるのはやめよう――と考えつつ、私は身体を洗うべく風呂場に急いだ。