3_砂時計①
私には本当の両親の記憶が無い。
代わりに、テオ――師匠であり育ての親との思い出は色濃く残っている。
私は拾われた子供で、物心ついた時から壮年の男性が傍にいた。
彼はテオという名前で、まだ老人と呼ばれるには早い年代だったが、いつもどこかくたびれたような様子をしていた。
テオの家にはお金が無かったが、雑多な小物と本が所狭しと置かれていて、私が触って遊ぶものには事欠かなかった。
テオは魔術師であり、私に少しずつ魔法を教えてくれた。
食べられる野草の見分け方や保存食の作り方などの生活に役立つ技術も仕込んで貰った。
師匠自身の過去の話をしてくれるようになったのは、私がある程度成長してからのことだ。
「メルナ。私と同じく、私の師匠も闇魔術師だった」
「やみまじゅつし……?」
私は師匠の発言に首を傾げた。
初めて聞く単語だったからだ。
私が知っていること。師匠に今まで教えて貰っていたこと。
この世界には魔法を使える素養を持った人がいて、魔法を自在に使えるようになった者は魔術師と呼ばれる。
魔術師の中でも、火属性の魔術が得意なもの、水属性の魔術が得意なものなど、何を得意とするかは人によって異なる。
このように、私には魔術師についての知識を持っている。
でも……。
「師匠。闇魔術師というのは聞いたことがありません。街で売っているような本にも載っていませんでした」
「今の社会には存在しないことになっているが、かつては沢山いたんだよ。私の師匠は年齢を重ねた方で、その当時の話を伝聞で知っていた。闇魔術師は王家にも勤めていて、国を守っていた」
「え……? 聖魔術師ではなくて、ですか?」
私は師匠の言葉を聞いて、更に困惑した声を出す。
この世界の魔術の中でも特別なものとされているのが『聖属性』だ。
人や土地に巣くう瘴気を払うように、悪いものを浄化し、いいものに変化させることが出来るのが聖魔術。
それを扱える者はエリートで、王城の魔術師団で高い地位にあるのも聖魔術師がほとんどなのだという。
「メルナ。かつての聖魔術師は今ほど突出した存在ではなかった。王家直属の魔術師団は闇魔術師と聖魔術師が多く在籍していて、技を競い合ったんだ。闇魔術師と聖魔術師は対照的な魔術を使ったが、それ故に互いを補い合うような存在だと評価されていた」
「……どうして、今は闇魔術師はいなくなったのですか?」
「かつてこの国と他国との戦争があった。そのとき、混乱に乗じてひとりの闇魔術師が王家に反乱を起こしたのだ。そのせいで闇魔術師の一族はまとめて粛正対象となった」
「えっ」
「そして、王家に勤めていなかった者も粛正の対象となった」
「ええっ」
「だが、闇魔術師の一族は散り散りになって、静かに暮らしながら闇魔術を守り続けている。メルナ、お前にもこっそりと教えたものがいくつかある。人前では決して使わないようにと注意したものたちがそれだ」
「え――!?」
師匠の話しぶりに、私は震える。建て付けの悪い家の窓をちらっと見ながら私は師匠に小声で嘯いた。
「し、師匠、その話からすると、私たちも実は危ないんじゃ……。もっと小さい声で話して下さい。外に誰かいてお話を聞かれていたりしたら……」
「安心しなさい、メルナ。念のためにここ一帯には認識阻害の魔術を掛けてある。王家にもそれ以外の者にもここは見つけられないはずだ」
「そ、そうなんですね……」
その時の話は、それでおしまいになった。
だが、私たちはそれからもぽつぽつと闇魔術師について話をした。街にいる時など、第三者がいる時は避けたけど、夜寝る前などの私たち二人きりのときは度々話題にした。
師匠は積極的に話そうとはしなかったけど、私が気になって話を振ったのだ。
「……王家にかつて反乱を起こした方がいたとはいえ、闇魔術師そのものを消そうとするなんて、酷いです。どんな魔術も使い方次第なのに……」
「ああ、私もそう思うよ。他の一族もそう考えていたから、細々と闇魔術を伝授しているのさ。だが、かつてのような実践的なものはもうほとんど失われてしまった……」
「王家に見つかったら粛正されてしまうから、他の一族たちも皆隠れて暮らしてるんですよね? なら、闇魔術で身を立てることも、他の一族に会うことも出来ないんですね。……他にはどんな方がいるんでしょう」
「私の師匠曰く、闇魔術師には意外と柔和な優男が多いそうだ。闇魔術師はその名前で敬遠されがちだから、態度は甘く優しくを心がけてるんだと」
「えっえっ、そうなんですか。闇魔術師たち、絶対に絶対に滅びてほしくないですね」
「今までで一番感情が籠もってるな。メルナはそういうタイプが好きなのか」
「いやっ、そういう意味とは限らなくて、親戚のお兄さんにそういうのがいたらいいなあっていう意味で……。
……それに、師匠も優しいから、私は今の生活でも満足してます」
「……」
「多分一族に会うことは出来ないんでしょうけど、みんな元気で暮らしていればいいなって思います。いつかは王家から赦しが出て、伸び伸びと暮らせるようになればいいと思いますが……」
「メルナ。そのことなんだが……」
「?」
師匠は、何かを私に伝えようとしたようだ。
が、なんでもない、と言い直してそのまま床に着いたのだった。
師匠が言おうとしたことは、彼の死の直前にわかった。
病に冒された師匠は、日に日にやつれていった。
そして、ある時から私に教えてくれた。闇魔術師には秘密があると。
「メルナ。私の師匠……そのまた師匠から、代々伝えられたことがある。
かつて王家に仕えていた闇魔術師は、王城の地下に隠し部屋を作り、今は失伝してしまった強力な闇魔術の数々を保管していたらしい。
闇魔術は生命に直接作用する魔法だ。現代は魔獣たちや自然災害の被害が拡大しているが、かつての闇魔術を再び取り戻してそれらを鎮めれば、王家から闇魔術師への赦しも出るかもしれない。民たちが闇魔術師に助けられて支持するようになれば、王家はそれを無下に出来まい……」
そして、師匠は私にあるものを渡した。魔道具の羅針盤だ。
「メルナ。王城には転移魔法用のパスが繋がれている。これを使えば転移出来る。長い時間をかけて、この道具を転移用の魔道具にすることが出来たんだ。
本当は私が行こうと思っていたが、こうして病になってしまって……。メルナ。頼めるのはお前しかいない。
王城から実践的な闇魔術を手に入れることが出来れば、きっと一族はいい暮らしを出来るようになる。こうして隠れ住むようなことも無くなるんだ。だから……」
「――わかったよ、師匠。私、頑張る。闇魔術師を復興させてみせる」
私は羅針盤をぎゅっと握りしめた。