15_靴②
そして、夜会の日になった。
「メルナ様、衣装はこちらになります」
「わぁ……」
女性の使用人に案内された衣装部屋には、夜空のような色のドレスローブが用意されていた。
(裾にボリュームがあるのに、着てみると軽く感じる。なのにきちんと暖かい。
これ、すっごくいい生地を使ってるんだろうな。本来なら私が一生かけても着れないような服なんだろうな……)
「メルナ様、お似合いですよ。私どもは夜会を何度も目にしていますが、お披露目にはぴったりの衣装かと。皆様の注目を浴びること間違いなしですよ」
「うっ……。ど、どうしよう。悪い意味で注目を浴びることになったりしないですよね。やっぱり不安になってきました……」
「め、メルナ様、大丈夫ですか……?」
「――失礼する」
私が衣装に気後れしていると、部屋に入ってくる者がいた。ルーファスだ。
この後に彼も夜会に出席するからだろうか、いつも以上に瀟洒な装いをしていた。
が、その装いに似つかわしくないものが目に入る。
ルーファスは箱を持っていた。
「ああ、もう準備はかなり進んでいるみたいだな。エミリー、君は少しの時間下がっていて欲しい」
「かしこまりました!」
エミリーと呼ばれた使用人は、ルーファスに命じられて部屋を出て行った。
私はルーファスと二人になる。
「綺麗だよ、メルナ。普段の君の装いも好きだけど、こちらも素敵だ」
「ああ……いやあ……ドレスは素敵だと思います。私以外の方が着ればもっと素敵だっただろうと思いますけど。すみません、折角用意していただいたのに」
「夜会に出るのに気後れしているのか。君らしくないな」
「いや、私はこういったパーティに出たことなんて無いので、これが普通ですよ」
「俺の知っているメルナは、見知らぬ場所であっても飛び込んでいける人だ。俺なんかよりもずっと勇気がある」
「…………」
「メルナ。こちらを」
ルーファスは、箱を開けた。
そこには靴が入っていた。
ワインのように深みのある赤の靴だ。私のドレスに合わせて用意したのだろう。
ルーファスは私の前に跪き、靴を差し出した。
わざわざそんなことをしなくても、靴は私一人で履ける――と言うか迷ったけど。
彼の用意したものを否定し続けるのは忍びなかった。
ありがとうございます、と礼を言い、私は靴を履いた。
++++
私はルーファスに連れられ、夜会の会場に入った。
そして、集まった魔術師や騎士たち、貴族に向けて挨拶をした。
師匠に育てられたこと。過去に城を追われた闇魔術師を復活させたかったこと。
城に侵入した末に、聖魔術師の一部がかつて闇魔術師を操って反逆させるように仕向けたとわかったこと。
聖魔術師全てに対する処罰は望まない。
その代わり、かつて闇魔術師に罪を被せた聖魔術師の一族――セレスティアの一族については、然るべき処置をすること。
そして、王家にはかつての罪を撤回する触れを出して、今後闇魔術師の教育を支援してもらうこと。
「……それが、私の師匠、テオの願い。そして、私の願いです」
私は、辿々しくも言いたいことは全て伝えきった。
夜会の出席者が厳かに拍手をする。
私の言葉は、彼らに受け入れられたみたい。
これからも困難はあるだろうけど、闇魔術師にとっては道が開けた、と思ってよさそうだ。
(――これで私の仕事は終わりね。
これからは私が城に来ることも無くなる。
村で暮らして魔法を練習しつつ、闇魔術師を支援する生活をしたいわ。師匠と暮らしていた頃みたいに)
内心安堵していると、私の近くにいたルーファスが一歩踏み出し、出席者に向かって声をあげる。
「――そして、それは俺の願いでもある。俺はメルナと力を合わせて、闇魔術師の復興に力を注ぐことを誓おう。今日はありがとう。この後は自由に歓談して欲しい」
第四王子・ルーファスの言葉に、出席者たちは湧いた。
先程の話題がまだ尾を引いているのか、私の周りの貴族たちは皆朗らかな態度で祝福の言葉を口にした。
その祝いの言葉は私及びルーファスに向けられている。
(…………?)
先程から、薄々思っていたんだけど……。
……何故、私とルーファスがセットで扱われているのか?
夜会に出るということでずっと緊張してて、ルーファスのすることにあまり頭が回らなかったけど……。
何故、ルーファスは私にずっとくっついているの?
私は身分のある立場でも無いし、ルーファスが私の側にいないといけない理由なんて、無いと思うんだけど……。
だが、出席者たちはどこか浮ついた様子で私たちを祝福している。
小さな声で囁き合っている者もいる。
「エミリー、ルーファス様とメルナ様って……やっぱり、そういうことなの?」
「ええ。ルーファス様はずっとメルナ様を助けていたらしいわ。それに、先程も衣装室で二人きりになっていた。ルーファス様は彼の色の靴をメルナ様に贈ったようね……」
(あ、あれは……さっき部屋にいた使用人のエミリーさんだ。エミリーさん、口が軽すぎないかしら……!)
「まあ。こうして皆を集めた上で自分の色を身につけさせるなんて。これはもう、決まりね」
「ええ。かつて王家の人間と魔術師が生涯を共にした例もあるものね」
「素敵な場に居合わせられて良かったわ……!」
(なになに? なにが決まったの? どういうことなの?)
話が見えないまま、私とルーファスは何か誤解されているんじゃないか――と思い、ルーファスの方をちらりと見た。
が、ルーファスは満足そうに笑みを浮かべている。
なんなら、更に私の近くに寄り添い、それを見る夜会の客は歓喜の声をあげている。
(まさか……ルーファスは、この反応を予想して立ち回って……?)
地下室を目指したころは、ルーファスに捕まってしまうとまずいと思っていた。
でも、今はもうその心配は無くなったと安心していた。
もしかして、私はこれからもルーファスから逃げられないの?