1_鳥籠
亡き師匠の願いを叶えるために小さくなって王家の城に忍び込んだら、瞬く間に男に捕まってしまった。
「――で、君は何者なんだ?」
「…………」
赤の髪に、金色の瞳。シンプルだが仕立てのいい服を身に纏った男は、私が転移した部屋の持ち主らしい。
彼は私を机の上の鳥籠の中に押し込み、外から鍵を掛けた。
そして、こちらを見つめながら語り掛けてくる。
「城に侵入したことから考えれば、君は賊なんだろう。だが、賊というにはいささかサイズ感が頼りないように見える。
それに、女性一人で侵入しようとしたのも奇妙だ。すぐに取り押さえられるのは目に見えているというのに」
「…………」
「諸々のことから考えると、君はただの賊ではないのかな?
例えば……実は、君は人間じゃないのかな?
これくらいの大きさの生物といえば……ネズミ。
魔獣についてはまだわかっていないことが多くある。女性に化けるネズミの魔獣がいてもおかしくはない。
いや、生き物ではない可能性もあるかな。
実は君は火薬が入っている小型の爆弾で、これの持ち主は遠隔操作で城を破壊しようとしているとか……」
――目の前にいる男は、私に対して好き勝手に仮説を立てている。
それもこれも、私が捕らえられてから一言も喋らないからだろう。
『いいかいメルナ、瞬間転移と小型化の魔法があるとはいえ、王城に忍び込むのは危険なことだ。
瞬間転移は強力な魔法だ。一度使うと、再度使うのには時間がかかる。
万一捕まってしまったら、再び転移するまでの時間を稼ぐため、無言でいるんだ。
転移魔法を使えるようになれば、また家に戻って作戦を立て直すことが出来るから』
私は師匠の教えに従って、無言でいるのだ。
城に侵入した直後にあっさりと捕まってしまった時は焦ったけど、落ち着いて対処すればなんてことはない。
目の前の男が何を言おうと、私はこのまま無言を貫いていればいい。作戦勝ちだ!
「はぁ……」
「……?」
男がため息をつくと、急に立ち上がった。
そして、男は、すっと私の入った鳥籠を持ち上げて――
私ごと、鳥籠をガシャガシャと振った。
「うわああぁぁぁあ」
「なんだ。話せるんじゃないか、言葉」
「何するんですかっ! ……、ぁっ……あぁ……っ、うぅぅ……」
思わず声を荒げたけど、頭がぐわんぐわんするのに逆らえず、私は鳥籠の中でへたり込む。
先程の振動の衝撃が後を引いているみたいだ。
男は鳥籠を再び机の上に置いた。平らな地に置かれて、私は少しだけ呼吸を落ち着かせる。
ゆっくりと目を開くと、男が鳥籠越しに私のことをじっと見つめていた。
ワインみたいな赤の髪に、蜂蜜を溶かしたような金色の瞳。
男の持つ色自体はとても綺麗なのに、彼を見ていると何だかとても不安になる。
男は口を開いて呟いた。
「あまりにも俺の言葉に反応しないから、君は人間じゃなくて動物なんじゃないかって思ったんだよ。本当にそうだったら……」
「そ、そうだったら……?」
「この籠の中で飼ってみるのも悪くないと思ったんだけどな。実験として」
「ひっ」
男が口にした言葉に、私は怯える。目の前の男が笑みを浮かべているのが恐ろしくて、私は反射的にぎゅっと身体を丸くした。
++++
次にどんなことを言われるかと身構えていたけど、次の言葉は飛んでこなかった。
恐る恐る目を開けると、先程まであった鳥籠は無くなっていて、代わりに見慣れた自分の部屋の家具が目に入った。
段々と身体の感覚も戻ってきて、今私が座っているのは柔らかい場所、つまり自宅のベッドだとわかる。
恐怖心で反射的に転移魔法を発動させたのだろう。
私はゆっくりと息を吐いて呟いた。
「助かった……」