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ウェルダンステーキをレアステーキに戻す魔法

作者: 白井伊詩

 

 

 魔王の根城、その最奥にたどり着いた者は誰一人居なかった。

 魔法使いシャングリラの他を除いては。

 

 絢爛とはほど遠く質素な石造り、天井は高く大声を出せば反響を楽しめそうだった。

 

 奥には玉座があるもののそこに魔王は座らず中央の広くなっているところに四人がゆったりとできそうなテーブルに二人分の椅子が対面できるように配置されていた。

 

 魔王はそのこぢんまりとしたテーブルに腰をかけていた。

 

「ふむ、ここまでたどり着くとは腕は立つようだな魔法使い」

 

 紫色のドレスに黒髪、艶やかで麗らかで見る者の目を釘付けにしてしまほどの美女が鈴のような声でシャングリラに声をかける。

 

「そりゃどうも、しかし魔王と聞いたからどんな怪物が出てくるのかと思ったらこんな美人とはね」

 

 シャングリラはお気楽なことを言いながら椅子に座る。

 

「食事は済ませたか?」

「まださ」

「そうか、妾もまだだ」

 

 魔王はテーブルにある呼び鈴を小さく振って侍女に食事の支度を頼む。

 

「苦手なものはあるか?」

「特にないさ」

「ならば良し」

 

 しばらくして食事が出される。魔王の食事は人間となんら変わりなかった。

 ふわふわこんがりのパンにトマトのスープ、それから目玉焼きにベーコン、サラダもあった。

 

「まるで朝食だな」

「何を申すか、今は朝餉の刻限ぞ」

「……そうかもう朝か」

「然り、真夜中の妾の城は楽しめたか?」

「そりゃあもう眠れないくらいには」

 

 シャングリラは空腹に負け、パンに手を伸ばしそうになるが、意識を強く保ち手を引く。

 

「ふっ……安心しろ毒なんか入っていない」

 

 そう言うと魔王は自分が持っていたパンとシャングリラのパンを交換する。

 

「人間は効いて魔族には効かない毒という可能性もあるんだけどねえ」

「愚か者が、魔族も元を正せば人間であるぞ」

「え、そうなの?」

「魔力の素質が高い人間を選別交配させて生まれたのが魔族だ」

「……そっか、知らなかった」

 

 シャングリラは焼きたてのパンにかじりつく。

 

「美味いな」

「我が城のパンは自慢じゃないがかなり腕が良い職人が毎朝生地を捏ねて焼いている。もっと褒めても良いぞ」

「いいね。でも僕なんかにそのパンを振る舞って良いのかい、これから殺し合うっていうのに」

「無論だ。万全な状態で戦ってこそ意味があるというものだろう。必要なら睡眠も取ると良い。客間を用意させる」

「いやいい、自分の家の枕じゃないと眠れないタイプなんだ」

「そうか、となるとこの食事が最後の晩餐になるな」

「ご機嫌な朝食だ。これ以上はアンタを倒したらの楽しみにするさ。真っ赤なワインにジュージュー焼けたステーキ、最高だろ?」

「肉を焼いただけの物に酒とは随分と俗物であろうに」

「なんなら焼き加減は血も滴るレアさ」

「レア? 気取り屋にも程がある一周回って蛮族のそれではないか」

「蛮族なら黒焦げのウェルダンさ。もっとも僕の得意な魔法のひとつにウェルダンステーキを生肉に戻す魔法ってのがあるから焼き加減で失敗なんてあり得ないんだけどね」

「ウェルダンをレアに……実に下らぬ、もっと良い魔法が世の中には星の数ほどあるではないか」

「そうかな。母親には絶賛されたんだけどな。奇跡の領域に踏み入った魔法だって。ちなみに豚の心臓にこの魔法を掛けたら動き始めて気持ち悪かったからしばらく使ってないけどね」

「はぁ……下らぬ魔法だな」

「はは、違いない」


「何とまぁお気楽な奴だな。ここは敵陣のど真ん中であろうに」

「ここまでたどり着けたんだ。むしろ褒めて欲しいくらいさ」

「確かにそうだな。並みの者たちでは我が城の壁すら超えられぬものだ」


「複雑に暗号化された術式には苦労したよ」

「よもやあの術式を解いたと言うことか?」

「朝飯食って二度寝したくらいの時間は掛かったさ」

「なるほど素っ頓狂な物言いと裏腹になかなかどうして」

 

「もーっと褒めても良いんんだぜ?」

「魔力も上澄み。なるほど魔力適性が低くなりがちな男にしては良いものをもっておる」

「まぁね」

「ならばお主、えーっと名は?」

 

「シャングリラ」

「シャングリラよ。妾の夫にしてやっても良いぞ」

「おっと君がもし魔族ではなくて、ここが酒場なら今すぐ宿に行って本気か確かめたいところだけど。残念ながら僕は雇われで引き受けた仕事は君を倒すことだ」

「わかっておる。だがそれ故に惜しい人材でもある。より良い魔力を持つ者同士、生まれる子はさぞ優れた才を持つに違いない」

「優生学に興味ないね」

「妾を見てみろ。この才と技、お主も人の親なら生まれてくる子は優秀に超したことはないであろう。可愛い子を産んでやるぞ」

「確かに一理あるが、間違っていることがひとつある」

「ほう、申してみよ」

「自分の子はバカでブサイクでもさ可愛いもんだろ?」

「ふ……はっはっはっは! 然り!」

 

「あとどうしても夫婦になりたいのなら、この戦争を終ったらだな」

「前向きに検討してくるのか?」

「アンタは美人で頭も良くてスタイルも良いし性格も尊大な物言いをする以外特に悪いところは無い。それに魔族国を見て思ったが統治もしっかりしているし戦争のルールもきちんと守っている。正直驚いた」

「そこまで褒めるでない。流石に照れる」

 

「だからこそ、僕から言えるのはこちらに下って欲しい。これに尽きる」

「それだけは決して、決してあり得ぬ」

「だろうね」

 

「よしならば力づくでお主をこちらに側に下らせるまで」

「交渉は決裂か」

「元よりそんなものは無かった。そうであろうシャングリラ?」

「そうだね」

 

 

 朝食を終えると二人は立ち上がる。

 魔王の侍女がテーブルと椅子を片づけると二人は同時に後ろを向いて五歩下がり再び向かい合う。

 

「魔王として一騎打ちを申し込む」

「受けよう。元より僕は一人だ。言ってて虚しいや……」

「気の抜けた奴め」

 

 オーケストラの指揮棒のような魔杖をふわりと構え二人は魔力を解放する。

 

 

 

「へえ……紫色の杖、紫茨の枝を削り出した杖か、強大な魔力を持つ者だけが握れる最高峰の杖だ。流石は魔王様だ」

「そう言う貴様は、ルパートの雫杖……決して折れることのない硝子で作られた杖か……そうか貴様が例の砂の魔術師か」

「サインなら半年待ちさ」

「よかろう相手に不足無し!」

 

 魔王は渾身の魔法を放つ。

 

 一切の慈悲がないその魔法は数多の強者を葬り、人間達からは畏怖を集めていた。

 

 

 

 回避不可。

 防御不可。

 効果即死。

 

 

 

 不可避の即死魔法であった。

 

「おっと――」

 

 例え歴代最高の宮廷魔術師こと砂の魔術師でもその一撃は回避出来ない。

 

 シャングリラの足の力が抜けてその場に倒れようとするがよろめくだけで今だ二本足で平然と構えている。

 

「ほう、噂に違わぬか」

「正直ぶっつけ本番だから奇跡さ」

「我が即死魔法、如何様にして見破った?」

 

「簡単さ、即死魔法を受けた者たち延べ二十人の亡骸を解剖した」

「死体に刃を入れたか」

「いずれも心臓に軽度の火傷が確認された。この事から即死魔法は緻密な魔力操作と防御魔法との相性が悪い雷系統の魔法であると仮説した」

「仮説? 断言ではなく?」

「今なら断言できる、その身で実証したからね」

「実に……実に惜しい魔術師である。殺すには勿体ない」

「もっと褒めてくれてもいいさ。さて種がわかったらあとは簡単さ、避雷魔法を使って心臓に浴びる電撃を逃せば良い」

 

 魔王は杖を魔法で浮かせて、両手を叩いて拍手する。

 

「美事である」

「さてそっちの十八番はもう効かないよ」

「十八番? この程度の魔法がか?」

 

 魔王から滲み出す魔力が一層と濃くなり常人ならその場にいるだけで毒気にやられてしまいそうだった。

 

 杖を握り直すと魔王は上から下へと振り下ろす。

 彼女の背後から無数に現われる紫色の茨が王の間の外壁を這わせて覆う。

 

「茨の魔術師は伊達じゃないか」

「毒と樹木の魔法こそ妾の独壇場なり――」

 

 あらゆる角度から毒の滴る茨の槍がシャングリラを狙う。

 

 だが、その全てがシャングリラに届くことは無い。砂を操って生み出した細い砂糸が茨を切り裂いた。

 

「あっ僕もまだ十八番を見せちゃいないけどね」

「勿体ぶる出ない、見る前に死んでしまったらつまらぬぞ」

「杞憂って言葉を魔王様はご存じない?」

 

 大げさなジェスチャーをつけてシャングリラは小馬鹿にした。

 それと同時に砂の槍を地面から突き出し魔王を襲う。

 魔王は茨の蔓を鞭のようにしならせ砂の槍を破壊し対抗する。

 

 軽口を言い合いながら魔法使い同士において最高峰の工房を見せる。双方一撃でも食らえば致命傷になりかねないせめぎ合いを一歩も動かず砂と茨をぶつけ合う。魔法への絶対の自信を誇示するかのように。

 

「シャングリラ、実に良い魔法であったぞ」

 

 魔王は杖を横に振りもう一つの魔法を発動させる。

 

「うーわ反則だろ」

 

 茨からつぼみが伸び花を咲かせると甘い香りが広がる。

 シャングリラは砂の魔法と同時に解毒魔法を自分に掛けながら攻防を続ける。

 

 花からは一吸いで死に至る猛毒がまき散る。一瞬でも気を抜けば中毒を起こす空間が完成する。

 壁をぶち抜こうにも既に茨が覆っており突破は困難に等しい。

 

「さて砂の魔術師、下る覚悟をせよ」

「まださ」

 

 シャングリラは杖を天井に向けると砂塵が舞い上がり玉座すら見えなくなるほどの砂嵐を起こす。

 

「だがそれがどうした。姿は見えずとも魔力でいくらでも姿を追える――」

 

 魔王は魔力探知でシャングリラを探る。

 

「見つけたぞ」

 

 魔王はニヤリと笑って杖を振るう――。


 茨の槍がシャングリラを貫く。

 魔王には確かな手応えはあったが、それは人を貫いた感触では無い。

 

「これはガラス……まさか」

 

 懐に潜られるまでシャングリラに気付くことが出来なかった。ガラスで作った囮人形に大量の魔力を与え、シャングリラ自身は魔法を解き、息を止めて走って魔王に接近した。

 

 ルパートの雫杖が魔王の胸を貫いた。

 

「ふむ……美事であるぞシャングリラ」

 

 鮮血滴る杖をシャングリラは引き抜くと魔王を抱きかかえる。

 

「本当にただの人間だな。魔法が凄いだけの」

「言ったであろう、我々魔族は本質的には人間と変わらぬと」

「そうだな」


「……最後の願いだ。妾を玉座へ」

「わかった」

 

 魔王をお姫様抱っこすると玉座にゆっくりと座らせる。

 

「こうも呆気ないとは……」

「そんなもんさ」

「嗚呼、儚き……しかしようやく妾は……自由になれる」

「次の生があるなら何をする?」

「皆に温かい食事を作ってやりたい。そうだな、朝食専門の店なんかがいい」

「パン職人が必要だな」

「不要だ。あのパンは妾が作ったものだ」

「そうか……もうあの味は食べられないのか」

「次の生までの我慢であろうに」

「そうだね」

 

 シャングリラは傅いて魔王の手の甲にキスをする。

 

「今更だな」

「今しかできないことさ」

「シャングリラ、良き旅路を――」

 

 

 紫茨の杖をそっと渡す。

 魔王はゆっくりと目を閉じて開けることは無かった。

 

 

 

 一仕事終えたシャングリラは自分を雇った女王のところに帰った。

 

 

 

 

 

「以上が事の次第でございます。死を約束するものはないため報酬の件は無かったことで構いません」

 

 跪いて玉座に座る女王にシャングリラは報告した。

 

「そうですか、しかし心臓を貫いたのなら助からないでしょう。大義でしたシャングリラ」

「それでは僕はこれにて――」

 

 

 そう言いかけた瞬間、玉座の扉が開かれた。

 

「女王陛下、我ら王立騎士隊が魔王を討ち取って見せました。謀反があったのか深手を負っておりましたがこの手で首を切り落としました」

 

 意気揚々と魔王の首を掲げるのは王立騎士隊の騎士長フランチェスカである。優秀な彼女もまた魔王討伐の任を受けていた。

 

「私は左腕を」

「私は右腕を」

「私は胴を」

「私は左足を」

「私は右足を」

 

 そう言ってバラバラにされた魔王を掲げる。

 

「――ッ!」

 

 シャングリラは懐から二本ある杖の内、ルパートの雫杖の方を抜く。

 

「シャングリラ」

 

 女王はシャングリラをなだめるように名前を呼ぶ。

 

「…………」

「収めなさい」

「……御意のままに」

「よろしい」


「女王陛下、報酬の件ですが、彼女の亡骸を」

「いいでしょう」

 

「それから――」

 

 シャングリラは杖を収め、胸に付けた宮廷魔術師の徽章を床に叩き付ける。

 それから踵を返し、死体を掲げる醜女たちを無視して玉座を去った。

 

 

 

 

 

 それから数日が経ち、腐りかけの魔王の遺体の全てがシャングリラの工房に運ばれた。

 

 女王も一言シャングリラに伝えたいのか同じタイミングで工房に姿を見せた。

 

「フランチェスカを悪く思わないでください」

「……彼女もまた功績が欲しいことくらい存じています」

「それがわかっているならもう何も言いません」

 

「……魔王の亡骸、ありがとうございます。あとはこちらで死体を修繕してどこか遠いところに埋めてあげます」

「修繕を見させても? 彼女の顔を覚えておきたくて」

「わかりました」

 

 シャングリラは魔法を唱える。

 

 魔法はウェルダンステーキをレアステーキに戻す魔法の応用した魔法。呪文を唱えるとまるで時間が巻戻るように魔王の四肢が繋がり首が繋がり服は修繕され、朝食を共にしたときの姿が再構築される。

 

「上手くいった。どうですか? まるで寝ているみたいでしょ?」

「ええ、流石はシャングリラです。今にも起き上がってしまいそう

 

 永遠に眠る魔王の姿を見て女王は黙祷を捧げた。

 

「我が家臣らの非礼をお許しください。どうか安らかに」

「ふむ、それはどういうことであるか」

「えっと……え?」

 

 女王は顔を上げると魔王は目を開けてその場に座る。

 

「おっとこれはマジで予想外」

 

 

 

 

 

 時は変わって、とある荷馬車、その荷台に揺られている若い夫婦がいた。

 馬車に乗ればいいものを二束三文をケチって荷馬車の硬い板に尻を弾かれている。

 

「いやぁ、この魔法がそんな効果だったなんて思わないじゃん」

「豚の心臓が動き出した時点で何も思わなかったのか?」

「気持ち悪いなーくらい?」

「お前……まぁ、もう良いわ」

 

「ところでまお……えーっと」

「セレスだ」

「セレスこれからどうする?」

「お前、何も考えずに荷馬車に揺られているのか?」

「とりあえず北の温泉地でまずは羽でも伸ばそうかなって。どこかの誰かさんにやられた毒に随分とやられていてね。こう見えてかなりキツイんだよ。てことで二三ヶ月は湯治でもと思ってるよ。その後はなーんにも」

「生前……まぁ今も生きてはいるが、言っていた通り飯屋をやろうではないか」

「いいね。朝食はベーコンエッグにトマトのスープ、それから――」

「焼きたてのパンだ」

「そうだね」

 

 シャングリラは静かに笑う。

 もう何者でもない者たち二人、ただ馬車の荷台でくっついて揺られている。

 

これは投稿したのは朝なので、今日一日が皆さんに良い日でありますように。

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