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 アランと別れ、ローラを探していたゲッカ男爵から、地主の娘である侍女のフィーミア・エステルを紹介された。

 朗らかでトロンとした垂れ目気味の少女だった。同い年のローラは一目見て、栗毛で色白のフィーミアを気に入った。

「ローラン様、こちらがローラン様のお部屋になります。何かありましたらなんなりとお申し付け下さい」

 自宅の八倍はありそうな部屋に圧倒されながらローラは言う。

「ありがとう。今日はすごく疲れちゃって、もう寝ようかな」

「ではすぐ、湯殿の準備を致しますね」

「え…?自分で勝手に入るよ」

「いけません!」

「いいってば!」

 ローラは赤くなって頭を振った。

「いけません! 花嫁候補とあろうお方がそのような事では困ります!」

 普段はほんわかしたフィーミアの気迫にローラはなすすべもなかった。

 

 みんな騙されてくれたかな?

 ソファの背もたれに寄りかかり、ようやくひとりになれたとため息を吐く。常に監視される生活は慣れてしまったけれど、疲れない訳じゃない。

 瞼が重くなりはじめ、船を漕ぐローラの耳元にどこからともなく囁くような歌声が響びいてきた。

 

 とりもどして とりもどして とりもどして 


 私に触れていいのは 彼方だけ

  

 愛しいひと


 彼方はどこにいるの


 会いにきて 会いにきて 会いにきて

  

 私が必要なら 私は待ている


 塔の中心 秘密の部屋で 


 甘えるような声が途切れ、ローラは目を開けた。暗くて広い部屋のなかに唯独りでいることが急に恐ろしくなる。 

 あの旋律が繰り返し谺し、呼んでいる。


(塔の中心 秘密の部屋で)


 彼女はそこにいる……彼のみを受容するために。


 何千の時を超えて。願いを叶えるために。


 はっと目を覚ましたローラは不鮮明になりつつ夢を思い出そうとしていた。私は何かを考えていたはず……そう……確か、


『秘密の部屋』


 一種の胸騒ぎをローラは覚えた。触れてはいけないものを垣間見てしまった気がする。

 ソファから起き上がり、値のつけられないほどの絨毯のうえを歩くと、フィーミアが片付けたわずかばかりの所持品のある机の前に立った。

 右の一番上の引出しからニールに渡された母の形見、掌におさまるキルト袋を取出した。何度か開けようと思ったが、つい忘れていたのだ。それがこの深夜に解かれようとしている。小袋の紐に手をかけほどいてしまうと桐の小箱が現われ、袋を左手の指にはさみ、開けにかかる。


 っ綺麗…………!


 蓋を開けた途端に眠っていた煌きが目覚めた。それはまるで影灯籠の影が輝きを放ち壁にその輝きを灯影したように、壁には無数の陰陽が揺らめく。

 球状の水晶がはまったプラチナリングがこの時を待っていたかのようにローラにその美しさを誇って魅せる。自然発光によって水晶のなかは艶やかな小さい無限の光が瞬いていた。


 ああ……この輝きだった。


 夢のなかで……最後に新星のように瞬いたのは

この光だった。

 胸が急に痛む。何故か溢れてきた切なさに押し潰され、ローラは頬を濡らした。


 指輪が呼んでる。彼を。

 彼の名前は……、そう彼の名前は。


 ゲッカ。月に華でゲッカと呼ばれていた。


 ローラは気を失った。


 朝になって部屋にやってきたフィーミアは、あやうく悲鳴を上げるところだった。ローラが絨毯の上に無造作に転がっていたのだ。下手に騒ぎを大きくしないようにと、とりあえずローラに近づく。

「ローラン様、ローラン様、いかがなされました」

 寝息を確認して胸をなでおろすと、ローラの頭を自分の膝に持ち上げ、もう一度呼んだ。

「ローラン様、ご気分がすぐれないのですか?それならばお医者様をお呼びしますが……」

 ローラは薄目を開けて、フィーミアの気遣うような顔を見た。

「……フィーミア?」

「はい!大丈夫ですか?」

 体を起こしてもしばらく物思いに沈んでいるローラをみて、フィーミアは何かあったのですか?と何度も心配そうに聞く。 

 ローラは目を見開き左手の指輪を見た。リングは朝日に照らされ水晶の透明な光を放っている。昨夜のような神々しい光は消え、無垢な水晶が太陽の光を浴びているだけだ。

 夢……?

 そんなわけないと思いながらフィーミアに支えられ立ちあがる。

「今日は、歴史に語学、乗馬にマナーとお忙しいですが、どうなされます?」

 大丈夫、何ともないと答えながらもまだ夢のことを考えていた。

 ゲッカと呼ばれた男性は、もしかしたらゲッカ男爵なの?


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