フランシスのお見舞い
狩り襲撃事件の翌日、襲撃者の遺体は身元不明だと不安そうなフィーミアから聞かされた。
足がつくような真似をする訳がないから、予想通りだけど。
「ローラン様から昨日伺った通り、フランシス様のお見舞いの品を用意しました」
「ありがとう、フィーミア。では約束通り行きましょうか」
フランシスの部屋はレベル2のエリアにあり、ガーネット王妃の部屋に近い場所にある。
王族はレベル2のエリアに居住を許されているが、レベル1といわれる城の内部に関しての情報は文献にもない。いわば機密事項。そうパパに教わった。
レベル3の居住地からレベル2へ行くには壁と一体化した扉の前に立ち、薔薇をかたどった大理石のボタンを押す。そうすると扉が現れ、中に入ることができる。まだ城に来て間もない頃、同じ壁にしか見えない扉を探すのに時間がかかったが今はすぐにボタンを見つけることができた。
レベル2の居住エリアに入ったローラはゆっくりと歩いた。
私は王妃と敵対するもの。彼にとっても目障りな存在のはず。
何かを仕掛けるために近づいた。そう考えるのが普通だけど。
あの時のフランシスは心から私を心配しているように見えた。それに大切な物を見るかのようなフランシス王子の優しい瞳……。
ローラはぶんぶんと頭を振った。
とにかく!真意を確かめるのよ。
フランシスの部屋の前にいる侍従にフィーミアが目配せした。ドアを侍従が開ける。
「いらっしゃい」
満面の笑みを浮かべたフランシス王子はアランとは違うタイプの美少年だ。 悪意のない笑顔が眩しく、尻尾振ってる子犬みたい。
いやいや、子犬って、失礼でしょ!
自分に突っ込みを入れつつ、笑顔で会釈する。
「中に入ってもよろしいですか?」
「もちろん。あと、侍女は下がらせていいよ」
少し驚いたが顔には出さず、ローラはフィーミアに目配せし、フィーミアがお辞儀をして下がる。
「ブルーローズティーは好き?」
「はい、大好きです」
「よかった。用意してあるから一緒に飲もう。チョコケーキもあるよ」
チョコレートに目がないローラはかなりテンションが上がったが、できるだけ普段の振る舞いをするよう心掛けた。
「マスカットがお好きだと伺いましたので、この時期最高の物を用意致しました。お口に合えばよいのですが。フィーミアに持たせています」
「ありがとう!大好物だよ」
フランシスの左腕を見たローラは「お怪我の方は大丈夫ですか?」と聞く。
「ああ。優秀な薬剤師が付いてくれているのでね。痛みもほとんどない」
フランシスが窓のそばに置かれた椅子を引いてくれたので、ローラはドレスの裾を持ち上げ腰かけた。
「ありがとうございます。フランシス様」
目の前のテーブルにはティーカップとチョコレートケーキが用意されている。
「フランシスでいいよ」
そう言いながら、フランシス自らティーカップにお茶を注ぐ。
「フランシス様?侍従はいないのですか?」
ローラは少し困惑した。
「フランシスでいいって。ローランとゆっくり過ごしたかったから人払いしたんだ。あ、僕もローラって呼んでいいかな」
有無を言わさぬキラキラ攻撃にローラは、思わずはいと頷いてしまう。
「あの、フランシス様この度は」
自分のティ―カップにもお茶を注ぎ終えたフランシスは寂しそうな表情を見せた。
「フランシスって呼んでくれないんだね」
グサッとローラの胸に罪悪感が突き刺さる。
「いえ、さすがに身分が違いすぎますし……」
しゅんとしたフランシスとこの空気感に耐えられなくなったローラは降参して言った。
「分かりました!
では、フランシス。この度は助けて下さり本当にありがとうございました。私の素直な気持ちです」
一瞬にしてキラキラ笑顔に戻ったフランシスは、嬉しそうにローラの向かい側に座った。
「多分、あの賊は兄上を狙った暗殺者だろうね」
ローラは飲んでいたお茶が気管に入り咽せた。ティーカップを置き、咳き込む。
「大丈夫?」
少し涙目のローラはようやく落ち着いて言う。
「はい。そのような言葉を聞くとは、正直思っていなかったもので」
「僕は王座に興味はない」
ローラの心臓が大きく波打ち、平静を保つことができない。ローラは、フランシスの青い瞳の中の真実を探った。
「どうしてですか?」
なんとか言葉を絞り出す。
「単純な話。僕より兄上のほうが国王の器だからね」
フランシスはお茶を一口飲んだ。
「国王になるための教育を生まれた時から受け、剣技も優秀。一目瞭然だろう」
ローラは動揺を隠せない。
「なんでそんなに驚くの?みんなが思っていることでしょ。僕の母は違うけど」
否定すべき内容。そうは分かっていてもローラは言葉が出てこなかった。
「ふふ、困らせちゃったね。でも、ローラには本当のことを知ってもらいたかった」
曇りのない強い眼差し。少なくとも嘘をついているいるようには見えなかった。
「何故……私のような者にそんな話を?」
「僕は君に惹かれてる」
ローラの手の上にフランシスは自分の手を重ねた。
ローラは思わず手を引く。
「ご冗談を」
ローラはフランシスから目を逸らす。
「初めから信用してくれとは言わない」
フランシスは今度はローラの手を取った。
「でも、覚えておいて。どんなことがあっても僕はローラの味方だ」
フランシスの気迫にローラは思わず息を飲む。
「チョコケーキ、好きでしょ?特別に作らせたから食べてみてよ♪」
手を離したフランシスは何事もなかったように可愛らしく笑った。ローラも拍子抜けしたが、フランシスを見つめた。
「貴方のことを信用することはできません」
少し寂しそうにフランシスは頷く。
「それが王宮で生き残るルールだと……ゲッカ男爵もおっしゃっていました」
フランシスの表情が硬くなった。
「ゲッカ男爵ね……。彼の言う事はあんまり信用しない方がいいと思うよ」
フランシスがやや苛立ったよう言う事をローラは意外に思う。
ゲッカ男爵はガーネット王妃の手足だとしたら、フランシスにとっても味方の筈だ。
「もちろんです。私は誰も信用するつもりはありません」
「兄上も?」
ローラは一瞬返事に迷ったが、ためらいながらもこくんと頷く。
「それは……予想外。兄上が悲しみそうだね」
ローラは目を伏せた。
「私もアラン様を信じたいです。でも、思った以上に王宮は得体が知れず恐ろしい場所で皆が誰も信用してはいけないと言います」
ローラの目が少し赤い事にフランシスは慌てた。
「余計な事を言ったね」
「フランシスの所為ではありませんよ。アラン様にすべてを委ねることができない事が辛いのです」
フランシスが立ち上がり、ローラのそばに跪く。
「君は何も悪くないよ。ゲッカが言っていることは正しい。
信頼して欲しい僕が言うのも矛盾するけど、僕を信用しちゃいけない」
中腰になったフランシスはローラが避ける隙を与えす、耳元に口を寄せ、誰にも聞こえないような小声で告げる。
『見られている』
意表を突かれ、不可解な表情のローラに向かってフランシスは言う。
「次回のお茶会はいつにしようか♪」
外で待機していたフィーミアに
「ローラン様、お茶会はいかがでしたか?」
と聞かれたが、疲労感に襲われたローラは曖昧に微笑む。
『見られている』確かにフランシスはそう言った。
誰かが覗いていた?
そんな訳ない。
つまり、フランシスも真実を知っているって事よね?
彼は一体何者?
なぜ、ガーネット様と行動を共にしているの?
調べないとね。




