アリアの正体
「お邪魔します!アリアって一人暮らしだったんだね」
調査済みでしょと思いつつ、きょろきょろと部屋を見渡す楼蘭に声をかける。
「知ってると思うけど両親は私が6歳の時に事故死。年の離れた兄が面倒を見てくれてたけど、その兄も3年前に事故死したわ」
楼蘭が写真立てに映る兄を見ている。
「実験中の事故で亡くなった時、兄は生命科学専攻で大学院生だった」
黒縁眼鏡をかけ優しく微笑んでいる兄は文武両道でサッカーも得意、自慢の兄だった。
入学したばかりの中学校に電話がかかってきて警察署に行った時の事はよく覚えていない。爆発で遺体の損傷が酷く、遺体が確認出来ないとかそんな内容だった。
「あれは事故なんかじゃない。兄は殺されたの」
写真立ての兄から目を離した楼蘭が頷く。
「あなたのお兄さんは正義感が強かった。だから黙ってはいられなかった。ブラッディーローズの治験薬を使った違法な人体実験について」
楼蘭の言葉を噛み締めた私は、怒りが沸々と込み上げて来る。いつも私の事を心配してくれた優しい兄の笑顔が思い浮かぶ。それなのに。
「当時の大学教授リーマス・スタイナーの元で製薬会社との共同研究の手伝いをしていた兄は、研究に対して違和感を抱いていた。そしてある日、私にパスワードのロックがかかったファイルを開けるよう頼んできた」
「でもあなたは拒んだのね。あなたは生きている」
返事をする代わりに唇を噛んだ。あのファイルに関わらなかったおかげで私は生きているけど、その選択をずっと後悔してる。
「私は兄が危険な事に巻き込まれるのが嫌だったし、兄の方が大事だった。人体実験で死んだ人間の事なんてどうでも良かった。でも兄は違った。治験で知り合った女性と恋に落ちてしまった」
兄を奪われたようで、あの女性も嫌いだった。むしろ居なくなってホッとした自分がいた。そんな自分も嫌いだったけど、認めたくなくて意地になっていた。
「私に頼れないと分かると、兄は違法なツテを使ってハッカーを雇い、パンドラの箱を開けてしまった。その機密情報は兄の手に負えるものじゃなかった」
いつも自分より人の為。私の為に色々と我慢して、損ばかりしているように見えた。
「私はずっと、兄は馬鹿だと思ってた。でも、人の為に生きた兄は素敵だと思った。私よりずっと……」
溢れる涙を堪える事は出来なかった。
「それでお兄さんの遺志を継いだの?」
涙を拭う。
「兄が出来なかった事をやる。ネオ・フロンティア製薬を、製薬会社を支援している政府を潰したい」
楼蘭は兄の写真立ての隣にある両親の写真に目を向ける。
「ご両親はブラッディーローズの研究者よね。特許もずいぶん取得している」
「本当に良く調べたわね。そう、そのおかげで私達は金銭的に問題なく生活できた。兄が亡くなってからは未成年後見人が管理してるけど」
「未成年後見人は誰?」
「ブレイド・グレイ。ギフテッドを支援する団体の理事長を務めてる人よ」
「世間ではお兄さんがギフテッドと言われていたけれど、本当はアリア、あなたね」
私は諦めたように頷く。
「兄は優秀だった。でもそれ以上に私は異常だった。何故なら、私は両親の研究成果だから」
私は不妊治療の末に産まれた。どうしても子供が欲しかった両親が犯した罪によって。
「あなたも私もこの歪んだ世界の犠牲者なんだから、こんな世界、壊してやるの」
楼蘭のひんやりとした手が肩に置かれ、私は頷く。
「楼蘭、あなたの支援者は誰?」
「ブレイド・グレイ。あなたの支援者と同じ。そう、これは偶然じゃない。彼によって仕組まれた必然なの。何十年と準備してきた結果なの」
思わず息を飲む。
「じゃあ、やっぱりあなた達は千年は生きると言われているヴァンパイアなの?」
「あなた達が勝手にヴァンパイアと呼んでいるだけだけど、そう、それに近いのかな」
「楼蘭、いまいくつなの?」
「まだ75歳」
「あー言われたら、納得かな?」
あまり驚かない私に楼蘭は爆笑している。
「さすが、アリア」
「前から思ってたんだけど、配信されてる番組はやっぱリアルタイムじゃないって事よね」
「そうだね。ご存知の通り不都合がないよう監査局が編集してから流してるから」
「数ヶ月前から番組のセキュリティが急に厳しくなってアクセス出来なくなったのは、楼蘭のせいね」
「派手に暴れて脱獄してきたからね」
「良かったら、その話から聞かせてもらえない?」
「実は動画データも奪ってきたから、見る?」
今度こそ私は大声できいた。
「いいの!?」
「いいよ。脱獄までの事も知ってもらいたいし」
そう言うと楼蘭は身につけていたロケットペンダントの中からデータチップを取り出し、渡してくれた。