狩りと襲撃
どうしてこんなことになったの?
馬に揺られながらローラは頭を抱えたい気分だが、相乗りをしているローラの両手は生憎塞がっていた。 チラリと横を見ると、厳しい視線を向けているアランが目に入り、思わず前を向く。
まずい。ますますアランの機嫌が悪くなる。
「ローラン様、狩りは初めてですか?」
前を見ながら爽やかに問いかける金髪の美少年にローラは少々、困惑気味だ。
「ええ。あの、フランシス王子。私は一人で騎乗できますので、他の方を乗せてさしあげたら如何ですか。あなたと乗りたい方はいくらでもいるでしょう?」
従者に横乗りしている他の花嫁候補の羨望の眼差しは居心地が悪い。
なんであんな子が?という声が聞こえてきた。
「ローラン様に乗って欲しかったので」
嬉しそうに話すフランシスとは対照に、一番欲しくない答えをアランや他の候補に聞かれ、ローラは馬に捕まる手を離し本当に頭を抱えたくなった。
「ご冗談を」
軽く受け流そうとしたローラに、本気ですよと追い打ちをかけるフランシス。
「兄上は美しいジュリア様とご一緒でお似合いですし、不本意かもしれませんが僕とご一緒願えませんか」
ジュリア様とお似合い。美男美女で絵になるだけにその一言はローラの気持ちを重くする。
ローラが色々と考えあぐねていると、急に馬が駆歩になったので、きゃっと短い悲鳴を上げる。
「な、何を」
動揺を隠せないローラにフランシスは楽しそうだ。
「一足先に行きましょう」
揺れる馬の背でローラは大人しくするしかない。
「あ~楽しかった♪」
川の水を馬に飲ませながらフランシスは無邪気に笑った。
「もう!あんな真似はしないで下さいね!」
眉をしかめたローラは盛大な溜息を吐く。
「森も抜けたし、ここで兄上たちを待つとしよう」
柔らかな陽ざしと小川のせせらぎにローラはのどかな気持ちになる。草原の草が風でそよいだ。青空を眺めながら、ローラは胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込む。
サリオットを出て、ほんの少ししか経っていないのになんだか遠い。
森に出かけて、野苺を摘んで、お家でコトコト鍋で煮込んだあま~いジャム。
また食べたいなぁ。
「ローラン!」
フランシスの怒鳴り声に近い叫び声で我に返ったローラは、次の瞬間、強かに背中を地面に打った。フランシスが飛びかかり、ローラを押し倒したのだ。
「痛い!」
「しっ」
荒い息遣いで絞り出すようにフランシスは言う。
「何者かが弓矢で狙っています」
ローラは息が止まりそうになった。血の気が引いていくのが分かったがすくみそうになる体に喝を入れ、パニックになりそうな自分を必死に抑える。
「大丈夫か?」
気丈に返事をしたが声は震えていた。
フランシスの光沢のあるシルクの白い服が引き裂かれ、露出したむき出しの肌からは鮮血が滴っている。
「かすり傷です。動けますか?」
煩い胸の鼓動を聞きながら、ローラはなんとか頷いた。
「ほふく前進であの草むらに入ります」
フランシスはローラを庇いながら、ローラを草むらへ連れていく。数名の足音が聞こえ、ローラの心臓が激しく波打つ。
三人の賊の姿を見たローラは、無意識に身体が震えた。もう少し近づかれたら……。
「うわぁぁ!」
賊の一人が叫び声を上げ、ローラのすぐ側に倒れた。フランシスの手袋をはめた手がローラの目を隠す。
「私の護衛騎士が戦っています。ローランはここで待っていてください」
フランシスは立ち上がり、行ってしまう。
咽せるような血の匂いにローラは頭痛がしてきた。
すぐ近くで怒鳴り声や剣を振り下ろす音がする。人が物のように倒れるたびにローラは体を震わせていたが、やがて辺りが静かになる。
「ローラン、もう大丈夫だよ」
フランシスの手を借りてローラは起き上がるが、顔は青ざめ身体の震えは収まらない。
そんなローラの頭をフランシスは大事な物を扱うように優しく撫でた。
「ローラ!怪我はないか!」
追いついたアランが馬から飛び降り真っ直ぐにローラに向かう。フランシスが一歩下がり、アランは躊躇いもなくローラを抱きしめる。
「あ、アラン様……」
護衛騎士から手当てを受けていたフランシスを見てアランは言う。
「ローラを助けてくれたようだな。礼を言う。だが、単独行動をした上にローラを危険に晒した事も事実だ」
腕に包帯を巻かれたフランシスは神妙な面持ちで頷く。
「申し訳ありません」
「フランシス様が私の為に怪我をされた事も事実です。日を改めてお礼させてください」
「もちろん。喜んで」
ローラの言葉に フランシスは子犬のような可愛らしい笑みを浮かべた。
気に食わないような顔のアランに手を引かれローラは馬に乗せられる。
ジュリアや他の花嫁候補の姿が見えないので既に避難しているのだと思った。
「もうあいつと乗るの禁止」
ブツブツと文句を言うアランにローラは小さく吹き出し、恐怖が少しだけ薄れていくのを感じた。
アランに身を任せるように寄りかかったローラは焼きもちを焼かれるのも悪くはないと思った。




