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ガーネットの憂鬱

 お茶会から抜け出したガーネット王妃はついて来た侍女に下がるよう手で合図をし、薔薇庭園へ向かう。 

 一人になりたい。

 大きな溜息をつくと、薔薇のアーチをくぐりガーネットは庭園へ入った。白い薔薇の甘ったるい香りがする。

 いつ来ても忌々しい場所。全てにうんざりする。

 そう思いながらも庭園の奥にあるベンチに腰掛けた。

 ここは王妃専用の庭園で誰も来ない。


 やっと、やっと会えたのに。とんだ再会になったわね。ローラン。

 こういうのって悪役王妃とでも言うのかしら?お決まりの。

 ガーネットは自嘲気味に嗤う。

 あなたが王宮に来ると聞いて、いけないと思いながらも、嬉しかった。あなたが王宮に来たあの日から。


 ガーネットの脳裏にローラが王宮へ来た日の出来事が蘇る。


 「昨夜はよく眠れなかったわ。ようやく、ローランに会えるかと思うと」

 言ってしまいガーネットは胸が熱くなる。

「ローランの顔を見て泣き出さないでね?全てが台無しになるから」

 ふんわりと巻かれた金髪を落ち着かない様子でかき上げたフランシス第二王子は、美しく青い双眸でソファに座っているガーネットを見つめて言った。

「分かってる。今から私は悪い王妃を演じないといけないんだから。 その為に髪も派手に巻いたし、赤のルージュも気が強そうでしょ?」

 ガーネットは目が覚めるような艶やかな赤毛を手で持ち、淡いエメラルドグリーンのぱっちりした目を少し吊り上げて見せた。

「見た目はそれらしいとしても、ガーネット様……いや、母上にそんな事が出来るの?」

「ローランをヨハネ法王から守るためですもの。どんな悪女だって演じてみせるわ」

「泣き虫の母上が頼もしいね」

「もう!」

 思わずお互いに吹き出してしまう。フランシスが緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれないとガーネットは思った。

「ゲッカ男爵が国使として迎えに行ってるんだよね?アイツ信用できるの?なんであんな奴を側に置くわけ?やっぱり顔?」

 フランシスの怪訝そうな様子にガーネットは少し困ったが、顔には出さない。

 「確かに超絶イケメンだから、悪役王妃の愛人としてはぴったりの相手よね」

 フランシスはムッとして片眉を少し上げた。

「ふざけないで。何か隠してるでしょ」

 長い付き合いだから、誤魔化されないか。

「あの人は私……私達にとって始まりの人」

 ゲッカ様はローズ王国物語を作り出したようなものなんだけど、フランシスにはまだ話せてない。ゲッカ様が急に登場してきて、困惑気味だし。

「え?」

 不可解な顔をしたフランシスが何か言いかけたその時、部屋のドアをノックする音がした。

 フランシスとガーネットはお互いに目配せし、入るように声をかける。

 侍女がゲッカ男爵の王宮入りを告げると、苦しいくらいに胸が高鳴った。

「会いたい気持ちは分かりますけど……。アラン王子の花嫁候補に関する噂を流したせいでローラン様は母上に会いたくないのでは?」

 うっ……。痛いところを突いてくる。

「そうね。悪い印象を与えないといけないし」

 ガーネットは思わず溜息が出る。

「アラン王子の花嫁候補はすべて継母である母上が選びましたよね。だから、アラン王子がローラン様を花嫁候補に選んだのは、母上への当てつけのためだと噂を流した。そのお陰で、時計職人の娘など皇子妃になれるわけがないと王宮では噂されてますし」

「仕方ないじゃない。ローランには王宮を去ってもらわないと困るの!」

「それはニール様の意向とは異なりますよね」

 やれやれと頭を振る美少年に、ガーネットは頬を膨らませる。

 悪役なんて誰がやりたいのよ!こんなやり方しか思い浮かばないもの。仕方ないじゃない。

「私は始めから反対だった。アランにローランを近づけるやり方も、花嫁候補にする事も」

「小さな反抗だね」

 ボソっと口にしたフランシスを睨む。

「あなたも協力してよ?」

「もちろん。仰せのままに」

 ソファから立ち上がり、王族の敬礼をして見せたフランシスはどこから見ても完璧だ。

「ただ守りたいの。お姉様の宝物を」

「みんなそう思っています。スカーレット様は僕の命の恩人ですし」

 ローランの母親、スカーレットの事を思うと、ガーネットは胸が締めつけられた。

 一緒に野苺摘みをした事。寂しい時に同じベッドで眠った事。

 そして、あの隕石が落ちてきた夜に秘密を共有した事。

 あの出来事さえなければ、こんな歴史を歩まずに済んだのに。

 無意識に唇を噛み締めていたガーネットをフランシスが心配そうに見た。

「大丈夫よ。何があってもローランだけは守るから」

フランシスは伏し目がちに頷く。

「欲を言えば、僕はガーネット様にも幸せになって欲しいです。初めて会ったあの日から、ずっと……」

「フランシスと初めて出会ったのは、私の失恋旅行の時だったわね。あの頃はまだ小さくて可愛かったわ」

「今だって充分可愛いでしょ?」

 蕩けるような笑みを浮かべたフランシスは尻尾を振っている犬みたいだ。

「その武器がローランにも通じたらいいけど。相手はあのアランだから」

 痛いところを突かれたフランシスは即答しなかった。

「……頑張るよ」

「アラン王子に早く死んでもらえるよう私も努力するわ」

 フランシスが力強い眼差しを向けた。

「まずはそこを何とかしてもらわないと。ゲッカ男爵は何をしてるの?そのためにただの薬剤師に爵位を与えたんでしょ」

「そうなんだけど。あの方ならきっとやってくれるわ」

「何でそこまで信頼できる?アイツは悪人だよ。邪悪な臭いがする」

「ひどく嫌われたものね。悪役王妃にはぴったりのお相手じゃない」

「僕は認めないよ」

 ガーネットは思わず溜息が出た。

「好きになさい」

 ここまで嫌ってるなんて。今はゲッカ様の話をしない方が良さそう。

「柱の影からローランを見守ろうかしら。ちょと行ってくるわ」

 フランシスはお手上げのジェスチャーをしていたけど、ガーネットは構わず出て行った。


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