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王妃のお茶会

「ローラン様、今日も歴史にダンスレッスンにテーブルマナー、乗馬と予定があります。それと、午後から花嫁候補の方々が一堂に集まる初めてのお茶会がございます」

 他の花嫁候補よりも特訓が必要なローラの予定は常に埋まっていて、ローラ自身余計なことを考える暇もないことに少しホッとしていた。

「お茶会にはガーネット王妃様もいらっしゃいます」

 ローラの心臓がドクンと波打つ。

「王妃様ってどんな方なの?」

 フィーミアが少し瞳を曇らせたのをローラは見逃さなかった。

「大変お美しいお方です。赤みがかったブラウンの艶ややかな巻き毛に、淡いエメラルドグリーンのくっきりとした瞳、いつもつけておられる真赤なルージュが意思の強さを感じさせます。気高くて気品のある佇まいは、どんな時でも完璧で、女の私でも見惚れてしまうほどです」

「とても綺麗な方なのね。王様はさぞお喜びでしょう」

「はい。国王様も王妃様のことをそれはそれは大切になさっております」

「例えばどんな風に?」

「それは……もう、様々ですが、素敵なドレスや宝石のプレゼントは日常的です」

「王妃様の望むものは、すべてお与えになっている。そういうことね?」

「そうですね」

「例えば、例えばの話だけど、王妃様が嫌いな大臣を首にすることもできる?」

 フィーミアは息を飲んでローラを見た。ローラも真っ直ぐにフィーミアを見つめる。フィーミアは躊躇いながらも頷く。

「そのような事もあったかもしれません」

「王宮での私に関する噂はもう知っていますね。王妃様への当てつけにアラン王子が私を花嫁候補にしたと」

「アラン様がそんな理由でローラン様を選ぶわけがありません!ローラン様はとても賢くて素敵な方です!私は他のどの候補の方より、ローラン様が好きです!」

 興奮してしまった自分を恥じらうようにフィーミアは顔を赤らめた。

「私、私も田舎の地主の娘で、王宮に入ったころは田舎者なんていじめられたものでした。アラン王子はそんな私に対しても礼儀正しく、親切で、時にはかばって下さることさえありました。そんなアラン王子が選んだ方にお仕えできることを私は誇りに思います」

「フィーミア、ありがとう」

 笑顔になったフィーミアの笑窪が可愛い。

「噂が真実かどうかは別にして、そんな噂が流れるほどガーネット王妃とアラン王子には溝があると言える。ガーネット王妃は私が候補になった事を良く思っていないはず」

 フィーミアは俯いてしまった。

「それなのに、どうして私が候補になることを許したのかしら。大臣を罷免するだけの権限を持っているのなら、私を候補からはずすことも出来たのに」

「王妃様はつい最近まで反対していらっしゃいました。その意見を変えられたのは王妃様と懇意にしている薬剤師だという噂がございます」

 ローラは青ざめる。

「薬剤師……。ゲッカ男爵ね……」

「はい。薬剤師として王宮に出入りしていましたが、つい最近、王妃様より爵位を与えられ男爵となられたのです」

 これではっきりした。ゲッカ男爵が私を王宮へ呼んだのね。


 

 雲一つない青空のもとお茶会が始まった。レースのクロスをかけた長テーブルには、生クリームたっぷりのケーキやエクレア、焼きたてのクッキーやマカロンなどのお菓子が隙間なく置かれており、バターの香ばしい香りや、チョコレートの甘い匂いが漂う。

 周りの咲き誇っている薔薇にも負けないほどドレスアップした花嫁候補たちがバラ園の中に設置された会場に集う。

「薔薇を見ているだけで一日が終わりそうね」

 淡い水色のドレスに身を包んだローラは、赤く縁どられフリルのようになったピンクの薔薇を見つめながらフィーミアに言う。

「本当ですね。ここには何千種類という薔薇があり、珍しい品種も数多くあるようですよ」

「こんにちは。ローラン様」

 声をかけられたローラが振り向くとそこには、最有力候補と言われているジュリア・ミリアス・ロスリークがいた。

「こんにちは」

 ローラも慌てて習ったばかりのぎこちないお辞儀を返す。

「素敵な水色のドレスね。どちらで購入されたのですか」

 ローラのドレスは胸に白いシフォンのリボンが付いていて、真珠とクリスタルで形づくられた百合の花がスカートに刺繍されており、日の光を浴びて眩しいくらいに輝いていた。その高価なドレスは花嫁候補たちの間でも一、二を争う品物でジュリアのドレスとも引けをとらない。

「……頂き物なんです」

 お茶会があると知ったアランからローラへのプレゼントだった。

「もしかしてアラン様からの?」

「えぇ…」

 控えめに答えたつもりのローラだったが、周りの候補生達が顔を見合わせる。ジュリアの顔も強張り、すぐに行ってしまった。

「そろそろ席に着いた方が良さそうですね」

フィーミアに促され、ローラも長テーブルに向かう。それぞれネームカードが置いてあり、ローラは一番前の正面から左手側の席だ。華奢な白い椅子に腰掛けると、花嫁候補たちが一斉にローラを見た。

「あれがアラン様に選ばれた候補」

「大したことないわね」

「やっぱり噂は本当かしら」

 花嫁候補の囁き声は瞬く間に広がるが、想定通りの反応にローラは肩をすくめて見せた。


「花嫁候補の皆さま。私は花嫁候補選定委員会の責任者でゲッカ男爵と申します」

 月光のような美しい銀髪に、ゴールドの瞳を持つゲッカが前に立つと、花嫁候補たちは騒つき、一瞬で魅入られたようだ。

 確かに美しい男だと思う。

 見た目は若いが成熟した雰囲気のせいか年齢も分かりづらい。シミ一つない白い肌や通った鼻筋に二重のくっきりした目などは非の打ちどころがなく、逆にそれがローラを戦慄させる。

 人ではない、別の何か。

 夜になると血を求めて彷徨う吸血鬼みたい。

 自分の妄想に怯えたローラは、思わず両腕を抱えた。

「今日のお茶会にはガーネット王妃様も見えています。さっそくお呼びしましょう」

 ゲッカが待機していた音楽隊に合図すると、軽快なリズムが流れ、王妃が薔薇のアーチから登場した。

 背はすらりと高く、白い肌に胸の開いた深紅のドレスが艶めかしい。花嫁候補たちからも感嘆のため息が漏れる。 

 ガーネット王妃が花嫁候補の前に立ったとき、一瞬だけローラと目が合った。ローラの心臓が波打つ。

「今日集まってもらったのは、花嫁候補の皆さんに親睦を深めてもらうのと同時に、王子の花嫁としての素質を確かめるためです。もちろん、ここにいる候補生は、家柄、容姿ともに合格点であると自負しています。たった一人の候補を除いては」

 ガーネットの射抜くような視線を向けられたローラを、候補生たちも一斉に見つめる。

「最終的に選ばれる候補はひとりだけです。皆さんにはこれから激しい競争が待っていますが、誠意を尽くし頑張って欲しいと思います」

 拍手がわき上がり、ガーネット王妃の合図でお茶会が始まった。

 ローラは目の前にあったクッキーを掴むと、さっそく頬張る。口いっぱいにバターの香りが広がり、サックリとした食感がたまらない。今までこんなに美味しいクッキーを食べたことのないローラは、チョコレートのかかったクッキーも何枚かお皿に乗せた。

 美味しすぎる! 


 「ご機嫌いかがですか、ローラン様」

 呼ばれたローラが振り返るとそこには、左右対称に口角を釣り上げたゲッカ男爵がいた。周りの視線が嫌というほど二人に集中するが、そんなことを感じる余裕はローラにはなく、ワンテンポ遅れてやっと返事を返す。

「私は元気です。ありがとうございます」

 鼓動が速くなるローラの耳元でゲッカが囁く。

「少し歩きませんか」

 ゲッカは周囲の好奇の目を振り切るように歩き始め、ローラも無言で後を追う。迷路のような薔薇園をゲッカは悠々と進んでいく。

「なぜ私を花嫁候補にしたのですか?」

 ゲッカは突然の質問に少し面食らった。

「私はあなたが候補に相応しいと思ったので、ガーネット王妃に助言したまでです」

「それこそなぜ?王宮には私以上に相応しい方が大勢いらっしゃいますよね。それにガーネット王妃は私が候補である事を認めていませんし」

「やがてガーネット様も考え直すでしょう。真実の愛!そんな物語が好きですね」

「ご冗談を。十代の少女でもあるまいし。別の理由があるのでは?」

 ローラは足を止め、訝しげにゲッカを見る。

「そういうあなたこそ十代の少女ですよね。私が答えるとでも?」

 ゲッカの吸い込まれそうな金色の瞳がローラに問いかける。ローラは笑顔を見せた。

「冗談ですよ。男爵様には感謝しています。こうして王宮に来ることが出来たのですから」

 ゲッカも笑顔を見せる。

「期待していますよ」

 そう言って去って行く胡散臭いゲッカの背中をローラは睨んだ。


 お茶会に戻ったローラの目の前に花嫁候補のセルフィーヌ・ファオットが立ち塞がる。薔薇を象った真赤なドレスを着たセルフィーヌは、白い肌にそばかすがあり、茶色の巻き毛を手で弄んでいる。

「そのドレス、王子様からもらったんですって?嘘を吐くのも大概にしなさいよ」

 ピンクのドレスを着た巻き毛のエリーズが扇子で口元を隠しながら言う。

「身なりをちょっと小綺麗にしたくらいで、調子に乗らないでよね」

「もともと平民のくせに、図に乗りすぎ」

 イエローのドレスを着た子犬のようなマーガレットがせせら笑った。

「いい加減、場違いなことに気づいたら?あなたはガーネット王妃への当てつけに選ばれただけの可哀想な候補なの」

 意地悪な笑みを浮かべたセルフィーヌにローラは笑みを浮かべた。

「そんな可哀想な候補に構うほど、お暇ではないでしょう。放っておいて下さいませ」

 セルフィーヌから笑みが消え、眉が吊り上がる。

「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」

 キっとローラを睨むと手を振り上げる。

「おやめなさい!」

その声にびくりとしたセルフィーヌが手を止め、ローラも声の主を振り返る。

「見苦しいですよ、セルフィーヌ。そもそも叩くに値しない平民ではありませんか」

「その通りですね。ガーネット様」

 セルフィーヌは手を引っ込めニヤリとする。

「候補としての資格すら持たない平民に無駄な時間を割くのはお止めなさい」

「お言葉ですが、ローラン様はアラン様が選んだ唯一の候補です。資格がないとは思いません」

「ジュリア。貴女には期待しているのですよ?馬鹿な事を言わないで」

 呆れたようにガーネットはジュリアに冷たい視線を向ける。ジュリアも流石に黙り込んだ。

「ローラン、あなたジュリアを前にしても自分が候補になれると思っているのですか?」

 ローラの顔がみるみる赤くなる。

「美しさ、立ち振る舞い、家柄。何を取ってもあなたが勝てるものはありません」

 ジュリアの毅然とした立ち姿に、花嫁候補に相応しいのは彼女ではないかとローラが思ったことも事実だ。

「確かにジュリア様は美しく、ここにいる誰よりも候補に相応しい力量をお持ちのお方です」

ガーネットは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

「ですが、王子様に望まれたのは私です。それは譲れません」

「ガーネット様に対して何て生意気な!」

「なんて傲慢なの!」

 セルフィーヌや他の候補が熱り立つ。

 ガーネットは口元を歪めた。

「選ばれただけで、あなたに何か一つでも優れている物があって?」

「それは後々、分かる事でしょう」

「本当に厚かましいわね。私は絶対に認めませんよ。それはここにいる候補者達も同じ気持ちです。お忘れにならないように。

 不愉快ですので、私はこれで失礼しますわ。後は皆さまで楽しんでくださいませ」

 ガーネットが行ってしまうと、呆れたように他の候補たちも散っていき、お茶会は自然とお開きになった。

 ローラは誰も居なくなったテーブルに座り紅茶を一口飲む。

 ガーネット様。やっぱり綺麗な方。

「あの、ローラ様……お気になさらず」

 フィーミアの声に我に返ったローラは微笑んで見せた。

「とんだ茶番劇だったわね。スイーツが余っててもったいないから、フィーミアも食べたら?」

フィーミアは思わず吹き出してしまった。

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