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大蛇

作者: パンチ太郎

 もう何時間居残りさせられているだろう。もう外は暗くなった。しかし、教師下田は、田中にリコーダーを吹かせ続けた。

「もう一回やり直し。この曲今日までに終わらせてって言ったのに、何もしなかったあんたが悪いんやで」先の上野とかいうやつは、下田に叱責され、泣きながらやり遂げたが、田中は一向に吹かず、上野が吹き終わってからやっと吹き始め、下校の最終時間まで時間を稼いでいたが、下田は一向に帰らせる気配はなく、最終時間を大幅に上回っても、やらせ続けた。まあ田中が授業中にまったくやらなかったのが悪いのだが、にしても、どこの教室も使えないからと言って、寒い、ほぼ外と温度が変わらない、廊下でやらせる必要があったのか分からないが、とにかく、田中は手をかじかみながら、リコーダーをけだるそうに吹いた。空気が漏れる音が曲の所々にあるので、やり直しをさせられる。どうやら、音だけあっていても意味はないらしい。

 こんな日には死んだおばあちゃんがよく言っていたことを思い出す。

「夜に笛吹いたら、大蛇が出てきて丸呑みされるでえ」それを聞いた小さいころの田中は、それが怖くなり、以降夜に、ピアニカの練習もリコーダーの練習もしなくなった。だが、今やっていることは大蛇を呼び覚ます行為なのではないか?そう思い笛を吹くと、そこでようやく下田は

「もうええ。今日はこのへんで。明日もまたやるからな。」そう言って、田中を正門まで送り届けた。

 次の日の音楽の授業で、下田は無断欠勤しているとのことだったので、臨時の先生が、面倒を見ることになった。田中はリコーダーなんて見るのも嫌だったが、臨時の先生に促され、仕方なく吹くことになった。臨時の先生は文化発表会の担当の先生でもあったので、放課後に体育館に残って練習するように、学級委員に指示をした。田中はすぐ家に帰ろうとしたが、途中で捕まってしまい、再び居残りさせられる羽目になった。最終下校時刻が来たので一斉に帰されたが、田中だけは、学級委員長につきっきりで、夜まで練習させられる羽目になった。場所は寒空の公園で音が外れるたびに、最初からやり直しをさせられた。

 田中がリコーダーを吹いていると、その音が反響するように、リコーダーの音が聞えた。だが、周りには人っ子一人いなかったが、学級委員長は全く気にしていない様子である。そして、

「また、音外れた。やりなおし。シシドレレドシラ」そして、また弾き始めた。さっきより、反響する音が、大きくなった。これにはさすがに学級委員長も気づいたが

「他の子も練習してるんだから、田中君も負けないようにやってよ」と的外れなことを言った。仮にこの女に「こんなことやって意味あんのかよ」といっても、「受験の役に立つ」としか言い返してこないので、何も言わないことにしている。話をするだけで疲れるので、無視するか、逃げるか、そうしていたが、今そのツケを払わされている感じである。

 あたりも暗くなり、そろそろ帰るよう促すと、学級委員長、吉田は

「まだ、できてないんやから。もう一回」と言って、やり直しを命じた。そのあと何回かやり、

「じゃあまた明日。本番はちゃんと来てね。」と言って、やっと帰してもらった。暗くなってから30分は笛を吹かされた。明日もやらされるのかと憂鬱になりながら家に帰った。

 次の日の朝。学級委員長に引き続き、吉田も無断欠席した。なんと、家にも帰ってきていないという。吉田の母親は心配して警察に届けた。下田も無断欠席で、同僚の岩崎が、家を訪ねてもいなくなった。二人目の失踪により、学校は不安に襲われた。何か事件に巻き込まれたんじゃないのか?

 地方紙によって2人の失踪を知った田中の母は、田中にこう尋ねた。

「あんた、笛吹いたんか?」

「うん」

「何で吹いたんや」

「俺かて吹きたないけど、本人がそれを望んでるんやからな。」

「信じてくれへんからって、そないなこと言うたらあかんやろ」

「俺は、馬鹿にされるのは嫌なんじゃ」

「あんたがそんなこと思うせいで、二人の人間がなくなったんや。」田中の母親は田中に事の重大さを分からせようとしたが、小学生にとっては自分がどう思うかの方が重要なのだ。田中は黙っていた。

「ええか、もう一回いうからよう聞きなさい。あんたのおばあちゃんな、蛇使いやねん。どういうことか言うたら、笛を吹いたら、その笛使いの意思にかかわらず、目の前におる人間を蛇は丸呑みしてまうねん。ちょっと吹いたからて、何もならんけど、何べんも吹いてたら、蛇さんは、ご主人様が呼んではるおもて、寄ってくんねん。あんたはその血をしっかりひいてる。夜だけやのうて、あんたの場合は日中もほんまはあぶないんやで。」田中はボーと聞いていた。田中はその話を何度も聞いていた。また、学校の先生に一生懸命に説明する母もこの目で見ていた。だが、まともに相手をしてもらったことは一度もない。

「息子さん。ピアニカひきはらへんのやけど、健康上の問題はないようでっせ。宗教上の問題でっか?」

「実は、息子は蛇使いの血をその...」

「なんですねん蛇使いて。まあ、家で、親御さんからも話したって下さい。」そういうだけ言って終わりである。そして本人はと言うと

「なんやねんそら、嘘に決まってるやろ。お前が蛇使いとか。それやったら、今すぐ蛇呼んでみい。」

先生や同級生がはやし立ててくるが、そうだと言って、「じゃあ呼びます」という訳にはいかないのである。田中は音楽の時間の日は休むようにしていた。そうしていると、放課後に先生に呼び出されるようになるが、無視して、逃げるように帰るようにしていた。そうしているうちに教師や周りの生徒の怒りを買ってしまい、リコーダーの練習をするようにきつく言われているのであった。

「お父さんのころはそんなんなかったからなあ」父親は父親で祖母に「笛を吹くな」ときつく言われていた。父親は特に歯向かう理由もなかったので素直に従った。「そんなんなかった」と言っていたが、息子と違い、やらない。と強くいったことで、周りも先生も諦めてくれたのだが、息子になると少し状況は違うようである。

「息子さんだけを特別扱いするわけにはいきません。みんなやってることはやらんとあかんのです。」と言って、かたずけられるのであった。周りの母親も、直接口に出さないものの、圧力をかけている。

「まあでも、人様をむやみに死なせるわけにはいかんからなあ」

「リコーダーなんて、なくても困らんのになあ。」

「そんなもん世の中にあるもんほとんどそうや」

「昔の大陸の人が、蛇使いを雇用した。理由はその大陸の南北戦争で、北側の人間が、南側の人間の幹部を抹殺するためやな。そんで、蛇使いの中でも位が高かったのは、うちのおばあちゃんや。おばあちゃんは蛇を使って、次々と幹部を蛇に丸呑みさせた。それを危機的に感じた南側の人間は、北側に全面降伏を申し出て、多額の違約金と労働力の提供で和解した。これで幹部を抹殺する必要がなくなった北側の大統領は、俺のおばあちゃんたちを島流しにしたんや。島やと言うても、食糧が枯渇してるようなところではなく、むしろ豊富で、経済もうなぎ上りの国やった。おばあちゃんは早速市街地に住もうとしたけど、その国は同町圧力が強くて、外の人間をあまり歓迎せえへん、鎖国文化の国やったんやな。おばあちゃんは一応そこの島の言語は喋れるけど、外の人間や言う理由で、アパートも借りられへんかったんや。そこで、郊外に住むことにしたら、おじいちゃんと知り合って、結婚して、俺が生まれたんや。」父はそう説明すると、田中は自分だったらどうするか、おそらく死にたくなるだろうと思った。今でさえ、リコーダーをひかないというだけで、非難されているのだから、おばあちゃんもきっとつらかっただろう。

「明日の文化発表会、絶対行ったらあかんで。学校にはお母さんが電話しとくから。」母は適当な文句が思いつかないときは、法事なので、と言ってごまかしていた。するといつものごとく

「それは何時からですか?」

「何で今何ですか?」としつこく聞いてきたが、ガチャ切りした。

 次に学校にやってきたとき、文化発表会に来なかったことを非難された。

「吉田さんの分までみんなでがんばろ言うてたのに。」勝手に頑張ってろよ。と田中は思ったがそれはおくびにも出さず

「法事だったから」と言ったが、

「親戚何人死んでんねん」と突っ込まれた。

「そもそも、そんな蛇おったらニュースになるやろ」と何も蛇のことを言ってないのに言及してくる奴までいた。そして、ある一人の生徒が

「じゃあ、今から田中一人で演奏せえや。俺ら頑張ったのに、一人だけおかしいやろ。」といい周りの者たちも

「やれや!!」などと言い、先生も強くは止めず、「授業が始まる前だからなあ」と言って、一人で演奏させようとした。いよいよ、断るのは難しくなり、リコーダーを出すのをためらいながら、曲の最初の音「シ」の音が出るようにそして、次の音もすぐ吹けるように指を構えて、吹く準備をした。

「早くしろ。授業始まるやろ」と先生に言われ、田中は、演奏を始めた。練習のせいもあってか、スムーズに曲が運んだ。田中は目をつむりながらやった。見えていなくても、指の感覚は覚えていた。音が反響していたが気にしなかった。そして、最後の一音が吹き終わり、目を開けた。そこには、誰一人いない教室と机だけがあった。蛇の姿は確認できなかった。だが、蛇は確かに存在している。なぜなら、リコーダーの反響の音は、蛇が蛇使いに存在を知らせるための合図なのだから。

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