醜い娘は人魚の王子様に恋をしました。
大きなお屋敷の中で育った私には、たくさんの兄弟がいる。
今日もお屋敷の中は騒がしい。
「ちょっと! それは私の櫛よ!」
「いいじゃない!」
「ご褒美にもらったんだからダメよ! 欲しかったらお父様に褒められればいいのよ!」
「お兄様! レン兄さまがいじめるー!」
「こらー!」
朝の身支度の時間は騒がしい、ぼーっと眺めていたら髪に櫛を通されて頭がかっくんかっくんしてしまった。
「ピッキー寝癖がひどいわよ」
「ねえさま……。」
「まだ寝ぼけてるわね。レディーたるものちゃんと綺麗にしないと、あなたも欲しいもの貰えないわよ」
「……みんなと居られればいい」
「まったく。ねぇ、そこの貴方、この子の服用意しといてね」
「畏まりました。お嬢様」
呆れながらも、この姉は髪の毛を梳いてくれる。お父様とお母様のお気に入りの一人だ。召使いを使うのも上手で私は今だに頼みごとをするタイミングが分からない。
屋敷のお部屋の数は20個以上。中庭の噴水で遊ぶのが大好きだけど、あそこは大きな兄弟たちが占領すると私たち年下の兄弟はお部屋で遊ぶしかない。
人数が多くて名前なんて覚えられないけど、周りを世話をする召使曰く私たち兄弟は美しいらしい。みんなが褒め称えている。
逆に兄弟たちは召使いたちを平凡顔と呼んでいた。
「お前は平凡顔とばかりつるんでいるから平凡なんだよ」
そう言われ鏡を見れば確かに召使たちに似た顔立ちだ。
召使いたちは黒い髪の毛や茶色の髪の毛ばかりで瞳の色も暗めだ。兄弟たちは髪の毛が華やかだ、ピンクや黄色、水色が多い。瞳の色も同じようにカラフルだ。銀や青やピンクの瞳の兄弟は一等綺麗だし、肌も輝いている。
そんな中、自分はピンクアッシュで瞳も茶色で華やかさがなく、兄弟と比べれば平凡かもしれない。しかも肌はすこしまだら色。
意地悪な兄弟からはよくブスとか醜いとか言われている。
唯一自慢なのは声だけ。声は綺麗でいつも聞いていたいと言われる。音痴でリズム感がないって音楽の教師に怒られるけど。自主練でお歌を歌ってると後ろから声をかけられた。
「やっぱり、ピッキーの声だ。上手だね」
久しぶりに名前を呼ばれ振り返れば年上の兄弟が来ていた。 青っぽい銀の髪の毛を持った金色の瞳の兄が笑みを浮かべて立っていた。優しい兄で少しホッとした。私を呼ぶ兄弟は少ないし優しい人も少ないのだ。
「兄様、でもみんなと歌うと下手だって言われるわ」
「んーピッキーは逆に周りの音を聴きすぎてるんだよ」
「お兄様、でも先生はよく聞けって言われるわ」
「聞かなすぎるのも良くないけど、聞きすぎてつられてるからなー」
「つられてる?」
「うん。一人で誰もいない時に歌うピッキーの声はとても上手だよ」
「本当?!」
兄弟たちはみんな歌が上手。綺麗でとっても心地いい。この兄も歌が上手い、そんな兄に褒められて嬉しくなった。
「まぁ、上手くならない方がいいかもしれないけど」
ボソリと呟かれた言葉の意味がわからず、兄の顔を見てもにっこりと微笑むだけで答えてくれなさそうだった。こういう時は聞いても答えてくれない。
優しく頭を撫でると兄はいってしまった。
「お兄様は、お外に出てから変わったな……」
お外はとっても危険で、両親が許可した大きな兄弟しかお外には出れない。食べられちゃったり、悪い人たちがいたりするらしい。最悪なのは攫われちゃうんだとか。
そう先生や召使いたちはいうけど、お姉さんがこっそりと教えてくれた外の世界は楽しそうだった。いっぱい大きな大人がいて、平凡顔だけどとっても綺麗な服を着た人たちの前でダンスを踊ったり歌ったらしい。そして美味しい料理や綺麗な宝石をもらえるんだって。
でも、別の兄弟は外は汚くて、薄汚い格好をした人たちがいっぱいいたとか。真逆の内容に頭が混乱する。
今日も選ばれた兄弟だけがお外に出かけた日の夜。同室の、ルルが声をかけてきた。
「ねぇねぇ、貴方はどう思う?」
「どうって何が?」
「お外の世界よ!ターコイズ兄様は怖い世界だっていったけど、ルビーお姉様は素敵な世界だっていってたじゃない?」
「そうだね……。」
「いってみたいなー」
私の世界はこの屋敷で完結していたから、お外の世界の話を聞くのは好きだけど、行ってみたいとは思わなかった。この子は外に出たいのかと少し不思議に思ってしまう。
「お外は大変そうじゃない?」
「えーでもここよりは面白そうじゃない?毎日同じことの繰り返しで私飽きちゃった」
「そうかな……」
毎日やることは確か同じだ。朝は身支度して、ご飯を食べてお勉強は歌とダンス、そして礼儀作法、楽器がやりたければ楽器も習えるのだ。自分はどれもイマイチでギリギリで劣等生にならずに済んでるけど。
お父様とお母様は時々帰ってくる。
「愛しい我が子たち、元気にしてたかい?」
そう言って二人一緒に帰ってくるときもあれば、別々に帰ってくるときがある。今日は一緒に帰ってきた。いろんなお土産を持って兄弟たちにプレゼントしてくれる。
「ララちゃん。貴方妹が欲しいと言っていたでしょ」
「お母様!もしかして!」
「えぇ、貴方に妹を用意したわ。ダンスがとっても上手だったからご褒美よ」
そう言って、こないだ外に出かけた姉さまへのプレゼントは妹だった。陶器のケースが運ばれてきて中を開ければ、ピンク色の髪の毛をした小さな子が水の中で眠っていた。
「わー!!可愛い子!」
お姉さまは嬉しそうにその子を抱っこした。
「名前は貴方が決めていいわ」
「ありがとうお母様! 大切にするわ! そうね、名前はロッサにするわ!」
目を開けたロッサは瞳もピンクで綺麗だった。姉さま達はみんな良いな良いなと騒いでいる。
「ねぇねぇ」
「ん?」
横にいた子に肘で突かれ振り返ればこそこそ話をするように耳に手を当てられて聞かれた。
「ピンキーは誰が姉様だったの?」
「私? そういえば、私には特定の姉様はいなかったよ」
時々、お母様やお父様からプレゼントとして兄弟が渡される。そういう子は特別な兄弟で一緒の部屋で過ごすし、仲も良い。
「そうだったんだ。まぁ、貴方の色を望む兄弟なんていないものね」
「そうだね」
地味な色だから欲しがる兄弟は珍しいだろう。今日自分にもらえたお土産は髪を止める赤いリボンだけ。
「あーぁー私も外に行きたいなー。そしたら姉様達みたいにとっても素敵なプレゼントが貰えるのよ。」
「うん」
「次こそはダンスでいい成績だすんだから」
「そうだね……そういえば、もうすぐテストだっけ」
「そうだよ! 頑張ろうね!」
「うん」
ダンスは苦手だ、足が痛くなるから。でも、みんな必死に踊っている。テストの日にいい成績を出せば、お外に出れるから。
*
ある日夜中に目が覚めた。廊下に出ても誰も出ていない、静かなお屋敷、廊下を抜けて中庭にでれば夜空にはまん丸のお月さま。
「綺麗」
思わず噴水の淵に座って眺めた。
「兄弟かー…もしも貰えるなら、どっちがいいかな。弟か妹か」
自分だけの兄弟は欲しいけど、自分には上がいなかったから分からないのだ。ここにくる前の記憶はない。お父様とお母様がいて、兄弟達がすでにいた。
「どうして皆んな外にでたがるのかなー?」
眠れない日は変な夢を見るのだ。薄暗い部屋、水がたゆたうのが見える。そこでは痛い思いをして苦しい。怖い場所に閉じ込められているようで閉じ込められていないような……。
夜風の心地いゆらめきに身を任せながら、塩っぽい風と一緒にかすかに聞こえる歌声に思わずこちらも適当に詩を紡ぐ。
私の兄弟、誰だろう。
安らかに眠る夜に、一人眺める夜の月
外は怖くて美しいらしい
この屋敷はとても素敵なのに
「そう、この屋敷の中は平和なのに……」
そう思ってしまう。
「お嬢様? こんな夜更けにどうしました?」
召使いが近づいてきてガウンを羽織らされた。
「ん? 目が覚めちゃって」
「夜は冷えます。温かい飲み物をお出しするので中に入りましょう」
「うん」
さわさわと心地いい音が聞こえた気がして振り返ったけど、そこはいつもの中庭で、でもざざーっという音が聞こえた気がした。
*
いつもと代わり映えしない毎日。でも幸せな時間。
そう思っているだけ。本当は少しだけ気づいている。
兄弟が減った。
ターコライズ兄様とルビーお姉さまが帰ってこなくなった。この屋敷ではよくあることだ。
「お外で暮らすようになったんですって。いいなー」
中庭で遊ぼうと言って出てきたのに、やはりこの話題になるのかとちょっとがっかりしつつ頷いた。
「そうね」
本当に良いことなのだろうか。そう思ってしまう自分はひねくれているのだろう。
「まぁ、ピッキーの顔だとお外で暮らすの大変かもね。美しくないと綺麗なお洋服着せてもらえないらしいわ」
「ふーん」
今の服も結構気に入ってるし、召使い達の服は動きやすそうで着てみたいと思ってしまった。でもこの子は違うらしい、うんうん頷きながら周りを見れば、次は誰が外に行けるのだろうかという話で盛り上がっている子達が何組かいた。
今日の遊びはなさそうだ。そう思い建物の中に入れば、あまり人がいない様子。静かな空気に思わずウキウキしてしまった。召使い達とも遭遇せずに音楽室へと向かおうとしていると、誰かが話してる声が聞こえた。
「誰だろう?」
声がする方へと廊下を曲がっていくとはっきりと言葉として聞こえた。
「あれは、失敗作だ」
「でも、薬を飲まそうにも、味で気づくようで隣の子と変えてしまうのよ。毒なんて盛ったら別の子が食べてしまう」
「ならば外に出すか?あの子の声はよく通る。」
「でも、見た目が……仮面をつけてドレスで隠したとしても、買われたらねぇ。それで文句を言われたらこちらの信用問題になりかねないわ」
「最近はキューキュー鳴くそうじゃないか。もし仲間でも呼ばれたりしたら」
「なら、仮面舞踏会はどう?」
「……そうだな」
あまり良いお話じゃなさそうだった。声はお父様とお母様の声だ。そっとその場を離れて音楽室で一人ぼーっと適当に詩を口ずさんでいると、兄弟がきて笑った。
「お前、なにキューキュー鳴いてるんだ? とうとう頭がおかしくなったか!」
「え?キューキュー鳴いてないよ?」
「いやいや、鳴いてたよ。」
「……」
さっき盗み聞きした内容が頭をよぎった。もしかして自分のことを言っていたのかと。
その日はずっと心臓がドキドキしてしまい、全然眠れず。夜中にこっそりと部屋を出て、中庭へと向かった。
「どうしてこんなに不安なんだろう」
ふわりふわりと風がまた流れてきた。あの時と同じ塩っぽい匂いを乗せてきたときに聞こえた音だ。耳をすませばなにか語りかけているようだ。
♩
おバカな同族に届きますように
いい加減出てきたらどうだ
ただのお人形
この声が聞こえる方に来るがいい
海に飛び込め 殻を破れ
戻っておいで私たちの海へ
♩
そう聞こえてびっくりした。周りを見ても誰もいない。
♩
道しるべを与えなければ
ならば
新月の夜に来るがいい。
星が瞬き美しい夜に
星の川が導くほうへ
♩
そう聞こえた後、風向きが変わり聞こえなくなってしまった。空を見上げれば細く欠けている。たしか新月は明後日。
その次の日の夜も庭に出てみたけど歌声は聞こえなかった。
そして新月の夜。
中庭を抜けて、使用人達が通る道を通って、外との境界線の壁まできてしまった。普段は登ってはいけないと言われていた壁をよじ登り。
空を見上げれば、綺麗な星の川が向こう側へと続いている。
見張りの兵をかいくぐりながら、心臓がドキドキして痛い。見つかったらどうなるのかわからない、外は怖い場所なのに、それでもまるで星が導くように光り輝いている。
♩
おいでおいで兄弟よ
星の川の先へ
♩
時々聞こえる歌を頼りに、暗い森の中をかけていく。
「ねぇ、どこ? どこにいるの?」
♩
さぁおいで そのまま声のする方へ
♩
方向は合っている。森を抜け切ると、キラキラとした光るものが見えた。星が写り込んで反射している綺麗で大きな池見たい
「向こう側が見えない。池じゃないのかな?」
また歌が聞こえる。
♩
さぁ、潮の香りに飛び込んで
星の川に飛び込んで
♩
聞こえる方向に走りながら、口の中が血の味がする。
初めて見る家々。石畳の夜の街。
酒臭い匂いが路地の奥から香る。
低い声やダミ声の笑い声がこだましていく中、あの歌だけはしっかりと耳に届いてくる。
そして、潮の匂いも強く香り、肺をみたしていく。
必死にかけていくと不思議な音がした。
ざざーっと聞こえる音。大きな水溜りが押しては引いてを繰り返していた。手を入れると冷たくて、そして優しく撫でていく。
「水なのになんか変」
手触りが違う。さっきから匂っていたのはこの水だ。舐めればしょっぱい。
ばしゃりっと音がして顔をあげれば、その水溜りに人が頭だけ出してこちらを見ていた。
「おや、本当に来た。服は脱いだほうがいいよ」
「?」
「入っておいで」
そう行ってその人は両腕を広げて誘ってきた。綺麗な男の人だ、銀髪が艶やかに光って姉様がもらった宝石よりも綺麗に輝いているように見えた。
思わず目を奪われる美しさに、一歩一歩と足を踏み入れていく。靴は邪魔だと気づいて脱いで、直接触れる水の感触が心地よかった。何より匂いが好きだ。
「わぁ……」
ザブザブ入っていくと服が重い。ワンピースを脱いで下着姿になって中を泳いだ。口の中に入った水はさっきよりもしょっぱかった。
「もっとこっちにおいで……」
手招きされるまま近づくと、なんだ肌が痒くなった。ひっかくとポロポロと皮膚の垢が取れていく。
「あなたはだれ? この世界はなあに?」
そう聞くと、彼は笑って潜ってしまった。
「え?」
同時に腰に手がかかり下着を降ろされてしまった。
「ひゃ!!ちょっと!」
慌ててもがいた瞬間水の中に顔をつけてしまった。ぐるりと回る世界。星空は歪んで水面がゆらめくのが綺麗だった。
そして息ができない! 口の中から大きな泡がボコボコと出てしまい慌てて水面から出ようとするも、腕を彼に引っ張られて暗い海の中に引き摺り込まれていく。
「あれ? 息の仕方がわからない?」
そう振り返っていった彼の声がよく聞こえた。
「え?」
ぐいっと力強く引っ張られ、そのままキスをされてしょっぱい水が口の中に流れ込むのに、なぜか息が吸える。
「あれ?」
「分かった?息の吸い方」
「声が出る・・・なんで? お風呂ではでなかったよ」
不思議だ。今は息が吸える。
「お風呂? 真水だろ? あれは僕たちにとっては息が吸いにくい」
そういう彼の下半身は魚だった。自分の足をふと見たら、不思議なことに膝までくっついていた。
「へ?」
「んーまだ汚れがついてるのかな?」
そういうと彼が撫で始めるとボロボロと肌が剥がれ落ちていった。
でも出てきたのはまだらな体。黒い肌と白い肌、そして黄金いろの鱗。彼のように綺麗な銀色ではない。
「相変わらず人間はひどいことをするね・・・」
私の足だったものを撫でながら、下半身魚の彼についていく。深い水の中、ここは海というらしい、淡く光る魚や、ゆらめく海藻。
「不思議な世界」
「ははは、母なる海だよ」
「母?」
「そう、ここは僕たちの世界」
彼は海の王国の王子らしい。自分は人間たちによって養殖された人魚。
何より自分はキメラらしい。
医者という男のもとにつれらていくと、いろいろ調べられた。
「このような姿に・・・なんと卑劣な・・・」
「これはシャチとメンダコとかが混ざってますね。」
くるくると回されながら全身を見られていく。
「皇子のそばに置くのはいかがかと」
「だが、これで人間たちが同胞を捉えて増やして売りさばいてるのが分かった。」
「ですが」
「保護するべきだ。何よりそのような施設壊すべきだろう」
そういって王子は兵士を集めてしまった。
私が歌うと、人間たちは眠りについていく。そして、王の号令とともに大波を起こさせて人間の街を壊した。
「歌が上手い」
「下手だって言われてた」
「その声は貴重だ。セイレーンの声だ」
みんな、王子から離れろっていうのに、王子はそばにいろっていう。
王子はこの声をご所望だ。それでもいい。
キメラな自分を抱きしめてくれるのは王子だけだから。
交ざり物の体、膝から下は割れて、鱗がついたヒレ。膝から上はシャチの体で艶めかしく、いやらしいって言われる。
髪の毛もみんなみたいにキラキラしていない。黒と白のまだら模様。体は人魚の平均より小さいまま。
「君が鳴く声がいい」
皇子の点数稼ぎであろうと・・・
「小さい俺のシャチ、可愛いシャチ」