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主任と私  作者: まあく
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06.主任からの依頼

「長峰、ちょっといいか?」

「何でしょうか」


 体を主任に向け、顔を上げ、だが目は合わせることなく私が答えた。


「営業先のリストを作るために、有料の電話帳データを手に入れたんだ」

「電話帳データですか?」

「地域と業種別に分類されている企業のリストだ。これと、営業二課で使っている既存のリストを一つにまとめたい。その作業を、長峰に頼みたいと思ってるんだが」


 主任が作業内容の説明を始めた。

 作業は、いわゆる”名寄せ”というやつだ。二つのリストをくっつけて、重複している企業情報を一つにまとめる。やることは単純だが、二課で持っているリストは手作りのため、企業名や住所が間違っていたり古かったりする。それを一つ一つ確認していく必要があった。


「どうだ、できるか?」


 聞かれて私は考えた。

 データは両方ともエクセルだ。項目の並びを合わせた後、くっつけて企業名でソートして、それから……。


「できると思います。期限はいつまでですか?」


 今度は目を見てはっきり答える。

 主任が、なぜか笑った。

 私の胸が、ドクンと鼓動を打つ。


「期限は来週金曜日の終業時刻まで。両方ともバックアップは取ってあるから、最悪やり直しはできる。分からないことがあったら聞いてくれ」

「分かりました」

「データは二課のフォルダに入れておくから、都合のいい時に始めてくれていい。よろしく頼む」

「はい」


 言うだけ言うと、主任はさっさと自分の席に戻っていった。

 さすがもと一課のエース。指示も動きも無駄がない。

 ただ、一つ分からないことがある。


 あの笑顔はなに?


 机の上のマグカップを手に取って両手で握る。それに口をつけるでもなく、黙ったままで、二つ離れた島に座る背中を見つめる。

 主任の残していった不思議な余韻は、私の心にしばらくの間さざ波を立て続けたのだった。




 数日後。


「長峰さん、笹山さん。今日、仕事終わったら飲みに行かない?」


 二課の営業マン、突撃くんが声を掛けてきた。営業に出る時、いつも「突撃してきます!」と言って出て行くので、私が勝手にそう呼んでいる。

 本名は”猪野 翔”(いの かける)。私より四つ上の先輩で、ポジティブくんと並んで営業二課の双璧(何の双璧かは言わない)を成している人物である。

 まあ双璧と言っても、二課には主任と突撃くん、そしてポジティブくんの三人しかいないのだが。


 ニコニコ笑う突撃くんを見ながら、私は考えた。

 今日は、残業して主任から言われた作業をやるつもりでいた。二課で使っていたリストが思ったよりいい加減で、予想外に苦戦していたのだ。


「えっと……」


 返事に迷っていると、隣から志保が言う。


「長峰さん、今日は忙しいって言ってませんでしたっけ?」


 さすが志保。私が答えに困っているのを見抜いて助け船を出してくれた。

 ところが。


「今、前江が三上主任を誘いに行ってるんだ。珍しい人と飲めるかもしれないよ。行こうよ」


 この言葉に、私の中の何かが反応する。


「分かりました。行きます」

「由香先輩!?」


 あの志保が、人前で由香先輩と言ってしまうほどに驚いていた。

 そして、私も驚いていた。


「よし、決まり!」


 嬉しそうに突撃くんが笑う。


「じゃあ、終わったらビル正面に集合で」


 突撃くんが弾む足取りで席に戻っていく。志保が怪訝な顔で私を見つめる。

 ちょうどその時外線が鳴った。普段は志保が出るのだが、志保の手が動くより前に、目にも止まらぬ早さで私が受話器を取る。


「ありがとうございます、シータテックでございます」


 志保の視線から逃れるように、正面を向いたまま私は電話対応を続けた。


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