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主任と私  作者: まあく
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05.優秀な新人、笹山志保

 月曜日の午後。私は、外出から戻ってきた営業マンに声を掛けた。


「お疲れ様です。前江さん、先週の金曜日、外出してましたよね」

「うん、したよ」

「交通費の申請が出てないんですけど」

「あ、忘れてた」


 あっけらかんと笑っているのは、あのポジティブくんだ。本名を”前江 進”(まええ すすむ)という。

 機会があればご家族の名前を聞いてみたいとも思うが、個人的に付き合うつもりはないので、知ることはないだろう。

 ポジティブくんは、月に一度はミスすることで有名な人物だ。しかし、月に一度というのはあくまで大きなミスのことで、小さなミスを数え上げたらキリがない。


「急いで申請してくださいね」

「分かった。ごめんね」


 言えばこうして神妙に謝ってくる。

 しかし。


「長峰さんって、本当によく気が付くよね」


 なぜか嬉しそうに言ってきた。


「僕も、長峰さんみたいに気配りが出来るよう頑張るよ!」

「……じゃあ、申請お願いしますね」

「うん!」


 ポジティブくんに背を向けて、私はこっそりため息をついた。

 とりあえず、これで先週分の交通費処理は目途が立った。次は経費精算だが、こちらは件数が少ないのですぐ終わるだろう。

 席に戻って画面を開くと、隣から不満いっぱいの声がした。


「交通費も経費も、自分で申請するものじゃないですか」

「まあ、そうね」

「だったら、申請が漏れても自分のせいだと思うんですけど」


 志保が口を尖らせる。


「前江さん、毎週由香先輩に怒られてますよね。なのに全然反省してないし」


 文句を言いながらも書類チェックの手は止めない志保を見て、私は思わず笑ってしまった。


 最近は、交通費や経費申請のチェックを志保にしてもらっている。もちろん、そのあと私もチェックするのだが、志保のおかげでだいぶ楽になった。

 文句は多いが、志保の仕事は確かだ。言われたことをこなすだけでなく、細かな気配りもできる。ポジティブくんの申請漏れに気付いたのも、じつは志保だ。そろそろ全面的にチェックを任せてもいいかもしれない。


「笑い事じゃないですよ。前江さん以外の人だって、申請ミスは多いし、領収証を無くしたとか平気で言ってくるし。営業マンって、いい加減な人ばっかりなんですかね」

「そんなことないわよ。たとえば……」

「たとえば?」

「……何でもない。いいからさっさと終わらせなさい」

「むぅ」


 志保が頬を膨らませる。


「だいたい、こういうのって総務の仕事じゃないんですか?」

「営業部は社員が多いからね。基本的なチェックは部内でやっておかないと、総務がパンクしちゃうのよ」

「だったら、せめて上司がチェックしてから私たちが最終確認すればいいじゃないですか」

「課長も主任も外に出ることが多いでしょ。営業マンが営業に集中するために、私たちがいるんじゃない」

「そうですけどぉ。……はい、経費申請のチェック終わりです」

「ありがと。じゃあ見せて」


 志保から書類を受け取って、私はダブルチェックを始めた。

 志保と仕事をしていると、時々気付かされることがある。

 私は、先輩から言われた仕事に疑問を持つことがほとんどなかった。決められた手順やルールに従って仕事をする。その中で、効率や質の向上を考える。それが私のやり方だ。

 でも、志保は違った。その仕事はそもそも必要あるのか、根本的に効率を上げる方法はないのか。そんなことを考え、その疑問を私にぶつけてくる。新入社員だから今はおとなしくしているが、いずれは社内に大きな変革をもたらす存在になるのではないだろうか。


「はい、チェック完了。大丈夫よ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、こっちは一課、こっちは二課。それぞれ課長の承認をもらって、総務に持っていって」

「分かりました」


 課長席に向かう志保を私が見送る。その視界の先で、とある人物が椅子から立ち上がった。その人物が、あろうことか、そのまま私に向かって歩いてくる。

 現在もっとも私を悩ましている人物。できれば、今は顔を合わせたくない。

 その願いは、残念ながら叶わなかった。


「長峰、ちょっといいか?」


 三上雄介。営業二課の主任その人が、真顔で私を見下ろしていた。


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