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主任と私  作者: まあく
41/60

41.キャンプ、行きましょう!

 主任をちゃんとおもてなしする。

 そう決めた私は、目の前に置かれたアイスコーヒーを見つめながら、松田部長に教わったことを思い出していた。


 気遣いをする場合、まずは相手を知ることから始める

 その一番簡単な方法が、聞くっていうことだね


 考えてみると、主任について私が知っていることはとても少なかった。

 まずは、主任のことをもっと知らなければならない。


 主任が、ガムシロップとミルクを入れてストローでかき混ぜる。一口飲んで、グラスをテーブルに置く。

 それを待って、私が言った。


「今日は本当にありがとうございました」

「気にしないでくれ。俺も気分転換になったしな」


 主任が微笑んだ。

 微笑みを返して、私は質問を開始した。


「お休みの日って、主任は何をされているんですか?」

「掃除とか買い物とか、まあそんな感じだ」

「主任、一人暮らしでしたっけ?」

「いや、母親と住んでる。母親も仕事をしているから、どうしても週末に家事をまとめてやることになるんだ」

「そうなんですね」


 主任の緊急連絡先がお母様になっていることは知っていた。だが、一緒に住んでいたとは初耳だ。

 お父様の話が出ないことが気になったが、私の父のこともあって、それを聞くのは躊躇われた。


「ご兄弟はいらっしゃるんですか?」

「妹が一人いる」


 妹さんがいる。

 これも今知った。


「妹さんは一緒に住んではいないんですか?」

「仕事で単身赴任中だ」

「すごい! 女性でもそんなことがあるんですね」

「あいつは、まあ何て言うか、すごく働き者だからな」


 答えた主任が、ストローをくわえて外を見た。

 働き蜂の主任に”働き者”と言わせる妹さん。だが主任の様子は、妹さんを褒めているとか自慢しているとか、そういう雰囲気ではない。

 ご家族の話は避けた方がいいのかもしれない。

 私は、少し強引に話題を変えた。


「主任は、お休みの日も忙しいんですね」

「まあ、それなりに」

「趣味に時間を使ったりはしないんですか?」

「体を動かすことは好きだからな。時間がある時は、よくジョギングをしてる」


 ジョギングなら隙間時間にもできる。忙しい主任にはぴったりの趣味だ。

 でも、その答えに私は引っ掛かりを覚えた。


 主任は、一部の人から”仕事と貯金しか興味がない”とか”人に言えない趣味があるに違いない”などと言われている。


 本当に仕事と貯金が趣味なのだろうか。

 本当に人には言えない趣味があるのだろうか。


 ずっと気になっていた噂。

 私は、勇気を出して少しだけ踏み込んでみた。


「ジョギング以外に、何か趣味はお持ちなんですか?」

「そうだなぁ」


 主任が腕を組んで考える。

 窓越しに外を眺め、腕組みを解いて頬杖をつく。

 やがて主任が、ぽつりと言った。


「キャンプは、好きだったな」


 遠くを見る主任を、私はじっと見つめた。

 その横顔は、微笑みだった。それなのに、その顔はとても寂しそうに見えた。


 それに、私の何かが反応した。


「キャンプ、いいですね!」


 自分でもびっくりするくらい大きな声だった。

 主任もびっくりして私を見る。


「大学時代、私も時々キャンプに行ってたんです。キャンプって楽しいですよね!」

「あ、あぁ、そうだな」


 驚き顔の主任に私が言った。


「キャンプ、行きましょう!」

「……え?」


 主任の口が半開きになる。


「キャンプ、行きましょう!」


 身を乗り出しながら、私が繰り返した。

 私の中の私が叫ぶ。


 何言っちゃってるの、私!?


 いきなりキャンプはないだろう。さすがにこれは主任も引くのではないだろうか。

 だけど、この時私は思ったのだ。


 このままにしちゃダメだ


 あの横顔を見て思ったのだ。


 主任を一人にしちゃダメだ!


 だから言った。

 勢いに任せ、直感のままに言った。


 言ってはみたものの、自分でも馬鹿なことをしているという自覚はある。

 でも、言ってしまったものは仕方ない。

 背中に冷たい汗を感じながら、私は主任を見つめた。ほとんど睨むように主任を見つめ続けた。


 主任が目を見開く。

 主任が目を伏せる。

 主任がアイスコーヒーを一口飲む。

 主任がそっと息を吐き出す。

 そして主任は顔を上げ、私を見て、微笑んだ。


「長峰。お前は、やっぱり優しいな」

「はい!?」


 今度は私が驚いた。


「ど、どういうことですか?」


 全然意味が分からない。


「いや、何でもない」


 主任は私の疑問に答えてくれない。

 かわりに主任が、驚くことを言った。


「そうだな。行くか、キャンプ」


 この日の夜、私は枕を抱き締めてベッドの上をゴロゴロ転げ回った。つい最近もこんなことがあった気がするが、その時よりも確実にゴロゴロの回数は多かった。


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