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主任と私  作者: まあく
39/60

39.初デート

「遅くなってすみません!」


 慌てて駆け寄る私に、主任が軽く手を上げた。


「いや、俺が早く来すぎただけだ」


 そう言って、主任が目をそらす。

 どことなく気まずそうな主任を、私は正面から見た。


 白のカジュアルシャツにブルージーンズ。

 足下には、長年愛用しているであろうスニーカー。

 両手には何も持っていない。財布類は、後ろに回したボディバックに入れているのだろう。

 予想していた通りのシンプルな装い。だが、それが主任にはとても似合っていると思った。


 対して私は、白のトップスにベージュのキャミワンピース。

 仕事の時は結って後ろでまとめている髪を、今日は下ろしてある。

 通勤は私服なので、主任に私服姿を見られるのは初めてではないが、こんなにヒラヒラした服は着ないので、ちょっと恥ずかしかった。

 それをごまかすように私が言う。


「主任の私服姿、初めて見ました」

「まあ、そうだな」


 ぶっきらぼうな答えが返ってくる。返事はするものの、相変わらず主任は私を見てくれない。

 まともに見られるのは恥ずかしいが、全然見てもらえないのも淋しかった。これでも服装には結構悩んだのだ。短くてもいいから、何かコメントは欲しい。

 そう思ったので、私は少し意地悪をしてみることにした。

 半歩近付いて、主任の顔を覗き込む。


「その服装、とてもお似合いです」

「そ、そうか」


 主任がますます目をそらす。

 ここで私は黙ってみた。主任の言葉を期待してじっと待つ。

 それなのに。


「買い物、行くんだろ」


 そう言うと、主任はくるりと向きを変えて歩き出してしまった。

 プクリと頬を膨らませるが、前を行く主任に見えるはずもない。


「最初はどこに行くんだ?」

「えっと、駅前のデパートに行こうと思います」


 諦めて私も歩き出す。

 主任との初デートは、ちょっぴり不満のスタートとなった。




 エレベータの中で主任が聞く。


「弟さんはどんな仕事をしてるんだ?」

「プログラマです。業務アプリケーションの開発、と言っていたような気がします」


 弟から仕事内容は聞いたのだが、あまりに詳しく説明されたせいで、全部は覚えていなかった。要するに、私が会社で使っている社内システムのようなものを作っているらしい。お客様の要望に沿ってオーダーメイドのシステムを作る仕事、と私は理解している。


「じゃあ、デスクワークなんだな」

「そうですね」

「スーツは着るのか?」

「服装は自由みたいです。なので、普段着みたいな格好で通勤しています」

「そうか。在宅勤務はあるのか?」

「一年目は会社に通うらしいです。二年目以降、仕事次第では在宅勤務になるかもって言っていました」


 話しているうちに、エレベータは七階、紳士物売り場に到着した。


「基本的な小物類は持ってるんだよな」

「名刺入れと定期入れ、財布、それと手帳はあります。文房具類も一通りは持っています」

「デスクで使うカップとかは?」

「それも持っています」


 答えながら、私は不安になってきた。

 社会人になるに当たって、私は弟にいろいろアドバイスをしている。会社で使いそうなものを一緒に買いに行ったりもした。

 つまり、私が思い付く限りの物を、弟はすでに持っているのだ。


「腕時計は?」

「持っています」

「ハンカチとか傘とかは?」

「持ってます」

「社内で履くサンダルは?」

「……持っています」


 質問が止まった。

 まずい。やっぱりもうプレゼントするものなんてないのだ。

 主任が顎に手を当てて考える。

 申し訳なくて、私がうつむく。

 それでも主任は諦めなかった。


「プログラマなら、目が疲れることもあるだろう。たとえば、目をマッサージする機械とか」

「持っています。私がプレゼントしました」

「ブルーライトをカットするサングラスとか」

「私がプレゼントしました」

「肩が凝った時のツボ押しグッツとか」

「私が、プレゼントしました」


 この時ほど自分の弟思いを後悔したことはない。

 弟の性格、生活習慣、その他諸々すべてを考慮し、私の限界ぎりぎりの金額を使って、弟が呆れるほどたくさんのプレゼントをしていた。


 売り場を見ながら主任が考える。

 ヒントを探して主任が歩く。


「いちおう聞くが、弟さんがスーツを着る機会はあるか?」

「あると思います」

「それなら、オーダーメイドのワイシャツを仕立てられるギフト券なんていうのはどうだ?」

「それは、母がプレゼントしていました」

「そうか」


 主任が歩く。

 私が、半歩後ろに下がる。


「ネクタイとか贈っても、邪魔になりそうか?」

「ネクタイも、母がプレゼントしていました」

「冠婚葬祭用の白とか黒は?」

「それも含めて母が七、八本買っていましたので、これ以上は……」

「そうか」


 終わった。

 母娘揃ってやらかした。


「弟さんは、とても愛されているんだな」


 普通なら喜ぶべきその言葉を、私は後悔の念と共に聞いた。

 売り場の周回もすでに三周目に入っている。そろそろ店員さんの視線が気になってきた。


「やっぱり、仕事で役立つ物がいいんだよな」

「えっと、難しければ、仕事と関係なくても」


 この気まずさから解放されるのであれば、この際何でもいい。

 苦し紛れに私が言う。


「無難に図書カードでもいいかもしれません。技術書とかは買うでしょうし」


 弱々しい声に、だが主任は反応しなかった。

 じっと考えていた主任が、口を開く。


「たとえば」


 間を空けてから、主任が言った。


「袱紗なんていうのはどうだ」

「ふくさ、ですか?」


 それは考えたことがなかった。

 希望の光が見えた気がして、私が主任を見上げる。

 その顔が、なぜだか、少し苦しそうに見えた。


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