表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主任と私  作者: まあく
2/60

02.噂

 会議室から戻ると、ちょうど志保が郵便局から帰ってきたところだった。


「請求書、送っておきました」

「ありがと」


 礼を言って自分の席につく。志保も自席に座って仕事を始めた。

 しばらくすると。


「何かあったんですか?」


 突然声がした。


「私でよければ、お話し聞きますよ」


 びっくりして隣を見る私に、仕事の手を止めないまま志保が言う。


「先輩は、何でも抱え過ぎなんです。お人好しもいい加減にしないと、いつか痛い目を見ることになると思いますよ」


 絶賛痛い目を見ている最中の私は、志保の言葉にうなだれた。

 志保には昔から鋭いところがある。周りの感情の変化にすごく敏感なのだ。学生時代はそれに戸惑うこともあったが、反対に助けられたこともあった。

 見回すと、周囲に人はいない。後輩に弱みを見せるのはどうかとも思ったのだが、私は、つい先程の会議室でのやり取りを志保に聞いてもらうことにした。




「きみ、営業部長の松田さんと、不倫してるの?」


 ストレートな質問に、小さな声で私が答えた。


「……してません」


 こんなに弱々しい答えでは余計に疑念を抱かせるだけだ。

 そうは思ったのだが、これ以上の言葉が出てこなかった。


「本当に?」

「はい」


 床を見つめる私に部長の顔は見えない。でも、間違いなく私に疑いの眼差しを向けていることだろう。

 そう思ったのだが。


「そうか。変なことを聞いて悪かったね」

「え?」


 顔を上げた私に、部長が真顔で言う。


「これからは、誤解を与えるような行動を慎んでください」

「……分かりました」

「もう仕事に戻っていいですよ」


 尋問は呆気なく終わった。

 私は、狐につままれたような顔で、一礼して会議室を出たのだった。




「なるほどね」


 志保がパチンとキーを叩く。


「その話の出所、私知ってますよ」

「そうなの!?」


 思い切り大きな声が出てしまった。

 コピー機の前にいた営業マンがびっくりして振り向く。


「すみません」


 頭を下げ、営業マンが向き直るのを確認してから、今度は小さな声で聞いた。


「誰なの?」

「お局様です」


 聞いた瞬間、私は天井を仰いだ。


「あの人かぁ」


 お局様。

 総務部の超ベテラン社員で、専務のことを”くん付け”で呼ぶ、社内でも希有な存在だ。


「給湯室で”腰巾着”に向かって話してました。あの人の声大きいから、廊下までまる聞こえでしたよ」


 独特のキンキン声を思い出して、私は顔をしかめる。


「きっとあの人が人事部長の耳に入れたんでしょうね。”社内の風紀は私が守る!”とか何とか言って」


 志保が肩をすくめた。

 お局様は、多くの社員、とくに女性から恐れられていた。自分基準がはっきりしていて、そこから外れる行為を許さないからだ。


「私、曲がったことが大嫌いなのよ」


 と、まるで昭和の頑固おやじみたいなことを公言している。そのくせ、専務を”くん付け”で呼んだり、お気に入りの社員には甘々だったりと、基準の曖昧さはなかなかのものだ。


「めんどくさいわぁ」


 ため息をつく私に志保が聞く。


「で、どうなんですか、本当のところは」


 聞かれた私は、もう一度ため息をついてから答えた。


「それがねぇ、あるのよ、心当たりが」

「そうなんですか!?」


 志保の大声に、また営業マンが振り返った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ