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主任と私  作者: まあく
13/60

13.もとエースの実力

「三上くん、久し振りだね」


 驚いて正面を見ると、恰幅のいい初老の男性が立っていた。

 主任が素早く立ち上がって挨拶をする。


「社長、ご無沙汰しております」


 慌てて私も立ち上がった。

 社長と呼ばれた男性が、にこやかな笑みを浮かべて話し出す。


「最近全然顔を見せてくれないじゃないか。前はあんなに来てくれたのに」

「申し訳ありません。新しい仕事が忙しくて」

「そう言えば、新規顧客の開拓をしてるんだったね。まあ大変だと思うけど、息抜きだと思ってたまにはうちにも来てよ」

「あの、社長。もしかして、うちの新しい担当が何か……」

「いやいや、彼はよくやってくれてるよ。ただね、また君と山の話がしたいと思ってね」

「そうですか、ありがとうございます。では、近いうちにお邪魔します」

「待ってるからね。絶対だよ」

「はい」


 男性は、私に人懐っこい笑みを見せた後、軽く手を挙げて去って行った。

 その背中を見送りながら、主任が説明してくれる。


「一課の時に担当していた、工作機械メーカーの社長さんなんだ」

「そうなんですね」

「訪問すると、社長が自分で豆をひいて、コーヒーをご馳走してくれるんだよ」

「すごいですね」


 社長自らコーヒーを淹れてくれるとは、なんて気さくな人だろう。

 それとも、相手が主任だからそこまでしてくれたのだろうか。

 感心していると、今度は反対から別の男性の声がした。


「三上さん、お久しぶりです」

「あ、田中さん。お久しぶりです」


 振り返ると、メガネを掛けた三十くらいの男性が嬉しそうに笑っていた。


「じつは、例の案件のおかげで、僕、昇進できたんです」

「そうなんですか? おめでとうございます」

「ありがとうございます。これも三上さんのおかげです。本当に何とお礼を言えばいいか」

「私は何もしていませんよ。田中さんの努力の賜物です」

「そんなことないです。三上さんがいてくれたからこそ、あれほどの契約を取ることができたんです」


 田中さんと呼ばれた男性は、ひとしきり主任を褒め称え、何度もお礼を言って、やはりにこやかに去って行った。


「あの人は、商社の営業マンなんだ。田中さんの会社に大手メーカーから引き合いがあった時、何度か同行して、部品の詳細や納期の説明をしたことがあってね。それがうまくいって、成約にこぎ着けたことがあるんだよ」


 商社は、商品を仕入れて売るのが仕事。うちの顧客にも商社はいくつかある。海外や大手との取引は、商社を通じて行うことも多い。うちのようなメーカーにとって、商社は重要な顧客の一つなのだ。


「主任って、いろんな人に……」


 私が言い掛けたその時。


「やあ、三上さん!」


 また声が掛かった。


「あ、どうも」


 主任が笑う。相手も笑う。

 楽しそうに会話をして、その人が去って行く。

 そんなことが何度か続いた。その度に、私は立ったまま二人の会話を聞いていた。

 来る人みんなが主任に言う。


 三上さんには助けられた


 来る人みんなが笑顔を向ける。


 たまにはうちにも遊びに来てくれ


 もと一課のエースは伊達ではなかった。

 主任は、こんなにも顧客や取引先から慕われ、頼りにされてきたのだ。


 そう思ったら、何だか私は嬉しくなった。

 嬉しくて、誇らしいと思った。

 だから私は言った。


「主任」


 客足が途切れたタイミングを見計らって、強い声で言った。


「私がここで対応しますので、主任はほかを見てきてください」


 唐突な言葉に驚きながら、主任が答える。


「いや、でも……」

「大丈夫です。来客があれば、分かることだけ説明して、分からないことは、あとでご連絡しますと言って名刺を頂いておきますので」


 しばらく私を見つめた主任が、微笑んだ。


「そうか。じゃあ、悪いけどちょっと外すよ」

「はい。いってらっしゃい」


 主任を追い出すと、私は姿勢を正して椅子に座った。

 気付いてしまったのだ。主任は、ここに遊びに来ている訳ではない。

 顧客に挨拶し、新しい知識を習得し、新しい顧客を掴む。そのために主任は来ているのだ。


 主任のすごさに感心している場合ではなかった。

 私は、私にできることをしなければならない。


 机の上の製品カタログをトントンと揃える。

 手持ちの名刺を数える。

 手鏡で制服のリボンと前髪の状態を確かめる。


「よし!」


 手鏡をポケットにしまい、もう一度姿勢を正した私は、気合い十分で正面を向いた。

 すると。


「ちょっといいですか?」


 またも来客である。


「いらっしゃいませ」


 立ち上がって、私は精一杯の笑顔を浮かべた。

 早速の試練。これをきちんと乗り越えなければならない。

 だが、残念なことに、私はこの試練を乗り越えることが出来なかったのだ。


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