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その他

偏食少女と何でも食べる僕


「これは食べない」


 少女の弁当から僕の弁当に。

 赤いトマトが置かれる。

 アリマさんは偏食だ。食に関して好みがうるさい。

 そして僕は雑食だ。基本、何でも食べる。


「プチトマトは食べるのに」


「あれは可愛い。見た目がいいから味は我慢する」


「好き嫌いしていると、大きくならないよ」


「あなたは胸が大きいね、男子なのに」


 食べれば太る。自然の摂理だ。仕方ない。

 人間、食欲に逆らうものではない。

 そして胸の話はしているつもりはないのだけど。


 この昼食同盟ができたのは、つい最近のこと。

 僕は普通に教室で一人お昼のお弁当を食べていたんだ。

 すると、隣の席のアリマさん。お弁当箱を開けて、スズメの涙のように啄ばんで、お弁当を閉じたのだ。

 僕の食い意地は、女子に話しかけるハードルを超えた。


「たたっ、た、食べないの?」


 アリマさんはこちらを真顔で見つめた。

 僕は沈黙に耐えきれずに、さらに言葉を紡いだ。


「だ、ダイエット中とか……はは……」


「食べれるものがなくて」


「ああ、アレルギーとか。でもお弁当だしそんなことーー」


「いつもは帰り道で鳥にあげてる」


 も、もったいない。捨ててないだけマシだけど。

 

「じゃあ、僕が食べてもいいかな」


 アリマさんは再び沈黙して、僕を見つめてきた。

 何を考えているのか分からない。感情の読めない顔をしていた。


「いいけど」


 口を開いて、ピンク色の楕円の弁当箱を僕の机に置く。

 こうして、お昼ご飯が増えたのだ。やったー。




「おいっ、デブっ」


 あ、めんどくさいクラスメイトだ。僕にドーナッツもくれたことがない。名前は知らない。


「失礼な。僕はポッチャリ系だと言ってるだろう」


「事実をそのまま伝える優しさを持ってるんだよ」


「それで、なんのよう。食事以外に興味ないんだけど」


「へー、アリマと仲良くしてるのに。性欲も出てきたんじゃねーの」


 ああ、それで絡んできたのか。

 僕は絶対に痩せてモテモテになるルートに入る気がない隠れイケメンなのに。

 痩せたらモテる?

 痩せたらおしまいだ。食を犠牲にしてまで、モテる必要なんてない。


「僕、彼女の弁当にしか興味ないよ」


「ほんとかぁ。女の子も食べれるようになっちゃたとか」


 僕が温厚なポッチャリでよかったな。

 本当なら全体重でのしかかるというお相撲さんもビックリな決まり手をするところだけど。

 僕の食欲パラメータが飢餓状態にならない限り怒ったりしないのだ。


「女の子は食べ物じゃないよ」


 なんでも食べれる。好き嫌いがないと言っても、あくまでそれが食べ物の範疇に入る限りだ。

 いや、もちろん比喩表現で実際は、思春期の欲望だって分かっているけど。真面目に取り合いたくない。

 だって、一食にもならないし。


「今度、紹介してくれよ。アリマ、ツレねーからよ」


「僕にも言われても……」


 とりあえず、紹介した。

 クラスメイトの男子と。




 数日後。


「よっ。ポッチャリ系。ドーナッツ食うか」


「えっと……」


 クラスメイトの男子がやけに爽やかになっていた。

 いったい、何があったのだろう。

 美味しいものでも食べたのだろうか。この世のものとは思えないような。

 食事は人格を変えてしまうからなー。


「もらうね」


「おう」


 ドーナッツをパクパクしていると、どうでもいい悩みは糖分の中に消えた。

 そして、僕は、アリマさんの弁当をもらいに行くのだった。


「アリマさん、今日の分は?」


「これ。あと、よろしく」


 相変わらず、ほとんど食べてない。

 それでもアリマさん、ガリガリというわけではない。普通の女子生徒と同じくらいの体型だ。


「アリマさん、食事足りてるの」


「昨日は美味しくいただきました。ありがとうね」


「何、食べたの」


「脳みそ」


 カニみそのことかな。まぁ、カニみそは脳みそではないけど。


「そうなんだ。よかったね。脚は食べないの」


「脚は食べない」


 余ってたらもらいたいなぁ、と思ったけど。

 さすがに遠慮した。きっと家族で食べ終わっているだろうし。


「カニバリズムって知ってる」


「もぐもぐ、ひっへるけど。ゴクン、人肉食べる風習でしょ」


「そうそれ。飢餓の時もたまに起こるソレ」


「おいしいのかなぁ。さすがに僕も人肉は食べないからね」


「えっ、お弁当に入ってるのに……ウソウソ」


 アリマさん、笑えない冗談はやめてよ。


「まぁ冗談はさておいて。カニバリズムって宗教的な意味合いや儀式的な意味合いがほとんどで栄養的な意味で食べないよね」


「そだねー」


「でも、わたしは食べちゃうわけなんだ。栄養的な意味で。クラスメイトくんはなかなかに美味しかった」


「生きてるけど」


 もしかして女の子を食べようとしたら、自分の方が食べられちゃったのかな。カマキリのメスがオスを食べるように。

 今どき、貞操観念逆転モノも流行ってるらしいし。


「人間の悪意をね、食べるの」


 ふふっと笑うアリマさん。


「だからね、もっと紹介してね」


 うんうん、一食一飯の恩だね。

 全然理解してないけど。




 アリマさんの食事風景を見たのは、この関係がだいぶ経ってからだった。

 ほとんどのものに興味がない僕だが、食事にだけは並々ならぬ興味があった。当然、昆虫の食事の仕方から魚の食事の仕方、肉食動物や草食動物、食への興味は尽きない。

 アリマさんの食事の仕方にも興味はわいていた。

 悪意を食べると言っていった。でも、そんな綿菓子みたいな曖昧なもの、どうやって食べるのだろう。

 それとも、やっぱり比喩表現。パンとワイン。


 アリマさんはーー。

 僕の悪意を喰ったのだ。

 パキリと頭蓋骨が割れて、脳から小さな小さな赤いカケラ。僕は幻想的だったその理解不能な現象の中で、彼女がそれを丁寧に口に含むのを見ていた。


 だから、僕は悪意を作り上げるのに必死になった。

 今度は、僕が食べよう。絶対に奪いとって。

 どんな味がするのかなー。



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