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尾道  作者: ムイシュキン
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1

 本土の島に戻ってきた私は、鉄道を使って西へと進んでいた。夕方を過ぎ、すっかり夜になっていた。


ぼうっと窓から外を眺めていると、踏切を通過する時、虎柄の踏切警標のすぐそばに白い服を着た女の人が立っているのに気が付いた。その残像が強烈に私の頭の中に残った。彼女は右手を上げて、私を手招きしているように見えた。次の駅で列車を降りて、その女の人がいる踏切を探した。踏切はいくつもあった。ここじゃない。まだ先か。と繰り返して線路沿いを歩き続けた。


駅からかなり離れた踏切に彼女はいた。私が踏切を渡ろうとした所で警報が鳴った。やがて遮断棒が下がる。それまで彼女は踏切の側にいた。暗くて顔はよく見えなかった。三両編成の列車が私の目の前を通過した。彼女はいなくなっていた。


 踏切を渡り、真っ直ぐ続く坂道にある街灯の下に彼女は右手を上げて立っていた。私がそれに気づくと、彼女は踵を返して坂道を登っていく。私はそれを追いかけた。途中、道が枝分かれになっていたが、彼女は街灯の下で手を上げて場所を教えてくれた。


細い道が数えきれないほどあった。暗闇で未知に満ちているその道の先が、世界のどこへでも通じているような気がした。


 しばらく追いかけると、寺の側の岩の上で彼女に追いついた。


隣に立つと彼女は「こんばんは」と私に声をかけた。


私は「こんばんは」と返し、続けて「踏切の側に立っていたのはあなたですか?」と尋ねた。


彼女は「私はずっとここに居ましたよ」と言った。しかし踏切や坂道で見たのは正にこの女の人だ。違うとしたら私が見たのは何だったのか。


 ここからは街がある程度一望できる。眼下には街のオレンジや白の光と、漆黒で細い水道と、その向こう側の島の光が見えた。


水道沿いを走る列車が建物の隙間から見えた。それを見た彼女は「ここは夜行列車が通るんですかね?」と聞いてきた。


それに対して私は「いや、この街は通らないですよ。列車に乗って隣町へ行けば走ってますけど」と答えた。


その答えを聞いて彼女は「そっか。この前読んだ小説ではこの街に夜行列車が走ってたんだけど…」と残念そうに言った。続けて


「夜行列車が走る街ってどんなだろう」とつぶやいた。


 「寒いから少し歩こう」と、彼女の提案で寺の少し上にある公園を二人で歩いた。桜が満開だった。春が訪れたとはいえ、夜はそれなりに冷える。なぜそんな寒そうな服を着ているのかと彼女に聞くと、読んだ小説のヒロインがこういう服装だったからだと答えた。


 公園内は夜桜を見に来た人たちで賑わっていた。屋台が出ていて、ビニールシートを敷いて食事や飲酒をしている人達がいた。


公園に新しくできた展望台へ上り、二人でそこからの風景を眺めながら話した。


彼女は水道の向こうにある島を指で差し、あの島から渡し船でやってきたと言っていた。昨日ここが舞台の小説を読み終えて、偶然にも近かった事からヒロインに似たような服を着てやってきたらしい。夏の物語だが、作品に惹かれてどんな場所か早く見たかったそうだ。


私の身の上も聞かれた。やはり逃亡していると正直には言えず、旅をしていると言ってお茶を濁した。


 展望台を下りて来た道を折り返した。


坂道を下りている途中で彼女は


「さっき言った『ずっとここにいた』ってあれ、嘘なんで」


そう言って下り坂をどんどんと降りて行った。


私は彼女を追いかけた。何故だか彼女がこのまま居なくなってしまう気がした。


やがて踏切が見えてきて、彼女が踏切道を通過してすぐに右へ進んだ後、警報が鳴って遮断棒が降りた。


コンテナをほとんど積んでいない貨物列車が長いこと私の道を遮った。貨物列車は深夜でも走るのだろうか。だとすれば旅客扱いのない貨物列車でも夜行列車になるのだろうか。


列車が通過している間そんなことを考えていた。


 遮断棒が上がり、踏切道を渡った。


彼女は既に夜の中に消えていた。


私は急に怖くなった。


思えば彼女には顔がなかった。

抜粋

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