はじまり
少々の同性愛的表現+冒険物語のため、多少の暴力的表現があります。以上のことをご了承ください。
1はじまり
ケモノの白い身体には、幾重にも絡みついた鎖。
その金の眼は渇望と狂気と、欠片の絶望がきらめく。
ケモノを急き立てるは女神の呪い。
目の前に立つは、ひとの子。
その灰青の眼には絶望と悲嘆、欠片の希望がきらめく。
長くケモノを押さえつけていた意志は、もはやなんの力も残っていなかった。
コレを喰えば、コノ飢え、コノ渇き、満たされるか?
打ち込まれた楔を引きちぎると、その勢いでもって獲物に牙をむける。
広がるは芳醇。
軽い酩酊がケモノを支配する。
幸福が血潮をめぐり、ぶるりと身震いした。
血とは、これほどまでに甘美であったろうか?
肉とは、これほどまでに腹を満たすものであったろうか?
遠く、ケモノの血肉に残る記憶がかすかによぎる。
地に落ちた白鷹の眼。
あれは灰青ではなかっただろうか?
戸惑いは、されど瞬く間に、血の香りに流される。
再び飢えに支配されたケモノは、獲物に爪を立てしるしを刻み込む。
誰にも奪われぬように、誰にも食われぬように、と。
「――しるしは刻まれた。
ぼくとおまえは縁を結んだ。
この鎖をもって、おまえの身体はしばられ、
この楔をもって、おまえの魂はこの地に封じられる。」
ひとの子とケモノの視線が重なった。
ケモノは驚いて飛びのこうとしたが、四肢に絡まる鎖は一切の動きを許さなかった。
絶望していた眼は、強い意志をもって、ケモノをみていた。
「…らず、かならず、ぼくはもどってくる。
狂える呪いから、あなたの未来を取り戻すためにっ!」
掲げ持った楔がいっそう輝きを放つと、ひとの子はしるしへ、胸に突き立てた。
あたりを閃光が、絶叫が天を裂く。
誓いをもって成された封印は、ひとの子をも縛る。
マガツ森の奥深く、ケモノはひとときの夢をみる。
再び目覚める日まで。
誤字脱字、ご一報いただければ幸いです。