第八話 仕組まれた災厄
私たちは、交易の成功を喜ぶ、里の者たちの歓呼によって迎え入れられた。
だが彼らの歓呼は、そのまま開かれた祝宴で最高潮に達した。アベルの紹介と彼と出会った経緯、ゴートの街の北方、深く広大な魔境の彼方に存在し、今なお魔法士たちが活躍する里の存在を知ったからだ。
既に失われたと思われていた、祖先の同族がまだ生きながらえていること、それは里の者たちにとっても驚くべきことであった。
翌日私は、アベルを伴い、我々の側にある魔境の中に建設中している隠れ里に向かった。
「こんな所に隠れ里を築いているとは、まさに我らと同じく、皆さんも魔の民ですね」
アベルは感嘆のため息を漏らした。
隠れ里といっても、小さな規模の村ではない。
もはや町といって良い広大な敷地は、周囲を背丈の20倍はあろう高さの土壁が取り囲んでいる。
その土壁も、外側は途中まで石積みされており、魔物が穴を掘って進むことはできない。
石垣をよじ登っても、途中から垂直に切り立つ固い土壁を超える事は不可能だ。
一旦門を超え中に入ってみると、土壁に囲まれた中には安全な耕作地が広がり、多くの食物が栽培され、家畜も放牧されている。
「いやいやこれは、我ら魔の民の里よりも、皆さんの方がよっぽど安全な集落を作っているのでは?
感嘆せずにはいられませんね……」
アベルは隠れ里の様子を見て思わず呟いた。
実際、彼ら氏族が暮らす里に負けずとも劣らない、むしろ機能的に、かつ防衛に重点を置いた作りになっているそうだ。
「恐らく、我ら人外の民の長所は、色々な氏族出身の魔の民が一緒に暮らしていることです。
我らは異なる属性の魔法を使える者たちが、互いに協力しながら生活の場を作ることができます」
そう笑って答えた私に、アベルは何か思うところがあったのだろう。
何か思案顔をした後、大きくうなづいていた。
「私も氏族の仲間、時空魔法士たちが住まう里に戻り、この里のことを伝えましょう。
異なる氏族の魔法士たちが協力しあうこと、その大切さが見えてきた気がします」
その後アベルは、長とも会談を済ませ、隠れ里を十分に見聞した後、広大な魔境の中にある彼らの里へと帰って行った。
アベルが去った後も、私たちは隠れ里を拠点に、魔境での生活基盤をどんどん整えていった。
時が経つにつれ、隠れ里にも住居が増えた。
念のため、隠れ里の住居についても全て魔物対策が施してある。
地魔法士たちの協力で作り上げられた住居は、一軒家ではなく長屋風の集合住宅だ。
集合住宅は、ドーナツ状の大きな円形をしており、一階部分は円の外側から見ると窓のない壁のみ、内側には窓や出入り口がある倉庫となっている。
二階部分と三階部分は住居エリアとなっており、各階30家族、合計で60家族が住まうことが可能だ。
隠れ里の内奥には、こういった集合住宅を4つほど作ってる。
正直言って、今の集落の人口なら、集合住宅は既に完成している1つで十分事足りる。
残りの2つは、今後各地から救っていく予定の人外の民たちに用意しており、いずれ入居してもらう場所として建設中だ。
また、4つ目の円形集合住宅は人間用ではない。
家禽や牛、豚、馬などの厩舎や倉庫となっている。
魔法を取り戻し、誇りと希望を取り戻した集落の人々の活力は、計り知れないものがあった。
彼らは瞬く間に隠れ里を整備し、暮らしやすい理想の地に変えていった。
隠れ里を拠点にできたことで、狩りの効率は再び上がり、これまでより多くの魔物素材を得る事ができた。
これには、アベルのお陰で増えた魔石と、新たに魔境での狩りで得た魔石を使い、魔法士が更に増えたことも一役買っている。
それにより、私が夢で見た実りの時期までに、更に2回、ゴートの街へ交易に出ることができた。
その2回とも、素材を売った対価で武具を揃え、馬や食料となる作物の種子も増やした。
それと並行し、月に一度ぐらいの割合で、集落を訪れていた行商人たちの足は遠のいていった。
彼らはもちろん、隠れ里の存在を知らない。
彼らの目から見ると、集落は訪れる度に目に見えて人が減り、閑散としているように見えた。
それだけではなく、集落での取引もどんどん先細りしていった。
「そんな素材じゃ、一握りの種にもならんよ。
もっと良い魔物素材はないのかい?」
最初は交易商人たちもそう言って、彼らにとってうまみのある商品を、里の者から引き出そうと試みた。
だが、集落の者たちは頑なだった。
毎回、大して利益の出ない物しか持って来なかった。
何故なら、集落から出している交易隊に託す方が、十倍以上の高値で売れることを知ってしまったからだ。
行商人たちは訝しがりながらも、とうとう折れて、うまみのない商品の物々交換や買取に応じていた。
そして、この集落での行商が何度か空振り終わると、彼らはついにここでの商いに見切りをつけた。
この集落を訪れていた2人の行商人は、今後の相談を始めた。
「もうこの集落もダメだな。
まともに魔境で狩りもできなくなっているようだ。
最近は碌な物が出て来ねぇ。
俺たちの知らない間に、魔物の襲撃でも受けたか?」
「そうだな、前に魔物がここまで来たこともあるし。
ここ最近奴らが出してくる物と言えば、他所に持って行っても大して値が付かん物ばかりだ。
だがおかしいぜ。奴ら、以前よりよっぽどいい暮らしをしてるように見えるのは気のせいか?」
「確かにな。魔境の獲物が無いにしては、誰も飢えているように見えんし、やせ細ってもいねぇ」
「あいつ等……、俺たちを出し抜いているんじゃねぇか?」
「もしそうなら、ただじゃおかねぇ。俺たちに舐めた真似しやがったこと、後悔させてやらねぇと」
「そうだな。
どうせもう此処からの上がりはたいしたことねぇし、役人と組んで根こそぎいただくか?
こんな辺境にある人外の民の集落など、消えて無くなっても誰も気にしねぇしな」
そう言うと彼らは、舌なめずりをしながら、魔境の畔にある集落を見回した。
かつては、魔物素材を安く買い叩き、ゴートの街など大きな都市に持っていけば高値で売れた。
他の商人たちは、忌避して近づかないこの里も、彼ら2人にとっては競争相手のいない、莫大な収益の源だった。
手のひらは返すためにある。
これは、彼らの格言だ。
「どうせ潰すなら、収穫直後が良いだろうな。
そうすれば、作物も山ほどあるだろう。
税として王国に納める前に集落が襲われて消えれば、その分も丸々手に入ることだしな」
「ああ、近くに軍を駐留させている、ドーリー子爵にも話をつけておこう。
俺たちにもきっちり分け前をいただけるようにな」
「ワハハハ、楽しみだな」
「ああ、今度は根こそぎいただこう」
こうして2人の交易商人は、盗賊にも似た野卑な笑いを浮かべた。
カイルの見た夢と同じ状況が、人外の者たちが住まう里に迫りつつあった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
しばらくは隔日の投稿になります。
次回は明後日9時に『現実となる夢』を投稿します。
どうぞよろしくお願いします。