本編コミック二話リリース記念間話 王国旗制定秘話
【前書き部分】はこの特別編から外伝をご覧になった方に向けた、登場人物の解説です。
◆登場人物
・カイル(初代カイル王)
本名は甲斐尊で、特攻隊として沖縄で戦死したはずが異世界に転移。
特殊な付与の力と未来予知能力で、虐げられた人外の民を率いて新天地を切り開き王国を建国し、成り行きで仲間から王に任じられてしまう。
・アルス(人外の民)
カイルが降り立った人外の里の出身。カイルにより地魔法士として魔の民の力を取り戻した。
機転が効きカイルの代理として任務を任されることが多く、彼の右腕として建国を支える。
・ゴウラス男爵(人界の民)
ローランド王国ケンプファー男爵領の元当主。
元々はカイルたちを追い、差し向けられた討伐軍の一員だった。同行した人外の民を囮として、魔物の餌にすることに憤慨し、彼らを守るために自軍を率いて反転。魔物との交戦で窮地に陥っていたところ、カイルに助けられ、兵たちと共にカイルに合流し、右腕の一人として建国を支えている。
カイルの勘違いから、名前が姓となり皆からは男爵と呼ばれている。
・ファルケ(人外の民)
カイルが降り立った人外の里出身。カイルの力を以てしても魔法士としては目覚めなかったが、元から剣技に秀でており戦闘能力は非常に高く、里では魔境で狩を行う部隊に所属していた。
今はゴウラス男爵と共に実戦部隊を率いている。
・ファル(人外の民)
カイルが降り立った人外の里の出身。カイルにより時空魔法士として魔の民の力を取り戻した。
当初はカイルの代理で交易に従事しており、彼を支える主要なメンバーのひとり。
・アース(人外の民)
カイルが降り立った人外の里の出身。カイルにより地魔法士として魔の民の力を取り戻した。
カイルに魔境の禁忌、魔物との戦いを教えた人物で、戦闘能力も高く彼を支える主要なメンバーのひとり。
・ヘスティア(人外の民)
カイルが降り立った人外の里の出身の女性。カイルにより火魔法士として魔の民の力を取り戻した。
魔法士としての能力も高く、戦闘運用にも秀でているため、開発や戦闘でも前線で部隊を指揮する。
夫と子供もいる女性ながら、彼を支える主要なメンバーのひとり。
・グレイブ(魔の民)
魔境の中に住む、聖魔法士の氏族のひとり。
当初はそのがめつさから、アルスを悩ましていたが、カイルから手酷く反撃され思いを改める。
カイルらに好意的な立場となり、聖の氏族の大使としてカイラールに移り住んでおり、いつの間にか主要メンバーの一人になった。
カイルたちが魔境の奥深く、カイラールという地に王国を定めて数年が過ぎた頃だった。
その日も以前からカイルに付き従う仲間たちと、定例会議が行われていた。
参加していたのはカイルは勿論のこと、アルス、ゴウラス男爵、ファルケ、ファル、アース、ヘスティア、そして何故かこの頃にはすっかり仲間内になってしまった聖魔法の氏族を代表するグレイブ大使だった。
「では、今日の議題も終わりだな。
食料の増産も進み、備蓄も十分だな」
そう言って私が見回すと、誰もが満足そうに頷いていた。
「まぁ、そりゃそうですね。
ローランド王国では六割から七割が税として持っていかれましたからね。
全員がたらふく食えるだけを差し引いても、十分に備蓄に回せますよ」
アルスの言う通り、まだ至って小さな国ではあるが、誰もが飢えることのない豊かな暮らしが約束されている。
それに……
「魔境の大地の豊かさには驚かされましたな。
ローランド王国や周辺諸国が魔境を焼き払い、開拓地としていることも頷けます。
我らの故郷、ケンプファー領ではこうもいきませんよ」
「それ故にあちら側では、魔の民は拠り所を失って苦しい生活を送ることになったのは、皮肉としか言いようがないですけどね」
「ファルの言った話は無理もないことと思うが、そもそも根本的に人界の民は魔の民を恐れ、人外の民を蔑んでいたからな」
「アルス、そして皆んな聞いてくれ。
だからこそこの国がある。魔の民、そして魔の民の末裔である人外の民、人界の民たちが手を取り合い共にある暮らし、それを俺たちは守らなければならない」
「ほっほっほ、我らも仲間に入れてもらえたこと、魔境の中に逼塞して生きるしかなかった弱者にも、カイル王のお陰で希望が湧きました」
そう言ったグレイブ大使の言葉も頷ける。
魔境という厳しい環境の中、氏族によって、いや、行使できる魔法によって生存できる確率が大きく変わってしまうからだ。
「それで男爵、ファルケ、戦闘部隊の育成はどうなっている?」
「はっ、現状では主に開発部隊、狩猟巡回部隊に分かれてはおりますが、凡そ二千人が即応戦力として確保できております」
「男爵に補足しますと、そのうち攻撃魔法に特化した者たちはおよそ700名おります」
ファルケが説明した者たちの内訳は、以下のようになっている。
火魔法士 200名
雷魔法士 200名
風魔法士 150名
氷魔法士 100名
重量魔法士 50名
「各氏族から招集された彼らと、私と共に移り住んだ人界の民を中心に編成された、騎兵500が攻撃の中心となります」
「それらに加え、主に開発部隊として活躍している800名か……、常備軍として見ればもうそれなりだな」
「王よ、それだけではありません。ファルケ殿が面白い試みを始めておりまして……」
そう、話には聞いていた。
ファルケと男爵で試行錯誤しながら行っている、魔法の戦術利用だ。
単に魔法をひとつの武器と使用するだけでなく、魔法と魔法、魔法と一般兵の戦術を融合し、より大きな効果を出す試みだった。
「ファルケ、戦でものになりそうか?」
「ははは、王のご期待に添えるようにしますよ。
元々火と風は相性が良いですし、弓矢を使った戦いで風魔法は目覚ましい効果を出していますからね」
このように、ファルケが生涯を掛けて研究した、魔法士を鍛え、戦術として活躍させる術は、後に彼が『ヴァイス』という姓を名乗った子孫たちに伝承されていくことになるが、これはまた別の話。
「そこでカイル王にお願いがあります」
「どうした男爵」
「できれば軍旗、いや、王国旗を定めていただきたいです。
我ら騎兵部隊は、これまでの流れでケンプファー軍の旗を使用しておりますが、それもまずいでしょう。他の部隊に至っては、連絡用の旗しかございません」
「おおっいいね! 私たちの旗印か。
旗があるだけで気持ちも纏まるというものだよ」
「ヘスティアの言う通りだな。
我らの陣頭に靡く旗、それがあるだけで士気も高まると言うものだ」
「昔は魔境で狩りばっかやってたアースも、今や指揮官らしくなってるじゃないか」
「ははは、違いねぇ」
ファルケを始め、皆が一斉に笑った。
確かに数年前とは誰もが背負っている役割も、内に秘めた力も全く別次元のものとなっていた。
「旗か……」
私はそこで押し黙ってしまった。突然言われても何も思い浮かばなかったからだ。
「いや、あまり難しいお話ではありません。
先程カイル王がお話された想いを象徴するようなものであれば……」
「いや、男爵! それって無茶苦茶難しい話だと思うわ。ハードルを上げたようにしか思えないのだけど……」
「あっ、いや、その……、私は……」
「男爵の言う道理も分かるし、ヘスティアの指摘も正しいと思う。そこでだ……」
※
その後一同は、頭を抱えて会議の場を出ることになった。
なんせカイルから、『それぞれ各自が相応しいと思う旗の案を、明日またこの場に持参するように』と言われたからだ。
そして彼らは、その日の夜遅くまで、頭を抱えて悩んでいた。
翌日になって、彼らは再び集まった。
それぞれ何かを書き留めた紙を持って……
「先ずは皆に礼を言いたい。
忙しい中、それぞれの想いを込めた意匠、我らの新しい国旗を定めるのに参考にさせてもらいたい。
もちろん、この中の誰かの案をそのまま採用する場合もある」
そう言うとカイルは、それぞれが提出した国旗案に目を通した。
「ヘスティア、これは炎を意匠化したものか?」
「ええ、火は人々の暮らしに欠かせないもの。
そして侵略者や魔物を焼き払う剣ともなります。
この国の在り方として、相応しいと考えました」
白地の中央に炎に見える重なった火が描かれているのを見て、カイルはなんとなく日の丸に近しいものを感じた。
火魔法士であるヘスティアらしいな、そう思いつつ……
「アースの案は……、断崖かな? 二つの大地を分つ峡谷にそびえる。そう言う意味だろうか?」
「はい、我らの国は人界の地を分つ新天地です。
人外の者たちが安心して暮らせる隔絶した世界、そういった思いで書いてみました」
アースの案はまるで水墨画のようだった。
そして左上から右下に向かい、一直線に裂け目のある断崖が描かれていた。
「アルス、これはもしかして定軍山かい?」
「はい、今は里として存在しておりませんが、定軍山は我らの自由の象徴であり、勝利した場所でもあります」
アルスの案は、高くそびえる定軍山と麓に広がる三角形状の扇状地が描かれていた。
アースといいアルスといい、地魔法を行使する者は大地に敬意を抱いていると言うことか?
ここでもカイルは、妙に納得してしまった。
「ファル、これは空に浮かぶ雲か?」
「はい、我らは今、空に浮かぶ雲の如く自由です。
ここには迫害も鎖に繋がれることもなく、誰もが自由に生きることができます。
多くの同胞に知ってもらいたいのです。空を見上げれば雲があり、空を通じて彼らと繋がっているのだと」
このファルの言葉も、カイルは改めて考えさせられた。かつては自身も……
『祖国を守るため空を駆り、死してもなお雲となり祖国に帰ろう』
そう思って散る覚悟で空に上がったからだ。
「男爵は……、三又の槍だな?」
「はい、人外の民、人界の民、そして魔の民。
この三種の民が共に生き、協力して外敵と戦う。
そんな願いを込め、国旗といたしました」
『なるほどな……、男爵のそれは私の思いに近い』
カイルは言いかけた言葉を、咄嗟に心の中にしまった。
まだ他の案を全て見ていない。最後まで見てから、自身の案と意見を言おう。
そう心に決めていたからだ。
そして次を見た時、カイルは思わず不用意に声を発してしまった。
「ほう? グレイブ殿のそれは十字架に近いな」
「「「「十字架?」」」」
カイルを除く全員が不思議そうに声を上げた。
それもそのはず、この世界には十字架の概念はない。
ただ、罪人を処する磔台は存在し、それはなんとなく十字架に似ている。
「これはもちろん、咎人を処するためのものです。ですが、人は描いておりません。
我らは、我らを迫害し貶める者たちを処断する力を持っていますが、同時に赦しを与え友とすることもできます」
ここまで来てカイルは改めて考えさせられた。
それぞれが皆、この国の有り様を考え、そして旗に落とし込んでいる。
『皆も気持ちは同じか……』
心の中でそう呟きながら、最後の一枚を見た。
「……」
そして衝撃の余り、暫く言葉を失ってしまった。
いや、思わず吹き出すのをなんとか堪えた、其方の方が正しいかもしれない。
「ファルケ、これは……」
「火喰鳥だ。えも言われぬ美しい漆黒の羽を纏い大地を駆け巡り、全てを焼き払う焔を吐き、その鉤爪はあらゆるものを切り裂く。
孤高の美しさと強さを兼ね備えた……」
『いや、ファルケ、言いたいことは分かる。
分かるんだが……』
そう思いカイルは絶句していた。
「どうしたんですか?
ファルケの案がそんなに良いのでしょうか?」
固まったままのカイルを不思議に思ったヘスティアは、席を立ちカイルの手元に広がる絵を覗き込んだ。
「!!!」
「ぶっ! きゃははははは!
ふ、ファルケ、あんたは。きゃはははっ、さ、才能があるよ……、きゃははは、ひっひ、火喰鳥……、ダメだ、勘弁しておくれよ」
余りにもヘスティアが悶え苦しんでいるので、不審に思った全員が席を立ち、絶句するカイルの手元を覗き込んだ。
「……」
一瞬の静寂の後、全員が大爆笑に包まれていった。
「ぶわっはっはっは、何だこれは!」
「ひっ! く、苦しい。火喰鳥が『コケー♡』なんて鳴かねえよ。はっ腹が痛え」
「わはははっ! いや、頼むから勘弁してくれよ」
「ぶっ! いや……、こ、これは失礼」
「魔物じゃっ、これこそ正に魔物じゃっ!」
ヘスティアと同様に、アルス、アース、ファル、男爵、グレイブと、全員が腹を抱えて笑い始めた。
そう、この時カイルらは初めて気が付いた。
ファルケは現代日本なら『画伯』と呼ばれる、類い稀なる(笑いを取る)画才を持っていたことに。
「てめぇら! 何がおかしい!」
「「「「「絵だよ!」」」」」
全員の言葉が見事に一致した。
「コホン! さて、全員の案が出揃ったので、私の案について話したい」
少しでも空気を変えようと、カイルは強引に話題を先に進めた。
「先ずは今回の皆の案を見て、それぞれに深い思いがあることが分かった。私の案を含め、不採用となっても各兵団の旗などに採用していきたいと思う」
「王よ、一点を除いて賛成です。
笑い過ぎて戦いに集中できない旗を除いて」
「アース、まだ言うか!」
まだ抵抗するファルケを、全員が可哀想な子を見る目で見ていたが、カイルは淡々と続けた。
「私の案はこれだ!」
「「「「「「おおおっ」」」」」」
そこには日本の七支刀が交差するデザインが描かれていた。
「交差する二本の剣は、人界の民と人外の民を指す。これらが互いに手を携えて交わり、この国を支える守り手となる。
そして更に、それぞれの剣に六の刃、剣二本で合計十二の刃は、十二の氏族がある魔の民を指す」
「なるほど、人界の民、人外の民、そして魔の民である各氏族が、共に手を携えてこの国を支える力となる。
それを体現した国旗ですな?」
「男爵の言う通りだ。
そして、込めた想いは男爵と同じだ」
「なら、恐らく決を取らずとも決まりでしょう。
王の案に異議のある者は?」
アルスの問い掛けに対し、全員が同じ意思を示した。少しだけ、納得のいかない一名がいたが……
「なんか……、俺だけ恥をかいたみたいじゃねぇか……」
「いや、ファルケの指揮する隊には、火喰鳥を採用しても構わないが?」
「いや……、それだけはご勘弁……」
ファルケが途中まで言いかけた時、意外な言葉を発する者がいた。
「ファルケ殿さえ良ければ、私の指揮する騎兵団の旗に採用したいと思っています」
『男爵! 正気か?』
誰もが言葉にこそしないが、そう思って驚愕して男爵を食い入る様に見つめた。
「もちろん! 絵については別途書き直し……、いや、別の者に描いてもらいますが。
旗に込めた想いのみ頂戴する」
「はははっ、ファルケの才が後世にも残る、物好きではあるが良いことじゃないか」
「アース殿、先程言った通り、絵は根本的に直しますよ。根本的に、です」
男爵は無意識に二回繰り返して、その点を強調した。
※
こうして、この場で500年先まで受け継がれる、二つの旗が決まった。
これらの旗は、途中で微妙にアレンジは加わったものの、ほぼほぼ同じ形で意匠は受け継がれていった。
ひとつはカイル王国を象徴する王国旗として……
もうひとつはカイル王国の王都騎士団が使用する騎士団旗として。
500年の年月を経ると、この経緯も歴史の中では取るに足らない些細な出来事として、逸話を受け継ぐ者は途絶えた。
だが二つの旗は、悠久の時を越え、蒼穹に雄々しくたなびき続けている。
長らくご無沙汰してしまい、大変申し訳ありませんでした。
今後徐々に書き溜め、月一度でも投稿できるよう進めて参ります。
本編のコミックい第二話が、7/25(木)に公開されました。
実はそこにカイル王国の国旗が登場します。
それに当たり、国旗の成立を記した特別編をお届けさせていただきました。
今後とも、本編小説、コミックともに、どうぞよろしくお願いいたします。




