第六十三話 カイル歴3年 氏族たちの思惑
私たちは予め招聘していたグレイブ大使の到着を待ち、会議の内容をその先へと進めることにした。
これまでの経緯で、12ある氏族のうち、聖、光、重力、時空、風と、5つの属性の魔法を行使できる氏族の代表がカイラールには揃っている。
これは、これまで各個に生きてきた氏族たちのなかで、バランスの大きな変化といえる。
そして、グレイブ大使を含む、6名の一行が案内に従い、会議室へとやってきた。
ん?
三人の後ろには、外見上からもそれぞれの氏族の者と思われる、3名の女性たちが付き従っていた。
取り合えず、特段紹介もなく、女性たちは従者のごとく振舞っていたので、議論を進めることにした。
「グレイブ殿、ネオ殿、グラビス殿、今日は是非お話したいことがあって、お集まりいただきました」
冒頭にそう挨拶して、私はこれまでの議論の内容を彼らにも共有した。
貴族制度、そして重力と風の氏族の対応、最後に、新しく建設される里について。
「もちろん、ネオ殿とグラビス殿には、そのままカイラールにご滞在いただいても差し支えありません。
これは大前提です。
制度面でも、聖の氏族を含め、選択権は皆さまにありますので、この点は予めお含み置きください。
これまでの打ち合わせで、時空の氏族、風の氏族は我々と新しい共同体となることを、氏族長代行より承認いただいたところです」
「成程、そういう訳ですな。
実は我らも、既に噂になっている件を聞きつけ、ご相談のためネオ殿とグラビス殿を伴い、カイル王にご相談に伺うところでした」
そう言ってグレイブ殿は、後ろを向き手招きすると、壁際に立っていた女性たちが進み出た。
「こちらの者たちは、聖の氏族長のご息女、並びに、光の氏族長であるイルム殿のご息女、重力の氏族長であるグラビス殿のご息女です。
この度、カイル王が時空と風の氏族と縁を結ばれると聞き、我らもそれに倣いました」
「あっ! いや、あれは成り行……」
私は慌てて言葉を止めた。本人たちを前に、『成り行きで婚姻することになりました』などと言える訳もない。
「その、二つの氏族に倣う必要はないのですよ。我らは皆さんと末永く……」
「あの、私たちに何か不都合でもございますでしょうか? どうか、私たちにもお情けをいただきたくお願い申し上げます」
私の言葉は、聖の氏族の女性の懇願によって遮られた。
彼女に続き、他の二人の少女も、思い詰めた表情で頭を下げている……
実は私は、余りにも予想を超えた出来事に固まってしまっており、その場は微妙な空気に包まれていた。
「ははは、カイル王は男冥利に尽きるってものですな。このように美しい女性たちから懇願されるとは、俺たちはあやかりたいぐらいですよ。
先ほど折角、合流した氏族はずっと守っていくと宣言されたんだ。彼女たちもその絆として、覚悟を決めてここまで来ているんだ。その心意気を買ってやってはどうですか?」
「ファ、ファルケ! お前……」
「お嬢様がた、こちらの朴念仁はこういうことに疎いお方でな、余りにも美しい花園に突然引き込まれて、ただ動揺しているだけなので、そんな心配げな顔をされなくても、大丈夫ですぜ」
「まぁ」
「ふふっ」
「良かった……」
ここまで相当緊張してきたのであろう彼女たちは、ファルケの軽口でやっと笑顔を見せた。
「あの……、差し出がましいようで申し訳ありません。
私たち二人も、カイル様を独占しようとは思っておりません。12氏族がみな等しく機会を与えられるべきだと考えています」
「私もカナル様と同意見ですわ。12ある氏族全てがカイル様と結ばれる。これこそ素晴らしいお話と思います。皆さまも一緒に、氏族とこの王国を繋ぐ架け橋として、新しい氏族の未来を作っていきましょう」
「はいっ!」
「是非!」
「喜んでっ!」
「あの……、いや、私の意見は?」
「ふふふ、王として、これからの国のため、せいぜい先頭を切って人口を増やしていただかねば。
先ほども、そういった未来を予見されていたではないですか」
「いや、アルス、それでは私は、守る代償に人身御供を求めた、傲慢な者に……」
「いえいえ、ローランド王国の貴族は、複数の女性を娶ることなど当たり前です。責任ある立場の者は、その血統を絶やさないこと。これも王たる者の務めですよ。どうか、ご観念ください」
「いや……、男爵。どちらかと言うと、私の王位は形式的なものであって……」
「女の私から言わせて貰えば、甲斐性ある男に嫁ぐこと、これは当たり前の話ですよ。
その点カイル王は、飛びっきりの上玉よ。私だってもう少し若くて、旦那や子供さえいなかったら……
コホン! まぁともあれ、まだ年端もいかない女たちが、ここまで覚悟を決めているんだ。
応えてあげないと男が廃りますよ」
「ははは、ファルケの言う朴念仁様は、これまで一緒に行動してきた女たちの思いにも気付いてないお方っだからな。カイル王が身を固めれば、それまで淡い想いを抱いていた彼女たちも落ち着く。
そうすれば、若い男たちが安心して伴侶を求めることが可能になるだろうしな」
「そうだな、この先我々も、各氏族との関りも増えてくる。これは最高の架け橋となる縁だと思う。
逆に、合流する側の氏族側の気持ちも、汲んであげるべきでしょうね。
彼らだって不安を抱えているのですから」
ヘスティア、アース、ファルの3人までが、愉快そうに参戦してきた。
どうやら私は、この件に関し四面楚歌、そういった立場のようだった。
「だが、肝心の彼女たちの気持ちはどうなんだ? 彼女たちに人身御供を強いるほど、私と私の行いは信用されていないのか?」
「あの……、改めてご挨拶させていただきます。私は聖の氏族長娘、ロザリアと申します。
私は以前、里に取り残された者たちの行く末を憂い、彼女たちと共に里に残っておりました。
でも、カイル様たちは私たちを救い、ここカイラールまでお連れいただきました。
あの時はとても感謝を、そして、増長し傲慢な父たちを懲らしめたお姿を見て、惚れ惚れしました。
あの時より思いを募らせておりましたこと、私が自ら望んで、ここに立っていることをお伝えさせてください」
「初めまして。私も噂を聞き、自ら進んでまいりました。イルムの長女、サクヤと申します。
私は、父がカイル様に非常に感謝していることを、常日頃から伺っていました。
ずっと隠れ住むことだけを行ってきた私たちに、新しい世界をくれたカイル様を、お慕いしています」
「このような形でお目に掛かれて、大変光栄に思っています。グラビスが娘、アトラと申します。
実はカイラールに来て以来、同じ重力魔法士のティアちゃんとは、凄く仲良くさせていただいていて……
彼女が奴隷となる時、優しく助けてくれた王子様のお話を、何度も聞いていましたよ。
だから父からこのお話を聞いたとき、是非にと喜んで参りました。
ティアちゃんの憧れの王子様、あ、今は王様ですが、それを奪ってしまって少し心苦しいですけど」
「……」
「朴念仁さま、と言うことです。何か問題でも?」
もう観念するしかないな。
ファルケのニヤニヤ笑う顔は、少し癪だったが。
「おおっ! そうでした。大切なことを忘れておりましたぞ。我らだけが、縁を結べた喜びに浸る訳にもいきませんからな」
グレイブ殿がそう言うと、懐から何か書簡のような物を取り出し始めた。
なにか……、嫌な予感がする。
「こちらは地の氏族長よりお預かりした文です。
彼らは常々、大地の恵みを求めて、危険な魔境の奥地を巡る旅をしておりますが、それなりに犠牲も出ておりまして……。この際、魔境の奥深くを開発する予定のカイル王に合流して、共に歩みたいと申しております」
そう言うと、恭しく書状を差し出して来た。
私は、予想と違った内容に安堵しつつ、その書状に目を通した。
そして、私はその考えの甘さを再度知った……
ひとつ、魔物病に沈んだ、エストールの地に隣接する彼らの里も、不安に包まれていること
ひとつ、彼らの里の近隣ではめぼしい鉱山も掘りつくされ、今は新しい鉱山を求めていること
ひとつ、危険な魔境の往来で、過去には多くの同胞を失い、忸怩たる思いであること
書簡にはまず、そのようなことが記載されていた。
できるなら、この先の方針として……
・カイル王の行う魔境の開拓事業に、地魔法士の特性をいかし、全面的に協力したいと考えている
・その対価として、開拓先に新たに鉱山が見つかった場合、その権利をいただきたい
・発見に至らぬ場合は、どうか鉱山探索に護衛部隊を、協力の対価として派遣していただきたい
・有望な鉱山が見つかった際は、そこに新たな里を築き移住するため、里の建設に助力をいただきたい
そんな事が書かれていた。
もちろん、ここまでは我々にとっても願ってもない話だ。
百人単位の地魔法士が一丸となって長城建設や新しく作る里の開拓、そして防壁工事に従事すれば、恐ろしい程の速さで各種工事は進むだろう。
そして最後に……
『お互いの友好の証として、娘をどうか娶っていただきたい。
近隣の氏族(風・時空)の話は噂で聞き及んでおり、どうかわが娘も、その末席に加えてほしい。
これは我らの、切なる願いである』
そう締めくくられていた。
「どうですかな? 十分にご検討いただける余地のあるお話と思われますが。
5人も6人も、大きく変わらぬものと思われますが」
くっ、グレイブ殿はこの書状の内容を知っている、そういうことか?
なので、聖、光、重力、地が、歩調を揃えてやって来たのか?
「カイル王、複雑なお気持ちは承知の上で申し上げますが、彼らとて生きるのに必死なのでしょう。
最善を求め譲歩と努力を行っている、そうお考えください」
男爵の言葉に私はとうとう観念した。
もう俎板の上の鯉になるしかない。
「全て……、了解した。この際だから、公平を期して皆の思惑に乗ることにする。
だが一つだけ、娘を差し出さずともこの先、協力は惜しまないつもりだ。このことだけは、ここに居る者を含め、広く周知してほしい。
そして、決して意に染まぬ者を、差し出して来ないようにと」
「おおっ! そのお言葉を聞き、安心しましたぞ。
実は火の氏族からも同様のお話を受け、近近氏族長自らがカイラールを訪問予定と伺っておりましてな。何卒、公平を期したご対応、よろしくお願いいたします」
「は?」
やられた! としか言いようがない。
グレイブ殿は私の言質を取る機会を伺い、敢えてこの件を後出しにしていたのか?
この日を契機に、カイル王国は一気に変貌を遂げていくことになる。
形式的にも、カイルを取り巻く環境自体も……
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は、2月15日9時に【加速する合流】を投稿する予定です。
どうか何卒、よろしくお願いします。




