第六十二話 カイル歴3年 新たな里の建設
カイルが意図しない婚姻の宣言を行った数週間後には、カイラールだけでなく、交流のある各氏族の里にも、ある噂が広がった。
時空の氏族長代理カナル、風の氏族長代理フロム、この2人の娘がカイルに嫁ぎ、将来生まれる子供を次代の氏族長に据え、それぞれが互いに末永く手を結び、支えあうことが決まった、と。
そして、その噂を聞きつけた者たちによって、新たな騒動が巻き起こる。
その日カイルは、主要者とカナル、フロムを集め、時空と風の氏族が住まう、新たな里の建設について話し合っていた。
「それでは両氏族の新しい里を、カイラールより北側の広大な空白地帯に築くとして、その規模と今後の対応ですが、以前に検討していた貴族制を採用するのは如何でしょうか」
「ゴウラス男爵、と言うと?」
「はい、これまでに聖の氏族、光の氏族、重力の氏族には、それぞれ異なった対応をとってきたと思います。これをこの際、我々に合流された氏族には、これまで通りの各氏族の独自性を認める代わりに、共同体という形をとるのです」
「それが貴族ということに?」
「我々がそれぞれの里を用意した場合、例えば一定の見返り、人手であったりごく僅かな割合の税をいただきます。その代わりに我らは、魔物の襲来や万が一、人界の民の侵攻、そして先の様に我らの庇護を求めてきた場合、全力で彼らの生命と財産を守ります」
「なるほど……」
「そして、各氏族長を頂点に、それぞれの氏族が新しい土地を開拓したとき、それぞれがその地のいわば領主になるわけです。そういった領主を束ねる者が氏族長であり、上位貴族となり優先権を認めます。
そして、それらに連なる者たち、各領主が中級から下級貴族になり、彼らの一族として独自性を持ちます」
ふむ、そうすれば氏族も納得するか?
うん、こればかりは等の氏族側に聞いてみないと、わからないかもな?
私が悩んでいた間も、議論は進む。
男爵の提案にアルスが応じた。
「なるほど、そういう意味では、カイル王はその上級貴族だけを取りまとめ、上級貴族は、中級から下級貴族を取りまとめる、そういう訳だな?
そうすれば、彼らの独自性と氏族長の権威を維持しつつ、王国との横並びの関係が保てると?」
「そうですな。今アルス殿が仰ったことが、我らとしても一番好ましい対処であると考えます。
そして、対価や税で、この先の不安に抗する力を保つことができます。
特に当面の間は、闇に抗する力を我らは持つ必要に迫られています」
「そうだな、当面はそれが一番の問題だろう。時空と風、二つの氏族も我らと合流すれば、その支配権を求めてくる可能性もあるしな。魔境というしがらみのない大地で、魔の民は自由に暮らしていると思った俺たちが、その点は我らも認識が甘かったのかもな」
その言葉を受けて、ヘスティアが立ち上がった。
「まぁ、ファルケが今言ったことも事実だけど、力を持ったからこそ、生じた悩みということじゃない?
人外の民として迫害されて差別され、生きていきことすら大変だったあの頃と比べると、天と地ほどの差があるわよ」
「確かにな……、日々貧しい暮らしを強いられ、豊かになれば里を襲われ、全てを奪われる。
もう誰も、あんな暮らしに戻りたいとは思わないだろう。ここは、なんだかんだ言って希望に満ちた大地であり、子供たちが健やかに過ごせている」
「俺もそう思う。ヘスティアやファルの言葉こそ、俺たちの現実を的確に表している。
俺たちはカイル王のもと、前だけを見て進めばいいことだ。
俺たちは助けを求めてきた者たちに応える。貴族に編入するのは、あくまでも助力を求めて合流してきた氏族、それで問題なかろう?
そうすれば、ゴウラス男爵の提案が、一番良いように思う」
このアースの言葉が、私には一番しっくり来た。
そこで私も決断した。
「皆の言葉で私も心が決まったよ。ありがとう。男爵の考えを基本方針とする。
良かったらその先も続けてくれ」
「はい、差し当たり、合流した氏族長には公爵を、そして、カイル王との間に生まれた血統には侯爵を与え、それ以外は当面の間、全て男爵とします。基本的に男爵が里以外の開拓地の領主となる訳です。
氏族単位で独自に、純粋な血統の公爵を選ぶか、それとも侯爵の氏族長を誕生させるか、自主的に選んでもらいます」
「分かった。では、それで行こう。次の課題だが、アルス、新しく作る里の規模はどうする?」
「そうですな。今後の事を考え、どの氏族が合流しても構わないよう、一定の基準を設けるべきですな。
我らが用意する里は、最大で1,000人規模の人口を賄える、十分な余裕があるものが妥当でしょう。
そしてここも北も、魔境の中では最奥の地です。安全な防壁内で農耕から全てが賄える広さが必要です」
「となると……、聖の氏族に与えた里、これと同等規模ということか?」
「はい、先日改めて新しく定まった度量衡を元に、計測を行いました。それに倣うのがよろしいかと。
里の広さは、一編が3キルの四角形をなし、周囲を20メルの防壁で囲います。
この広さがあれば、少なくとも600戸分の農地と、牧草地、1,000人分の住居を用意しても事足ります」
その規模なら、これまでに建設した実績もあるし、そこは問題ないだろう。
一点だけ、解決しなくてはならない課題も残されているが……
「では、アルスの提案に応じ、先ずは4か所の里を新たに建設しよう。先ずは時空と風、そしていずれ、光と重力の氏族が自らの里として移り住めるよう」
先ずは決めてから課題の解決方法を考える。
この時の私は、そう考えていた。
「カナル殿、フロム殿、お二方はそれぞれの氏族の代表者でもある故、これまでの内容について異論などがあれば再検討したいが、いかがだろう?」
「異論などございませんわ。私は旦那様の方針に従うまでです」
「私も同様です。それに風の氏族に新しい里を、こんなありがたいお話、一族の者も喜びます」
「あの……」
二人が喜んでいる傍らで、ヘスティアが遠慮がちに手を挙げた。
「既に作ってしまった聖の氏族の里は仕方ありませんが、それ以外の里はそれぞれ、カイラールを含め、距離を離した方が良いかと思われます。魔物病の対処でエストや定軍山を再訪した時に思ったのですが、距離が近いと伝染の可能性は高まります」
「それもそうだが……、奥深い魔境の中だ。移動は困難を極め、氏族間の交流は厳しくなるぞ」
「アルスの懸念はもっともですが、どのみち建設時には設営部隊も奥地に抜けねばなりません。
ならば、カイラールから長城、すなわちこれまでのように防壁の上に道を作り結べば良いのです。
少々手間は掛かりますが……」
ヘスティアの提案は、カイラールを起点として四方に伸びる触手のように街道、長城を建設するというものだった。
この建設は既に実績がある。もっとも、これまでのものはせいぜい30キル程度のものだったが。
「ははは、これはまた、手間の掛かる難事業だな。俺たち地魔法士のことも考えてくれよ」
「あら? アースたちだけじゃないわよ。街道(長城)を作る際は、私たち火魔法士も露払いで大変よ。どっちかと言うと、言い出した私たちの方が大変だと思うのだけれど……」
「光や重力の氏族の場合、逆に奥地で不便な土地の方が喜ばれるだろう?
長城で結ぶなら、カイラールからの出入りも監視できる。その方が安全だろうな。ヘスティアやアースたちの手間は掛かるだろうが」
「もちろん、そう言うファルケの護衛部隊も出張ってもらうわよ。当然のことよね?
もれなくみんな、お仲間よ」
「皆、改めて聞いてくれ。ここに集った魔の民を含め、俺たちはかつてない安住の地を手に入れた。
飢えに苦しむことなく、子供たちは健やかに育っている。
そして、町は徐々に発展しつつあり、専門職が必要な産業も、ケンプファー男爵のお陰で、徐々に軌道に乗りつつある。そうすればこの先どうなる?」
私の問いに、アルスが真っ先に答えた。
「人口が一気に増えますな。いや、我々はそうせねばなりませんし。あと、食料の増産も不可欠です。特に家畜類は、この先数を増やさないと、魔物の肉だけでは賄い切れないでしょうね」
「そうなんだ。食用にできるのは一部の魔物だけ。後は獣を狩って食用にしているが、いずれは手に入りにくくなる。かたや人界との交易路は閉ざされてしまった。
将来的に我々は、牧畜を今以上に積極的に行い、農地を増やし、食料を確保する必要に迫られる」
「だからこそ、余裕のある今、将来を見据えて動くべき、と?」
「そうだアルス。我々は立ち止まらない。一気に国として、中身も整えていかなければならない。
今は精々、カイラールも人口3,000人程度、辺境の地方都市レベルだが、先ずはゴートの街並みにしなくてはならない」
「承知しました。では……」
「会議中失礼します。グレイブ大使と、グラビス氏族長、ネオ氏族長がお見えです。
事前に呼び出しを受けている、とのことですが、お通ししてよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。丁度こちらも方針が定まったことだしな。お通ししてくれ」
会議に彼らが参加することで、その後の議論は一気に加速していく。
投稿がスケジュール通りにならず、大変失礼いたしました。
諸般の事情により慌ただしく過ごしている間、いつの間にかストックがゼロになり、それに気付いておりませんでした。
今後、改めて貯金を作りながら投稿を進めてまいりますので、当面の間は10日に一度の投稿とさせてください。
次回は、2月5日9時に【氏族たちの思惑】を投稿する予定です。
どうか何卒、よろしくお願いします。




