第五話 交易の開始 ゴートの街
隠れ里の建設は順調に進み、その目途が立ってきたころ、私たちは次の段階に進んだ。
まず、建設作業の傍ら、私たちは壁で囲われた中に畑を作り始めた。
収穫には時間がかかるため、事前に種をまき作物を育てることは、大事なことだった。
「いやぁ、一気に忙しくなっちまったな?」
「馬鹿言え、愚痴なんて言ったらバチが当たるぞ」
「いや、愚痴じゃねぇよ。最近、楽しくて仕方ねぇんだ。俺たちにも未来がある。
子供たちに残してやる、希望ができたしな」
集落の者たちも、このような会話を交わしながら、日々汗を流していた。
彼らは今、3つの組に分かれて作業を進めている。
一組目は、隠れ里の建設部隊だ。
彼らは、概要が整いつつある隠れ里の、防衛力を強化するため、日々汗を流している。
今、一番の気掛かりは外壁の信頼度だ。
地魔法士により、土は固く強固に固められ、そして高さも十分に作られた防壁も、時間を掛けて穴を掘られれば貫通するし、崩れもする。
彼らは日々、時空魔法士が運んできた岩を土壁の前に積み上げている。
石垣と呼ぶには、かなりお粗末な、ただ積んだだけのものだが、それでも信頼性は格段に上がる。
二組目は、隠れ里の内部開発部隊。
彼らは、防壁内の農地の開墾と作物の作付けを行うことと、里の者全てを収容できる住居を整備することが主な役割だった。
幸いにも農地に関わる作業は、非常に順調だった。
主に地魔法士が大地を耕し、その他の者が種や苗を植え、水魔法士が土を潤していった。
住居や建物についても、土作りの簡易なものの建設が進んでいる。
三組目は、通称留守組と呼ばれる者たちだった。
彼らは、元からあった集落近辺の畑の世話と、作物の管理だ。
勿論、他の組の仕事に従事している者の畑や耕作地も、全て留守組が面倒を見ることになっている。
幸いというべきか、狩りが非常に効率化できたこと、建設中とはいえ、魔境のなかに安全地帯ができたことで、元々そちらに向けていた人手を各組に振り分けることができたこと、魔法による各種作業の大幅な省力化が可能だったからこそ、できたことだ。
私たちは、隠れ里の進行状態を見ながら、もうひとつの目的であった、交易を進める準備を整えた。
こうして、第二段階である交易もまた、開始されることになった。
第一陣として出発したのは、護衛として選抜された火魔法士2名と水魔法士1名、雷魔法士が1名、輸送担当として、時空魔法士1名と……、私だった。
「人前で魔法が使えん場面でも、お主の剣は人目を憚らず振るうことができる。頼む!」
長からはそんな感じで頼み込まれた。
私自身この世界では、集落周辺と魔境以外の場所には出た事が無く、初めて見る外の世界、行程の途中で見る、他の村や町の様子に興奮していた。
「カイルの旦那、目的地であるゴート街まで、里から4日の移動になります。
まだ先は長いですから落ち着いてくださいな。
商人がそんなにキョロキョロしてたら、不審がられますぜ」
「申し訳ない。色々物珍しくてね。
でも、アルスが時空魔法士で良かったよ。今回もこうして一緒に旅ができる」
私は、時空魔法士であるアルスにたしなめられた。
彼は、私がこちらに来た直後、良く遊んでいたマルスの父親だ。
以前にマルスを魔物から助けて以降、彼は魔境での狩りでも常に私の傍らにいて、この世界の事情に疎い私を助けてくれている。
更に彼は、集落では数少ない、他の町を旅したことがある人間で、非常に貴重な存在だった。
そして、外見に限れば魔の民が持つ血統上の特徴が少なく、一目で人外の民とわかることもない。
彼と私は、見せ掛けの商品を積んだ馬車に乗り込み、他の4人は馬に騎乗している。
が、私は周囲の景色が珍しく、何度も馬車から飛び降りでは乗る、これを繰り返していた。
「何故今回、わざわざ遠くのゴート街を目的地にしたのですか?」
「カイルさん、理由は簡単ですよ。
集落の近くで魔物素材を売ったら、その出どころは私らって言ってるようなもんです。
でもゴートなら、集落近辺とは比べ物にならない広大な魔境が、街の北側に広がっているんですよ。
そんな理由で、昔からゴートは魔物素材を取り扱う店も多く、私らが里で売った素材も、最終的にはゴートに集まるみたいです。
そのため、魔物素材を売っても怪しまれないし、買い手も沢山いますからね」
「なら、もしかして同族の人外の民に会えるかもしれないですね?」
「残念ながら……
ゴートで暮らす人外の民は、まず居ないでしょう。
街や大きな村など、主に人界の人々が暮らす場所は、私らにとっては住み辛い所です。
我々が住まうことを認められているのは、辺境の、彼らが住むことのない不便な場所だけです。
あと、ゴート北側の魔境は、どれくらい広いか分からないぐらい、とんでもなく広く、棲息する魔物も危険なもものばかりと聞きます。
とてもじゃないが、そんな所に住める者はいないでしょうね。
今は魔物の侵入を防ぐための、防壁もあるらしいですし、普通は出入りできないようです」
「そうなんですか?
まだ他にも魔境があって、しかも、そんな場所も残っているんですね?」
私にとっては驚きだった。
この世界の人々を取り巻く環境は、かつて私が住んでいた世界よりずっと厳しい。
にも関わらず、彼らは逞しく生きている。
「ええ、ずっと先まで続く、果てのないぐらいの魔境だって聞いています。
噂では一時期、街を追い出された人外の民や、盗賊などの犯罪者が入り込んでいたらしいですが、全て魔物の胃袋に消えちまったそうですよ」
「そりゃ……、恐ろしい話ですね。
そんな話を聞いたら、誰も足を踏み入れたいなんて思わないでしょうね」
たまたまこの時交わした二人の会話が、後になって、私たちの最大の転機に繋がる切っ掛けとなるとは、この時点では思いもよらなかった。
※
里を出発して4日後、我々はゴートの街に入った。
街は高くそびえたつ立派な城壁に囲まれ、さながら城塞都市のような雰囲気すらあった。
入城するため門の前で列に並び、衛兵から詰問を受けたが、辺境から魔物素材を売りに来たことを告げ、商品の一部を見せて入城料を支払うと、街の中に入ることが許可された。
意外とすんなり入れたのは、アルスがこっそり売り物の、ヒクイドリの羽根を衛兵に数本渡していたことが、理由だったみたいだったが……
門内に入ると、中央に広い道路が走り、多くの店舗が立ち並んでいた。
更に、中央の道路と交差し、碁盤の目のように広がる左右に広がる道路の脇には、所狭しと露店が並び商品が売られていた。
私達は、一旦宿屋に馬と馬車を預け、手に持てる商品だけを持ち、先ずは露店に向かった。
我々には商品を卸す先の当てもまだ無かったため、先ずは情報を仕入れることが先決だった。
先ずは商店に並んでいる商品を見て、それについてアタリを付けることから始めた。
「カイルさん、あれ、ヒクイドリの羽根ですよね?
質はかなり悪いみたいですけど」
「確かに……、ん? 値段、おかしくないです?」
「ですよね。いくらなんでも高すぎます……」
そういってアルスは青ざめた顔をしていた。
何故なら、先ほど門番に渡した羽は。5枚づつ3人に渡したので都合15枚。
いつも集落に訪れて来る商人への売値なら、微々たるものだ。
だがここで売られている値段は、明らかにおかしい。
例えるなら、集落で1枚100円で引き取ってもらっている物が、ここでは数千円で売られている。
しかも、質の悪い小さな、そして艶のない羽根がその値段で売られているのだ。
アルスはそんな感じで、いささかショックを受けている様子だった。
私は思い切って露天商に話しかけた。
「兄さん、ちょっといいかい?」
「はいよ。毎度っ。何か用かい?」
「ここは買取もしてるのかい?
実は私も、ここに並んでいるヒクイドリの羽根を数十枚ほど持っているんだが……」
「ん? なんだ、余所者か。
俺たちの仕入れ先は決まっているんでな、悪いがそれ以外から買う訳にはいかんのだよ。
街中の服屋や武器防具屋、鍛冶屋などに行ってみな。持ち込みの買い取りをしてる店もあるからよ。
まぁ、もし、そこがダメだったらもう一度来な」
「ご親切にありがとうございます。助かりました。
その際には、よろしくお願いします」
だが、一見親切に答えた露店の男は知っていた。
貴重品と言われ価値の高いヒクイドリの羽根でも、少数の持ち込みで買い取ってくれる店などない。
魔物の羽や毛皮は、少なくとも一頭単位、物によっては数頭単位でないと、店舗側はまず買ってくれない。
それが常識だった。
「せいぜい酷い目にあって困り果てて戻って来な。
その時は俺が、安~く買い取ってやるからなっ」
雑踏のなか、買取先を求め移動する彼らの後ろ姿を、露天商は舌舐めずりしながら見ていた。
私たちは先ず、商売上の常識、そこから学ぶ必要があったことを、この時はまだ知らなかった。
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次回は明後日9時に『奇跡の出会い』を投稿します。
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