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過去と未来を紡ぐ始まりの物語 ~カイル王国建国史~  作者: take4


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第五十五話 カイル歴2年 人外の楽園

仲買人ドールとの商談をまとめたあと、アベルとファルケは大多数の者を倉庫の管理者として残し、少数でケンプファー男爵領へと馬を走らせていた。


以前、ゴウラス男爵の一行に同行していたファルケは、ケンプファー家の家宰と面識があった。

そのため、彼は教えられた手順で家宰への面会を取り付けると、前当主であり、ゴウラス男爵の印璽が封印に施されている手紙を家宰に託した。


そしてその後、アベルとファルケは屋敷内に招き入れられ、現当主、ジーク・ケンプファー男爵に面会することができた。



「手紙の内容は拝見した。義兄上ご息災でいらっしゃるのだろうか?」



「はい、彼方では現在、ゴウラス男爵として、新しき国を支える柱石としてご活躍されております。

お心遣いにより同行した、全ての者たちも元気に、そして希望に満ちた日々を過ごしています」



「そうか……、それは何より。本当に良かった」



アベルの言葉に、ケンプファー男爵の傍らに立っていた、唯一同席をを許可されていた家宰は、男爵と等しく喜び、そして無言のまま涙を流していた。



「手紙によると、其方たちから直接話を聞くように、そう記されていたが?」



「はい、私たちは男爵より言伝を預かっております。先ずはこちらをお納めください」



そう言うとアベルは、どこから取り出したのか、重厚な作りの大きな木箱を抱え、男爵の前まで運んだ。

家宰がそれを受け取ると、男爵ジークの前まで運びその蓋を開けた。



「な、なんとっ!」

「こ、これは……」



中身を見て、男爵ジークと家宰は驚きの声を上げた。

そこには、見たこともない数の魔石が、箱いっぱいに詰められており、その上に一通の手紙が添えられていた。

魔石の種類は定かではないが、仮にありふれた種類の魔石だけだったとしても、男爵領の年間収益を遥かに超え、軽く見積もっても、数年分の収益に相当する量だと分かった。

そしておそらく、飛びぬけて高額の希少な魔石が含まれていることも、理解できた。



「どうか、先ずはそのお手紙をお読みください」



アベルに促されて、男爵ジークは震える手で封印を外し、中身を読み始めた。

何度も何度も見返して、そして読み終わるとその手紙を家宰に手渡した。



「義兄上は……」



その言葉を発したのち、男爵は言葉を詰まらせた。

義兄からの手紙には


・新天地で元気に暮らしていること

・同行している兵たち、その家族、新しく加わった者たちも健やかに暮らしていること

・自身の施策を引き継ぎ、人外の民を保護してくれていることに、とても感謝していること


などの内容が冒頭に綴られていた。


『ジークに負担を掛けるのは忍びないが、これからも引き続き、虐げられた人外の民を保護し、彼らに生きるための糧と、その喜びを与えてあげてほしい。一緒に添えてある魔石は、そのための資金として、人外の民を守る男爵家を、守るための資金として使ってほしい。これが、我が王と、私の願いである』


更に中段には、


・彼らは先触れであり、春になれば本隊が物資調達のためにそちらを訪れる予定であること

・その際には、男爵家で調達できる範囲で構わないので、物資を調達したい

・対価はこの手紙の入った木箱とは別に、魔石を用意してあるので、その労を担ってほしい

・当然ながら、これは商売上の取引として、男爵家にも相応の利益を確保する前提で頼みたい


そういった内容が書かれ、


『最後になるが、私も新天地で新たに妻を迎えることになった。今は亡きナタリーと血を分けた其方には大変申し訳ないが、どうかそれを許してほしい。我妻となるべき人は、かつての魔の民の血を引く、自愛に溢れた尊敬すべき女性である』


最後に、ゴウラスからの詫びの言葉が綴られていた。



「義兄上も、新しい幸せを掴まれたのですね。本隊には兄上も同行されるのですか?」



「今のところ、その予定と伺っておりますが、まだ定かではありません」



「そうですか、是非直接、お祝いの言葉を言わせてほしい。そうお伝え願います。

来訪が叶わぬ時は、どうか末永く、お幸せにとお伝えください。本隊がいらっしゃるまでに、私からもお祝いの品はご用意させていただきたく思います」



「確かに承りました。そしてこちらが、商取引において我々がお支払いできる対価となります。

この箱の中の魔石を対価に、必要な分だけお使いください」



そう言うと、アベルはいつの間にか、新しい木箱を手に抱えていた。

その木箱には、仲買人が三分の一だけ受け持った、残りの三分の二の魔石が詰められていた。



「なっ!」



もう男爵は言葉にならなかった。

これだけの魔石、一気に流通すれば、ローランド王国の流通は大混乱に陥るだろう。いや、周辺諸国の魔石相場すら、激変してしまう量だ。



「ふう、物の価値感が根底から狂ってしまいそうだな……

悪いが早速、動いてもらえるか? 不自然な形にならないよう、体裁は取り繕ってな」



数日後、男爵領には新な布告が出された。


ひとつ、領内にて大規模な開拓事業を進める

ひとつ、その対価として、男爵家は先祖伝来の宝物を市場に放出する

ひとつ、開拓にあたり、数多くの人足を募集するが、その出自は問わず、等しく同等の対価を支払う

ひとつ、女子供でも、それを補助する仕事を用意するので、それらを斡旋した者にも対価を支払う


この布告は、男爵領外の人界の民と呼ばれた者たちには、当然のことながら至極不評であった。

人外の民と共に働くこと、同等の待遇というのが、我慢のならないことだったからである。

だが、人外の民たちには救いの手となる内容で、彼らにとっては賃金も破格の条件であった。


結果、多くの人外の民が集まり、小さな里では、里ごと丸々ケンプファー領に訪れる者たちさえいた。

同時に、ローランド王国全土で、奴隷として囲われていた人外の民も、働き手として使い手のない子供たちを中心に、その多くが売り込まれてきた。



商人たちは、この特需を見逃さなかった。

ケンプファー領に物資を持ち込めば、たちどころに売れていくのだから。


そして戦災で市場に流れていった、人外の民の奴隷たちも、以前にも増して密かにケンプファー家に買い取られていった。



「戦災で多くの兵を失い、遂には伝来の家宝まで売り捌くとは、ケンプファー家も落ちたものだな。

忌まわしい血を持つ者まで、領民に加えるとは……、ああはなりたくないものよ」



「聞いたか? 現当主は、慰み者にするため、女子供も見境なく奴隷を買っているそうだ。

貴族の面汚しと言うべきだな」



そんなやっかみも貴族間ではまことしやかに囁かれていたが、ケンプファー家からは王家や上級貴族に対し、付け届けとして高価な魔石が献上されており、それらが問題となることはなかった。


そして商人たちは、実利重視で商売に勤しんだ。



こうして、既にドーリー子爵によって、開拓民として集められた人外の民を除き、ローランド王国中の人外の民たちが、ケンプファー領に集まり始めた。


彼らにとって、虐げられることのない、楽園の地に。

ケンプファー男爵領は、人外の民にとって、希望の地となった。



これらの結果、ケンプファー領の人口は一気に増え、人口比に占める人外の民の割合は、近隣の領地に比べ極端に高くなっていった。

それらによる人口増加に伴い、潜在的な生産能力は飛躍的に向上した。

かの地では、彼らが領民として定住するための大胆な優遇施策も採られ、入植も伸び、兵卒や官吏として採用される人外の民さえ出始めていた。


当初は冷笑し、資金が続く筈もないと高をくくっていた各貴族も、いつしか焦りを覚えるほどに、豊かで恵まれた領地へと変貌しつつあった。



その後もケンプファー領は発展を続け、ローランド王国では伯爵号を有する名家にまで発展する。

時は流れ、500年を経過したのち、ローランド王国が滅亡した後も、ケンプファー家は命脈を保ち続けた。


グリフォニア帝国の一部となり、紆余曲折ののち、分家であったアストレイ家が伯爵家となり栄達したときも、本家は男爵となっても、祖先から受け継いできた所領を守り続けた。


ケンプファー領に、突出した数の人外の民、魔の民の血統を受け継ぐ者が存在しており、更に、ここに至ってもなお、ケンプファー家には大量の魔石が存在していたことは、500年前のこれに端を発している。


それは、500年後の当主である、ジークハルトが、帝国領ではほぼ不可能であるといわれた、領内での魔法士の新規発掘に成功した、大きな要因のひとつとなっていた。


カイル王国の好敵手である彼の手に、魔法士がもたらされるという、少し皮肉な形に帰結してしまうことを、当時の彼らは知る由もない。

最後までご覧いただきありがとうございます。

次回は、12月11日9時に【再訪のゴート】投稿する予定です。

どうか何卒、よろしくお願いします。

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