第五十話 聖の氏族の逆襲
我々の最後の旅は、予想以上に順調だった。もちろん、これまでの苦難に比べれば、とういう話だが。
魔物の襲撃はもちろん随所であったし、予想外の出来事ももちろん日常茶飯事で発生していた。
その中でも一番驚いたのは、聖の氏族の領域を通過するときだった。
当初は仮で、第二エストと呼ばれた場所、光の氏族の領域を抜け、聖の氏族の領域の手前にある中継所は、周囲に粘土質の赤土が広がる場所だった。
ここも漏れなく、アクアによりクレイランドと名前が付けられており、比較的余裕を持った大きさで作られたここで、我々は比較的長めに滞在し、旅の疲れを癒すとともに、この先に進むための英気を養っていた。
そしてこの先、聖の氏族の領域を通過するにあたって、里に約束の食糧を届けるため、クレイランドを出発し、聖の氏族領域内に設けた1番目の中継所に入ったとき、私と一部の者たちは本隊と別れ別行動をとり、彼らの里を訪れた。そして、その時に事件は起こった。
「氏族長がご不在ですか? それは残念です。約束した食料とご挨拶に、と伺ったのですが……
では、グレイブ殿に代わりにご挨拶させてください」
私がそう伝えると、聖の氏族の里にいた彼らは、少し困惑したような顔つきでこちらを見ていた。
グレイブ殿は、最終目的地まで同行した後、我々と共にエストに戻る旅に同行し、聖の氏族の領域で別れ、彼らの里に戻っていたはずだった。
「そ、その……、長だけでなく、グレイブ始め、多くの者たちは今、里を出払っておりまして……
長からは多大なる恩を受けたカイル殿たちに対し、これ以上の対価は不要、そう申し使っています」
「……」
「カイルさん、これはどう考えてもおかしい話だぜ。強欲な奴らが、こんなにもしおらしく対価の受け取りを遠慮するなんて、何か裏があるんじゃねぇか?」
「そうですね、以前に来た時と比べると、大きく人の数が減っています。里に残っている者は殆ど居ないように思えます。老人や女子供たちの姿も見当たりません。私から見ても、明らかに違和感があるのですが……」
沈黙する私に代わって、同行していたファルケとソラが訝しがりながら話していた。
というか、彼らの会話は私に聞こえるぐらいだから、対応に出てきた聖の里の者たちにも丸聞こえのはずだった。
私には彼らが、若干顔を引き攣らせているように見えた。
「カイル殿、実はその……、一つお願いがございまして」
ファルケが『そた来た!』とばかりに表情を曇らせた。
ソラも目で何かを訴えかけてきているように思えた。
「我々にできること、そして無理のない範囲のことであればご協力したいと考えていますが、どういった内容でしょうか?」
「難しいお話ではありません。カイル殿たちの旅路に、一部の里の者を同行させていただきたい。
それだけのお話です」
「ふむ……、どうしたものか。何のためのご同行でしょうか?」
後ろを振り返ると、ファルケが手を大きく交差させて、思いっきりバツ印を作っている。
私はそれを見て、思わず苦笑してしまった。
「まぁ、同行は認めても構いませんが、身の安全は保障しませんよ。我々も守るべき者たちや家畜を引き連れての旅です。護衛の余裕はありませんからね」
「も、ももちろんですっ! お手間はお掛けしません。どうか、お願いいたします」
このような経緯で、我々は聖の里に住まう者たちの同行を許可した。
その裏には、以前クーベル殿やファラム殿に話した、氏族の大使館のようなものをカイラールに設置し、これに聖の氏族も加えたいと考えていたからだ。
因みに、我々の最終目的地、安住の地となる場所は、この旅の出発前にアクアがカイラールと名付け、満場一致でその名称が採用されている。
このような経緯で、我々は聖の氏族を伴い、本隊が目指している聖の氏族領域内二番目の中継所を目指すことになった。
そして、まさに出発しようとしていた時、ファルケが慌てて駆け寄って来た。
「カイル殿! あいつらおかしいぞ! 全員が多くの荷物を抱え、俺たちに付いてくるつもりらしい。
この里に残っていた者たち、全員だ。おかしくないか?」
「まぁ確かに彼らの行動は不振だが、聖の里の全員でもあるまい。この里に残っている者は百名前後、今出払っている数の方が大多数だ。まさか里丸ごと付いて来る訳でもなかろう」
そう言って私は苦笑しつつも、彼らを咎めることはしなかった。
だが、すぐに私は、自身の認識の甘さを思い知ることになった。
聖の氏族の領域、その北東の端にある中継所へと移動した我々は、先に移動して到着していた本隊と合流するや否や、血相を変えたファルが駆け寄って来た。
「カイルさん! 何ですかあいつ等は?
聖の氏族を引き連れて、カイラールまで移動するなんて聞いてませんよ!
奴らは勝手に中継所の中も作り変え、我が物顔で居座っていますし……」
「うん……、まぁ、彼らの領域内に作った中継所は、我々の通過後は彼らに譲ると言っていたものだし、少々気が早い気はするが、大目に見てやるしかないだろうな。
それと、周知が遅れて申し訳ないが、聖の里からカイラールまでの同行依頼があって、百名ほど連れてきている。伝えるのが遅れて申し訳ない」
私がその話をしたとき、ファルは一瞬きょとんとしたが、すぐさま蒼ざめた顔つきになって話し始めた。
「いえ、その、既に中継所の中には女子供、そして老人たちが、大量の荷や荷馬車を伴って三百名近い人数が入っています。もちろん、我々ではありませんよ」
「な、なんだって!」
私はこの時になって初めて、ことの重大さに気付くことになり、絶句してしまった。
聖の里に居なかった大多数の里の者は、足の遅い者たちを中心にした一団は、我々に先んじて移動し、中継所に入っていたのだから。
言葉に詰まってしまった私に代わり、ファルケが応じた。
「ファル、どういうことだ?」
「奴ら、食料の対価を払い、カイラールまで護衛してもらうことになったと、そう言っています」
「ちっ! あの守銭奴どもが殊勝なことを言っていたのは、このためか!
カイルさん、族長なり代表者を呼び出し、奴らを追い返しましょう。ずうずうしいにも程がある!」
「嵌められたな……、どうせ中継所には代表者もいないんだろう?
そして里の者たちには、しっかり言質を取られているということか……」
私は自嘲しながら、そう呟いた。
そう、何のためにグレイブ殿が、何の見返りもなく我々の旅に同行していたか。
建築中のカイラールを見て、目を輝かせていたか。
全てが繋がり、合点がいった。
広大な危険地帯である魔境の中でも、比較的安全な土地にある聖の氏族の里、幾重にも広がる竹林囲まれたそこは、魔境の中でもかなり安全な、特異な場所といえた。
だが、その地に里を構える聖の氏族も、完全に安全とは思っていなかった。
強い魔物は竹林を超えて侵入してくる。だが、それに対処する魔法攻撃手段が、彼らにはない。
そんな彼らが、安全な城壁に囲まれた土地、魔物に襲われる心配もない畑や住居を見たとき、どう思うだろうか?
私には想像力と、人の心の機微に対する感度が、大きく悪かったと自覚した。
「ファルケ、ファル、こうなっては致し方ない。彼らをこのまま見捨てる分けにもいかないだろう。
もちろん、グレイブ殿始め首脳陣には、たっぷりとオシオキが必要だとは思うけどね。
恐らく彼らは先行して既にあちらに居るんだろう。久しぶりにカイラールで彼らと会えるんだ、今から楽しみだな」
そう言って私は冷たく笑った。
正直に窮状を訴え、交渉してくれれば良かったのに……、こんな嵌め手を使ってくることに、私自身、不快な気持ちで一杯だった。
彼らがそういう積りなら、こちらにも考えがある。
違う意味で、カイラールへの到着が楽しみになった。
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次回は、11月6日9時に【目には目を】投稿する予定です。
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