第四十九話 終の棲家への旅
我々は、長い時間と魔境の危険地帯を走破したうえで、ついに目的地となる大地に辿り着くことができた。そこが、自身たちの約束の地、希望の大地となることを信じて。
そして、我々は遂に、今そこにいるのだ。
宴が終わった翌朝、私は皆を集めた。
「みんな、我々は今やっと始まりに辿り着けたに過ぎない。ここからが始まりなんだ」
私はまだこの先も試練が続くこと、それを皆に共有し気持ちを切り替えてもらうべく話し始めた。
もちろん、皆の表情は希望に満ちており、一様に明るい。
「カイルさん、今までは終着の見えない旅だった。だが今は違う。なぁ、ファルケ」
「ああ、アルスの言う通り、今までは得体のしれない、目的地が何処かも分からない旅だった。
でも今は、安住の地となる目的地が見え、これからそこを切り拓くんだ。誰もが気合が入るってもんでしょう。今日からの作業、号令が掛かるのを全員、早起きして待ってたんだぜ」
「マルス、ファルケ、ありがとう。今は小さな、仮の安全地帯だが、先ずは全員でここに本隊が住まうことのできる町をつくる。できれば、エストより大きな町を」
最終目的地で、ひと時の休養と各位の労をねぎらったあと、先ずは町とする中心部分、大きさにしておよそ3キロ四方の、安全地帯を構築する作業に取り掛かった。
もちろん、これらは暫定的なもので、順次拡張を進める予定の前提で。
「これから先ずは全員で、最初に町とする部分の外壁工事に取り掛かる。先ずは絶対に魔物の侵入を許さない、堅固な壁だけでいい。
アース、地魔法士たちを率い、外壁構築の指揮を。まず外側が土壁で構わない。
アルス、時空魔法士たちを率い、外壁の内側を石作りで堅牢にしてほしい。
ファルケ、討伐隊を率いて、周囲の調査と外壁工事の護衛を頼む。
ファル、水魔法士、地魔法士を付けるので、水の手確保と、本隊の受け入れ施設の建設を頼む。
ヘスティア、火魔法士を率いて、建設予定地を焼き払い、その後は外壁建設部隊の護衛を。
外壁が整い次第、一部の者を残し、本隊を迎えに行く。15日、その期間になんとか目途を付けてほしい」
そう、昨年の収穫後にエストを立ち、既に100日以上が経過している。
春までに戻ると言っていた以上、それぐらいには本隊に再合流し、秋から始まる大移動に備える必要があった。
彼らは精力的に作業に取り組み、高さ20メルほどの外壁が、日々伸びていった。
そして、私の宣言から10日後には、出立の準備が整った。
「アルス、いつも済まない。我々が戻るのは、今年の秋の収穫を終えてからだが、地魔法士を中心に100名をこちらに残していく。戻るまでに町の準備と畑の準備を整えておいてほしい」
12日目の朝、準備部隊とその指揮官であるアルスを残し、我々はエストへ戻るべく出発した。
往路で魔境を抜ける街道を整備し、避難所や中継所も作ってきているため、10日前後でエストには戻れるだろう。
今度はそこを、騎馬や荷馬車で駆け抜けるだけだ。
各氏族との交渉も、余計な立ち回りも不要だ。
我々150名は、一部の街道や施設の補修を行いつつ、逸る気持ちを抑えつつ、エストへと急いだ。
※
後になってカイル歴1年と呼ばれる年の冬の終わり、我々は出発時の予定より少し遅れた13日後、遂にエストの中継所に到着した。
中継所の門をくぐると、先ずは農作業の手伝いをしていた子供たちが一斉に走り寄り、少し遅れて外壁に囲まれた畑で作業をしていた大人たちが、みな作業を中断して手を振りながら駆け寄ってきた。
「カイルさん、お帰りなさ~い」
「待ってたよ~」
「お父さんは? 一緒にいないの?」
「皆さま、ご無事で何よりです!」
「カイルさま、ご首尾は?」
一気に数十人に取り囲まれ、口々に声を掛けられ、私はちょっと閉口してしまった。
無理もない、半年まではいかないが、250名もの仲間が長期間に渡り不在にしていたのだから。
「皆、詳細は後程報告するが、先ずは安心してほしい。遠征部隊250名、誰一人として欠けていない。
残ったもの100名は、皆の移動に備えて我らの終の棲家のの整備を行っている。
今年の秋、収穫を終えれば我々は、ついに自分たちの大地、希望の地へと旅立つことになる」
「おおっ!」
喜びの歓声が巻き起こり、防壁の奥にある居住地区へ進む我々に、皆が付いて来た。
そして、町の中心部、内壁に囲まれた場所の入り口には、元長、そして町に残る全員が列を作り待ち構えていた。
「カイル殿、いや、長……、とうとう、やりましたな。
本当に、本当におめでとうございます」
「長老、その涙は是非、皆が移動し終えたときに取っておきましょう。
これから収穫後の大移動に向けて、忙しくなりますよ」
歓喜のあまり涙を流す、長老の肩を叩きながら私は、優しく告げた。
「そうですな。こちらで留守を守る我らも、この日のために節約して、日々を過ごしてまいりました。
今日ぐらいは、食料班に腕を振るってもらい、食事と酒を楽しみましょう」
「そうですね。厳しい魔境を潜り抜けて来てくれた彼らにも、家族や友との再会を喜ぶ機会をあげたいですね。今日は皆で、祝宴を行い、喜びを分かちあいましょう」
こうしてエストの中継所を挙げての祝宴が、この日は夜遅くまで行われた。
※
その日から秋に向けての日々は、あっという間に過ぎ去ったような気がする。
エストでは、春にこれまで最大の規模で作付けが行われ、十分な収穫を得ることができた。
聖の氏族に約束した対価を支払っても、十分なお釣りがくるほどに。
ゴウラス男爵率いる100名の兵士たちも、留守中に魔境での狩りに勤しみ、ファルケやアースが帰還後は幾度となく小規模遠征にも出かけ、対魔物戦闘の経験は十分に積んでいた。
元々が戦いを生業とする兵士たちだけあって、戦い方さえ習得すれば、彼らは頼りになる護衛として活躍できるようになっていた。
そして長老は、留守中にも馬や家畜を増やし、食物の種子を集めることに奔走してくれていた。
これには、時空魔法士のアベルや、族長のクーベル殿、風の氏族長ファルム殿の協力があったのはいうまでもない。
ちなみにこの二人の氏族長からは、エスト帰還後に訪問を受け、予想もしなかった申し出を受けていた。
「我ら二氏族の抱える魔法氏のうち、カイル殿ど同行したいと言っている者たちがおります。
どうか、彼らを皆さまの仲間として、受け入れてやってくれませんか?」
そうやって紹介された、約100名近くの者たちの多くが、かつては混血のため魔法が使えず、不遇の立場にあった者やその家族だった。
私は、その事情を何となく察した。
彼らは付与魔法により魔法士としての力を取り戻したが、それでもその子供や子孫たちには不安が残る。
まして、一部の者は外見上は他の氏族の特徴を持つが、使える魔法は各々の里の血統魔法となっている者もおり、里の中では異端として思われる存在だ。
周囲を気にすることなく、そして、魔法が使えずとも付与を最も受けやすい環境、そこに移住を希望するのも無理のないはなしであった。
「我々も、皆様とこの先の繋がりを持てることは、非常にありがたいお話です。
まして、皆さんは魔法士です。まだまだ安全を確保する必要のある奥地では、貴重な戦力です。
もちろん、歓迎しますよ!」
「カイル殿からそう言ってもらえたのはありがたい。実は我々も、カイル殿が拓く新たな町に、氏族を代表する者たちの拠点を作りたい、そう思っていたのだ。それを彼らに担ってもらおうと思っているが、構わないだろうか?」
なるほど! ちょっと意味合いは違うが、大使館的な役割を担う存在か。
面白いな。これは、他の氏族にも声を掛けてみるか……
その時の思い付きが、その後になって大きな役割を果たすとは、この時点で私は思ってもみなかった。
「あ、ちなみに僕は、個人的な趣味でカイル殿について行きますからね。長老、そのあたりお間違えの無いように」
そう言って、話に加わって来たのは、魔の民の中でも最も古き友人、アベル殿だった。
彼は時空魔法士の中でも、最も交易に通じ、ゴールトの街を定期的に行き来していただけに、クーベル殿は難しい顔をしていた。
「クーベル殿、我々も半年か一年に一度は、ゴールトへの交易隊を出そうと考えています。
その際は、アベル殿を隊長とし、クーベル殿からも部隊を同行させる、そんな感じでどうですか?」
「ふむ……、それなら、アベルの我儘を許可しても良いかも知れない。
こんな弟ですが、どうかよろしくお願いします」
こんな経緯で、彼らの同行も決まった。
2人の氏族長からは餞別と、同行者を押し付けたお詫び、士族の拠点建設費として、大量の魔石と馬、武具などをいただいた。
こうして、出発の準備は全て整った。
ある秋の澄み渡っった空が広がる朝、我々は整備した街道を北上し、新しい拠点へと居を移すため、最後の旅についた。
先行して待ち受ける100名を除き、900名もの集団が一群となって移動を開始した。
数百年の時を経て、この街道は、エストール領から王都カイラールを目指すための裏道として、カイル王国を攻め滅ぼすため、戦略上重要な経路として、その存在が注目されることになるが、それはまた、別の場所で語られることとなるだろう。
最後までご覧いただきありがとうございます。
9月10月と仕事が思ったよりも忙しく、そこに本編書籍化作業が重なり、なかなか更新できずにいて、大変失礼いたしました。
10月は、10日、20日、30日の投稿とし、それ以降は1週間投稿に戻す予定です。
どうか何卒、よろしくお願いします。




