第四十八話 カイラール
最後までご覧いただきありがとうございます。
9月10月と仕事が思ったよりも忙しく、そこに本編書籍化作業が重なり、なかなか更新できずにいて、大変失礼いたしました。
10月は、10日、20日、30日の投稿とし、それ以降は1週間投稿に戻す予定です。
どうか何卒、よろしくお願いします。
カイルが長城と名付けた城壁工事はその日、陽が傾くまで続けられた。
ここ数日の作業のおかげで、既にその距離は15km近く伸びている。
「みんな、これより野営の準備に入ろう。
いつもの通りここの防壁だけ、この先の外壁を左右に分かち、円形に中央の安全地帯を囲うようにする」
その後恒例の野営場所、将来中継所となる場所の設営は、手慣れたものだった。
ここは最後の中継所となる部分として考えており、あと少しで目的地に着く。
そう考えると非常に感慨深かった。
地の氏族から話を聞き、目的地として定めて以降、何度も思い描いていた場所。
そこは、水運に活用できる大きな河と、周囲を深い森に取り込まれた広大な平原が広がっており、可能性に満ちた場所らしい。
ただ、魔物溢れる周囲の森が障壁として存在し、誰もが手を伸ばすのを諦めざるを得ない土地だった。
その為、どの氏族も未干渉の大地が広がっていると聞いていた。
もうそれが目前に迫っている。
恐らくこの深く、厳しい森を抜ければ、きっと平原が広がっているのだろう。
そんな逸る気持ちのなか、今後の計画を相談した。
アルス、ファルケ、ファル、アース、ヘスティアたちと6人で車座になる。
「この調子で進むと、工事を進めながら明日か明後日には、最終目的地に到着できると思う。
エストを出てここまで、80日近く掛けて来たがあと少しだ。皆ありがとう、そして、もう少しの辛抱だ」
「そうですね、私も地の氏族の言っていた場所が、今から楽しみでなりません。
というか、ここまで探索に来る彼らの情熱には、ある意味頭が下がりますが……」
「アルス、ものは言いようだな。
以前は、どう考えても危険すぎる。地の氏族の酔狂振りには付いて行けん。そう言ってなかったか?」
「いや、ファルケ、アルスの意見はもっともだ。
俺自身、奥地への移動に関しては、カイル殿にずっと反対していた立場だからな……」
「ふん、ファルのそれは、反対する者たちを宥めるため、敢えてそっち側に立っていただけだろう?
内心、カイル殿の意見の逆らう気など全く無い癖に」
「アースも同じでしょうが。
所でカイルさん、ここで私たちを集めたということは、何か問題でもあるのでしょう?」
全員がヘスティアの言葉に頷くと、一斉に私をみつめた。
彼らはそれを察しており、軽口を叩くことで座を温めていたということか。
「やっぱり皆に気を遣わせたかな?
この先の目的地で、ひとつだけ気になっていることがあるんだ。
いや、以前から気になっていたことの深刻さを、改めて思い知ったということかな」
「河の問題、水の手の問題ですか?」
「やっぱヘスティアは鋭いな。
先に聖の氏族の領域を抜け、川を渡った時に思ったんだ。
目的地は更に魔境の奥深く、周囲は、最も多くの魔物が溢れる濃密な森があり、河はそこを抜けて流れる」
「水棲の魔物が濃いと、飲料水はさておき、農地や下水などに使う水問題が出る。
水路を通じ、魔物を誘引してしますという事ですな?」
「アルスの言う通り、我々が住んでいた魔境にも川はあった。水棲の魔物もいた。
だから私は、その基準で考えてしまっていた。
だが現実は大きく違った。この先の河が、通過した川と同等かそれ以上の危険を伴っていたなら、河の水は使えん」
「でしょうな。
それであれば、井戸を多く掘り、全てを井戸水で賄うというのは、どうですか?」
「ファルケ、200人や300人なら、生活用水と農地、それもできることだろうが、今の我々はな……
なかなか上手くいかんもんだよ」
アースの言葉に、皆が瞑目した。
我々の仲間は既に1,000人近くおり、そう遠くない日にその1,000人も超えるだろう。
「あの……、カイルさん、申し訳ありません」
「どうした? ソンナ。
あ……、そういう事か。何かあれば遠慮なく言って欲しい」
音魔法士たちは交代で常に警戒に当たっている。
今はソンナの番で、われらの会話も耳に入ってしまったということか?
「今日進んでいた途中に、左手に山があったと思います。
そこに滝があるみたいなのですが、大地から噴き出たばかりの水は安全と聞きました。
その滝の水を、この通路で通して運べませんか?」
「そうか! でかしたソンナ、上水道だっ!」
私は思わず声を上げた。
江戸の街を潤した神田上水や、ローマ水道など、都市に水を引く事例はある。
建築技術やそもそもいい加減な度量衡しかないこの世界で、技術面に不安は残るが水を引くことはできる。
少し希望の光が見えた思いがした。
そこから我々は長城を若干迂回させると共に、滝の出口に取水口を作った。
そして長城上部には、水の流れる樋を設け、長城自体に上水道の機能を持たせる作業に取り掛かった。
これらにあたり、道作りの工程は手間が増え、時間が掛かったものの、我々はなんとか目的地の直前まで辿り着くことができた。
最後の難所だった河は、時空魔法士、地魔法士たちの力を総動員して、堅固な石橋を作り水を渡し、人の通路を作った。
そして、遂に辿り着いた!
鬱蒼たる森林を抜け、河を越えた先には広大な平原が広がる、幾つかのなだらかな丘陵地帯が点在する大地に!
「みんな! とうとう我々は辿り着くことができた!
誰に気兼ねすることもない、恵み溢れた大地に! そして、我々だけの、安住の地に!」
「ヘヘっ、ホント、何とかなるもんですな。
ドーリー子爵領の辺境で、その日の暮らしにも困っていた俺たちが、小さいが、とうとう自分たちの国を持つ所まで来ちまった。カイルさん、本当に、あんたのお陰だ」
いつもは辛口を叩いてばかりのファルケが、涙ながらに思いを言葉にした。
「国か……、考えてみればそうだよな。
まぁ、国と呼ぶにはあまりに小さいが、確かに……」
アルスも涙ぐんでいる。
「まぁ、本隊の移動が最後の大仕事ですけど、今は思いっきり喜んで良い時ですよね」
ヘスティアも満面の笑みだった。
ファルや周りの皆も、笑いながら歓声を上げている。
何故か、ここまでずっと同行していた聖の氏族、グレイブ殿たちが一番の歓声を上げていることが、不思議でならなかったが……
「みんな! 先ずはこれから、仮設の防壁を設け、安全地帯を構築する!
そして今日は、それが完成したら祝宴だ! 今日ばかりは、長い旅路の終わりを祝おう!」
私の提案に、全員が歓声を上げて同意してくれた。
この時点で既に、エストを出て100日以上が経過している。
これまでずっと、死と隣り合わせの危険な旅の連続だった。それがやっと報われたのだ!
その日の建設工事は、いつも以上の情熱とスピードで行われ、あっという間に仮設の安全地帯ができあがった。
そして、完成と同時に、祝宴を始めた。
これまでは、備蓄に中心を置いていた魔物の肉、ごく僅かだけ持ち込んでいた酒を一気に消費し、我々は夜が更けるまで、歓喜の思いをかみしめていた。
そう、後にカイラールと呼ばれ、数十万の人口を抱える城下町の、これが始まりだった。




