第四十七話 最後の中継所
聖魔法士の使者たちとの話しあいも順調に進み、私たちは2つことを並行して進めた。
先ずは今いる場所、まだ名の無い中継所の拡充だ。
ここは、最奥の定住予定地で万が一のことが有った場合、避難用の里としての役割を持たせることにした。
そのため、最初の頃のエスト中継所に近い規模に加え、中身も畑などの耕作地を準備した。
その為、仮称第二エストと便宜上呼んだ。
並行して、聖の氏族の領域内(南端と北端)にそれぞれ通常規模の中継所を作ることだ。
こちらはこれまでと同じ規格なので、比較的簡単に作業が進む。
初めて足を踏み入れて驚いたが、聖の氏族の住まう領域内は、驚くほど安全に配慮されていた。
その領域はふたつの川によって境界線が作られ、その四方は濃密な竹林が取り巻いていた。
「竹林による安全地帯の確保は、今後我々も検討すべきですね。
魔法による攻撃手段を持たない、聖の氏族ならではの里と、改めてびっくりです」
「そうだねソラ。ここを出る時、聖の氏族にお願いして少し伐採させてもらおう。
我々の新天地もここに倣いたいと思う。
因みに、収納の余裕はまだあるのかい?」
「はい! アルスさん、ファルさん、私の3人は万が一を考え、最低限しか収納していません。
アルスさんは私のこと、底なしって笑いますし……、酷くないですか?」
ソラが少し顔を膨らました。
そう、その能力の高さから私の側近として任務に就いていることが多いが、彼女自身まだ20代前半だ。
「ソラの能力が高いからこそ、いつも助かっている。
そういう意味で、ソラの底なしは、私には凄くありがたいものに聞こえるけどなぁ。
これからも色々頼むけどよろしくね」
フォローができたのかどうかは分からないが、ソラは上機嫌で頷いてくれた。
聖の氏族の領域は、このような経緯もあり、障害もなく順調に作業を進めることができた。
そして、第二エストにやって来てから50日程度経ったころ、聖の氏族領域内の2つの中継所が完成した。
我々は本拠地を聖の氏族の最北部に設けた中継所に移し、そこを基点に最後の中継所に取り掛かった。
竹林を越え北の川を渡ろうとするが、川自体に水棲の魔物がふんだんにいた。
そのため、水際で魔物と戦いつつ、強固な石橋を架けることから始めねばなななかった。
ある場所では炎が魔物達を焼き、ある場所では電撃が魔物達を身動きできぬようにした。
そこで確保された橋頭保に、地魔法士と時空魔法士が石を積み上げていく。
様々な属性の仲間がいる強みが、ここでも如何なく発揮された。
「そんなっ! こんな戦い方があるなんて……
強いっ! 強すぎるっ。これでは我らが……」
我々の案内役にと、頼んでもいないのに名乗り出た、聖の氏族のグレイブ殿が蒼い顔で声を漏らした。
聖の氏族の里にて氏族長に面会した際、私は当初から彼らと約束していた量の穀物を渡し、翌年の移動が完了すれば更に同量を渡す事を伝えていた。
グレイブ殿はよほど嬉しかったのだろうか?
その時自ら案内人を買って出てくれた。
橋を築き、川を越えた先には、行く手を阻む濃密な森林が広がっていた。
正直、ここから先が一番の難所だ。
我々が森林を切り拓き、200mほど進んだ段階で、最初の戦闘が発生した後、これまでにない頻度で、魔物たちは次から次へと襲って来た。
「カイルさん、ここは、正直やべーな。
俺たちの様な護衛部隊、戦闘に特化した魔法士ならともかく、家畜を連れて駆け抜けるのは厳しそうだぜ」
「私もファルケに同意するよ。
カイルさん、ここから先、どの氏族も里を構えない理由が、なんとなく分かる気がする」
「そうだな、私もファルケ、アースの意見に賛成だな。
対策を考えるので、ちょっとだけ時間をくれ。アルス、指揮を頼めるか?
アースは左右に防壁を展開して、横合いからの防御を」
実はこの会話自体、魔物と戦いながら行われていた。
ざっと30匹ぐらいの魔物が、私達を取り囲んでいる。
私は一旦後方に下がり、現状を俯瞰して考えた。
このまま進んでも、魔物達に包囲され、しかもその数は進むほど増えるだろう。
そこを安全に、かつ迅速にどうやって移動するか……
街道幅を広げるか?
……、いや、だめだ。
我々が動きやすくなることは、魔物も展開しやすくなるということだ。
最終的に数百で囲まれたら、こちらは全滅しかねない。
トンネルを掘るか?
……、これも悪手だ。
実際、時間を掛ければ20kmや30kmのトンネル掘削はかのうだろう。
だが、地中を進む蟲共もに対して無防備だし、万が一崩落させられる可能性もある。
撤退し、第二エストを目的地とするか?
いや、それはダメだ。単なる延命でしかない。周囲には光、聖、火の氏族の領域がある。
里を展開できる広さに、いずれ限界がくるだろう。
我々はすでに千人近いし、いずれそれが万の単位になる日を迎えても、安心できる広大な土地が必要だ。
ではここから先、ずっと左右に防壁を展開するか?
……、これもだめだ。
手間がかかり過ぎるし、左右に延々防壁を展開するなど、話に聞いた万里の長城より大変ではないか!
ん? 万里の長城?
そうかっ!
何も防壁でなくていい。壁の上を移動できる通路を作れば良いのではないか?
万里の長城と違い、壁の下は自由に行き来できても構わない。我々が上を安全に通ることさえできれば。
決心すると私は次々と声を張り上げた。
「地魔法士は全員中央に参集っ!」
そして必要事項を伝えると……
「交代で火魔法士と風魔法士は集合してくれっ!」
彼らには先頭での危険な任務に就いてもらった。
「交代で時空魔法士と水魔法士、護衛隊は集合!」
彼らにも必要な内容を伝え、配置に就いてもらう。
「これまで呼ばれなかった者は全員集合!」
彼らにはこの先の移動方法と援護策を伝えた。
私は全体を4組に再編成し、それぞれに作戦と今後の方針を伝えた。
そしてそれぞれが、新しい方針のもと、作業に取り掛かった。
※
私は、全体を指揮するため、完成した部分の防壁の上から、進行状況を見ていた。
それは見ていても壮観な光景だった。
矢印の矢先のように展開した、火魔法士と風魔法士が、炎により密林を焼き払い先頭を進む。
矢先の内側に展開した水魔法士が、燃え残った木々を消化し、時空魔法士が次々と回収していく。
その後方を、右側に10名、左側に10名で展開した地魔法士たちが、それぞれ左右の大地を削り取っていく。
『綺麗な堀を削らなくて構わない、より深く、より大量の土を中央に集めて欲しい』
彼らにはそれだけ指示している。
中央に展開する10名の地魔法士たちは、左右から削り出された土を、中央に壁状に盛り上げていく。
『上部の幅は15歩(≒4.5m)程度で構わない、急斜面の壁として固めることに集中して欲しい』
彼らにはそれだけを指示している。
そして、残る地魔法士たちは、壁の最上部をそれぞれ50cm程度の縁をつくり、内側を平坦にしている。
先頭を進む者と、その護衛以外は壁上をゆっくり行進している。
その者たちは、安全な壁上から先頭を援護しており、側背から先頭に接近する魔物達は、彼らの魔法や弓で斃されていく。
防壁自体は掘った土を固めたため高さは5m程度だが、左右の地面が大きく掘り下げられているため、実質8mから10mの高さになっている。
この高さを越えて攻撃できる魔物はまずいない。
仮にいても、圧倒的に少数のため、簡単に迎撃できる。
人の歩く速度とほぼ変わらない速度で、壁は魔境の中を削るように奥深くへと伸びて行った。
もう当初の不安を口にする者もいなかった。
カイルたちは着実に、その目的地に迫りつつあった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は少し遅れます。10月10日を目処に投稿予定です。
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