第四十六話 強欲なるものたち
森の雰囲気が変わり、光の氏族の領域を無事通過したと確信した我々は、ここに至って今回の旅で最初の中継所の建設を行った。
この先更に3か所、エストから先合計8つの避難所と中継所を経て、中心域へと辿り着くことになる。
いまこの地は、どの氏族の領域でもないため、少し大きめの中継所を作ることにした。
というのも、全員を引き連れての移動ともなれば、ここまでの移動でも相当負担が掛かると予想され、少し長めの休息も必要と考えたからだ。
魔物との戦闘に慣れ、魔境の中で暮らすことに慣れている我々と異なり、男爵の率いた家族たち、魔境を知らない人外の民たちは、心理的にもかなり消耗することだろう。
そのため、安心して数か月単位の休息を取り、英気を養うことも可能な規模の中継所を作ることにした。
ちょうどそこの近くには川が流れており、川から少し離れた小高い丘になっている部分があった。
ここなら、川が氾濫しても安全だと思う。
「水魔法士たちは、丘の周囲に散会して水の手を確保できそうな場所を探索して欲しい。
井戸が掘れそうな候補地があれば、地魔法士たちと共同して試掘を」
この指示は直ちに遂行され、ほどなくして何箇所か井戸を確保できた。
丘とそれらの場所を囲い込むよう、地魔法士たちが一斉に壁を作り、約1km四方を背丈ほどの低い壁で囲んでいった。
時空魔法士たちは、その作業と並行して、内側に生えていた木々や邪魔な岩を収納していく。
その傍らで火魔法士と風魔法士が共同で、炎の壁を作り、一斉に壁の内側を焼き払いはじめた。
その作業に並行して、地魔法士達は堀を掘削する傍ら、掘った土砂を強固な防壁へと変えていく。
全てがこれまでの経験をいかした、手慣れた作業だった。
10日ほどで、基本的な構造物の作業を終えたころ、予想外の来訪者があった。
「これは、これは。
このように大層なものを作られて……、景気のいいことですな」
訪問してきたのは、以前ファルケが守銭奴と呼んだ、聖魔法の氏族たちだった。
10人の一行は、建設中の避難所を眺めて、何故か満面の笑みを浮かべていた。
「これはこれは、初めてお目に掛かります。
私は長を拝命しているカイルと申します。今回は寛大なご対応をいただき、感謝に絶えません」
「私共こそ、この度はお招きいただきありがとうございます。
聖の氏族の長代行として参りました、グレイブと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
来訪した一団の、代表者らしき男が前に進み出た。
金髪碧眼の、少し赤ら顔をした小太りの男だった。
アルスの方に目を向けると、大きく首を振っていた。
『私たちは、招いてなんかいませんよ』
まるで、そう言っているかのように。
この建設中に、地の氏族の案内人に伴われ、アルスたちは挨拶に出向いていた。
事前交渉で、要求された穀物の2分割支払いの了承は得ており、あくまでも挨拶に出向いただけだった。
「このような砦については、我々もお伺いしておりませんでしたので、実は困惑しております。
これは、ちょっと問題ですぞ」
「ここは、聖の氏族の皆様の領域からは外れておりますが、何かご懸念でもございますか?
ご迷惑にならないよう配慮して、皆様の領域には規模を小さくしたものを、二カ所作らせていただきますが、そのためにこちらを少し大きくしています」
「確かに領域からは外れておりますが、ここは我らの通り道でもあります。
そこに、このようなものを作られては、いやはや、些か威圧的に感じますな。
それにまだ我々は、里の近くに砦を建設されることも、道を通されることも認めた訳ではございません。
ここを含め、砦が3つとなると、またお話は変わってくるでしょうな
「……」
難し気な顔をして、敢えて仰々しく深刻ぶった様子が鼻についた。
事前交渉では、アルスから提示した条件をのむこと、分割払いも喜んで了承してくれた筈だ。
同席してくれた地の氏族からもそれは聞いている。
逆に、吹っ掛けたつもりが、あっさり了承されたので、驚きの顔の後、満面の笑みになったとも。
だがグレイブ殿は、ここに来て我々が御しやすいと思ったのか、更にふんだくる算段でもしたのだろう。
これまで聖の氏族たちには、誠意を以って対応していたことが、間違いだったということだろうか?
アルスは激怒し、何かを言い出しそうだった。
私はある決断をした。
「そうなんですか? それは本当に……、残念です。
と言うことであれば、我々も計画を変更し、新しい提案を皆様に出さねばならないようですね……」
こう伝えて私は、敢えて大きなため息をついた。
「ほう、追加のご提案ですかな?
色々難しいお話とは思いますが、ご提案次第では……、我々もなんとか」
グレイブ殿は、先ほどの難しい顔から、一瞬笑みを浮かべ、慌てて再び深刻な表情へと変えた。
「ご提案として、我々は進路を変更します」
「そうですな、それが良かろ……、はいっ?」
「これまでの交渉の中でも、聖の氏族の皆様に対しご迷惑をお掛けし、心苦しいと思っておりました。
今のグレイブ殿のお言葉でも、我々が無理なお願いをしていると、確信いたしました。
幸い、我々は火の氏族の皆様とも親交がありまして……
彼らは無償で、中継所の建設と通過、街道の整備を許可してくださいました。少々大回りとなりますが
、我らはそちらから向かうことにしました」
「なっ! いや……、そっ、それは……」
「ですので、ご迷惑をお掛けしている聖の氏族の皆様の領域は、迂回することといたします。
我々も新参者として、各氏族の皆様には、できる限りご迷惑を掛けない事、それを念頭に置いております。
誠に申し訳ありませんが、これまでのご相談は白紙に戻し、恐縮ですが先だってのお約束も無かったことに……」
「あっ、いや……、そんな」
「途中で得た魔物の肉について、こちらも皆様の里を通過する際に、追加でお裾分けを……、そう考えてもいたのですが、もはやその必要も無くなりました。
英気を養うため、皆で全てたいらげることにします」
「いえ、私共はその……、お、お願いしたいと……」
「あ! もちろんです、使者の皆様もご一緒に召し上がっていただこうと考えています。
一緒に食べ、魔境の糧に感謝の祈りを捧げましょう。
我々はこの場所も、立ち去る時には更地に戻す事をお約束致します。どうかご安心ください」
グレイブ殿の顔は蒼ざめ、大粒の汗を浮かべていた。
うん、わかりやすい人だ。
彼の同行者もみな、事の成り行きにわたわたとしている。
「いえ、そうではなくて。通ってください!
こ、ここも、このままで……」
「いえいえ!
領域外の此処ですら不安を煽っているとの事ですし、ご迷惑をお掛けするのも忍びないですし」
「め、迷惑じゃありません。お願いですから通ってください」
「先ほど、まだ決まってないと仰ったので、時間がかかるのはこちらとしても問題でして……」
面白いことに、立場が逆になってしまっていた。
先ほどまで、無言で激怒していたアルスや、やり取りを見ていたファルケもニヤニヤしている。
「半分、半分でいいです!
だから、どうか、どうかお願いします!」
「半分とは……、何でしょうか?
砦を2か所建設し、それぞれに安全に移動できる街道を作りますが、ご迷惑になるのでは?」
「安全な街道は我々に取っても望むところなのです。
食料は半分で構いません。安全に移動できる街道と、砦を作っていただけることに、我らは感謝しています。どうか、どうかお願いします!」
「先程は、領域内の砦も、街道建設も、まだお認めいただいた訳ではない、まして、領域外のここも威圧的なものとして大問題だ、そう仰ったように記憶しておりますが?」
「お願いです! このままでは私は、里に戻ることも叶いません。どうか、どうかお許しください。
そして、今までのお話は全て、聖の氏族の総意としてお認めいたします。
対価は当初のお話の半分で十分です。ですので……」
アルスやファルケ、そして他の仲間たちも今や、必死に笑いを堪えているのが分かった。
まぁ、そろそろ良いかな?
彼らも身から出た錆、大きな欲は身を亡ぼすと分かっただろうし。
もちろん、私たちは対価は最初の約束通りきちんと払うつもりでいる。
その日は、中継所の中で英気を養うため、全員が腹いっぱいになるまで肉を焼いて食べた。
もちろん、青い顔をしている彼らにも、好きなだけ食べていただけるよう振舞ったのは言うまでもない。
聖の氏族は、里で振舞われる予定だった肉が、今ここで消費されているとでも思ったのだろう。
彼らには内緒だが、彼らの里でも同量の肉を振る舞う予定なのは、まだ内緒にしている。
我々はこの機会になんとなく、聖の氏族との対峙の仕方を理解したと思う。
下手に出るのは悪手であり、競合をチラつかせて交渉すること、そうすると彼らは弱い。
彼らは今まで、聖魔法や疫病対処など、圧倒的に強みを持った上で、交渉に応じてきた。
なので、交渉に於いてもずっと立場は上だった。
だが、我々はそうではない。
少なくとも善意だけで、彼らと渡り合うべきでないことを、我々は学んだ。
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は一週間後、10/1の9時に『最後の中継所』を投稿します。
どうぞよろしくお願いします。
【お詫び】
9月3日の投稿以降、外伝の投稿は週一回のペースとなりますこと、お詫び申し上げます。
(8/24付 活動報告)
大変恐縮ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。




