第四十四話 地の里
秋の終わり、全ての準備を整えた先遣隊250名は、中継所エストを出発した。
全員が騎乗しており、かつ、エストールの大地は開けた平地が多く、小休止を取るころには地の氏族との境界を流れる川に辿り着いた。
「この川を越えると、地の氏族の領域になります。
一気に森は深くなり、定軍山の南側ほどではないですが、魔物が増えます。
ここからは、警戒態勢をお願いします」
アルスの一言で、全体に緊張が走った。
川を渡ると、私は全員に指示を出した。
「隊列を狭め、密集隊形を維持!
ソンナ! 音魔法士たちを前後左右に配置。進軍速度は並足で、警戒しつつ前進!」
「カイルさん、ちょっといいかしら?」
「ん? どうした、ヘスティア」
「この先の中継所を作る時、私もここを何度でも通ったのだけど、この辺りの魔物は厄介なのが多いのよ。
地面の中を進む魔物や森の中で擬態してる奴らとか……、だから、風の氏族はこっちには狩りに来ないと」
「ああ、そうだった。
警戒には地魔法士も出した方がいいかな?」
「いえ、今回先遣隊には34名の地魔法士がいるので、いっそのこと、この危険領域に街道を通して、道幅を広げ、左右に溝を掘ってはどうかと思いまして。
幅は狭くても、深い溝を掘れば本隊の移動時に、川から水を流せます。
一時的に川を堰き止め、水魔法士が水流を誘導すれば、遠くまで水が行き渡ります。
地中に潜む魔物は、水の流れている場所を嫌うので、安全に移動できるのではないでしょうか?」
そうか!
今の手間を惜しむより、本隊が安全に通過できるよう仕込んでおく。
それの方が遥かに良いだろう。
「ヘスティア、ありがとう。
これからも気付いたことがあれば、遠慮なく言って欲しい。
全軍、停止!
ここから次の中継所まで、危険地帯に街道を通す!」
今の我々には、34名の地魔法士がいる。
ただ大地を穿ち、幅1m程度、深さ3m程度の溝を掘りながら土を固める作業なら、歩いて進む速度に近い速さで掘り進めることができる。
我々は一斉にその作業に取り掛かり、途中の避難所を抜け、次の中継所までの街道工事を、わずか4日で完了することができた。
「カイル殿、お待ちしておりました。
それにしても、面白い工事をされましたね。単純なことだが、誰もが面倒くさがり、なかなかできることではありません」
我々が中継所に入ると、地の氏族長であるネール殿が待ち受けていた。
私は彼に一度会ったことがある。
「ネール氏族長、こちらこそご無沙汰しております。ファラム氏族長にご紹介いただいて以来ですね。
申し訳ありません。移動の安全を考え、勝手に街道を作ってしまいました。
大丈夫だったでしょうか?」
「我々も安全に移動できるに越したことはありません。
それに、これがあれば時空魔法士たちも今以上に、こちらに来てくれるでしょう。助かります。
この先、光の森を抜け、聖の氏族の領域までは、我らの里から案内を出しましょう
特に光の森は難所です」
「お心遣いありがとうございます。
ネール氏族長に2点、お願いがございます。
この当たりに広がる大地の黒石(石炭)ですが、我々でも採掘させていただいてよろしいでしょうか?
対価として食料をいくばくかお渡しします。
もう一つは、来年我々の本隊が通過後、この中継所、我々はコール(石炭)と名付けておりますが、ここコールをお譲りしたあとも、通商の途中で、休息のため時折使わせていただいて構わないでしょうか?」
「両方とも問題ありませんよ。
対価など不要です。このアースガルドの地なら、黒石はどこでも採掘できます。
北に行けば行くほど、冬は厳しくなります。必要量を是非お持ちください。
ここはコールと言うのですね。
いつの日にか、このコールが町として発展できれば、そんな未来があれば楽しいでしょうな」
「全くです。
我々が中央部に築く街と、このコールが繋がり、いつか互いに町として発展できればと思います」
この先中継所は、地の氏族の領域であるアースガルドにもうひとつ、光の氏族の領域との中間地帯にひとつ、光の氏族の領域に入ったところに、ひとつある。
ネール氏族長の話によると、魔境の中心部分には、光の氏族の領域を出た所にひとつ、聖の氏族の領域に2つ、その先に1つ作れば、中心域まで繋がるそうだ。
「ここから先は、蟲たちの領域です。
カイル殿たちであれば、問題ないでしょうが、少し街道は広めに作ったほうが良いでしょう」
「ありがとうございます。
以前教えていただいた通り、火を使います。奴らの甲殻は剣もはじき返しますからね」
恐ろしい魔物も、その戦い方と弱点さえ知っていれば、格段に戦いやすくなる。
様々な属性の魔法士がいる我々には、それが最大の強みだ。
※
翌日から我々は次の中継所まで、街道を通す作業を始めた。
「火魔法士と風魔法士で隊を組み、前方を焼き払いながら進む!
左右からの蟲の攻撃を警戒し、反撃は左右に配置した火魔法士に任せるんだ。
決して剣で相手にするんじゃないぞ!」
アルスが先頭で声を張り上げていた。
私は後ろ向きに歩きながら、最後尾を守っている。
「右後方、居ますっ!」
ソンナの声が響き渡った。この辺りで最も警戒しなくてはならない魔物、マンティスだった。
森の中、生い茂る草木に擬態し、じっとしている場合は中々気付くことができない。
巨大な蟷螂似たそれに、迂闊に接近してしまった場合、その巨大な鎌により一瞬で首を刈られてしまう。
だが今はタイミングが悪く、火魔法士たちも前方で他の魔物と対峙している。
私の体は、考えるよりも先に動いていた。
実際に戦ったことはなかったが、相手を二刀流の剣士と思えばいい。
ギリギリまで間合いを詰めると、体を捻り左の鎌を交わすと同時に、右の鎌を切り下げた。
その瞬間、耳障りのする絶叫を上げる。
こちらに鎌を振り上げた瞬間、残った左の鎌の付け根を切り上げた。
そして、攻撃手段のなくなった奴の首、細い付け根目掛けて、渾身の一撃を振るった。
頭部を失ってなお、威嚇の姿勢のままその場で動かなかったマンティスが、やがて崩れ落ちた。
前方でも歓声が上がっていた。
どうやら、巨大な蟻の一群と、硬い甲殻を持つ蟲に襲われていたようだが、それらは既に、炎を上げて燃え盛る残骸となっていた。
流石に奥地へと進むほど魔物の出現率が上がる。
この中を足の遅い家畜を率いて進むことができるのだろうか?
「みんな聞いてくれっ!
これより道の脇に、コール中継所近隣で伐採した竹を植えていく。
育つかどうかは分からないが、やってみる価値はあるだろう。
ソラ、収納していた竹を10本づつ出してくれ」
そう、コールの近くではそれなりに大きな竹林があった。
日本で見た竹林を思い出し、何かの素材になればと、大量の竹を伐り出していた。
その様子を見ていたネール殿が教えてもらったことがあった。
ネール殿曰く、魔物はなぜか竹林を嫌い、それ以上先に進むことを戸惑うらしい。
最も、血の匂いや、餌があると理解してしまえば、竹林を超えてやって来るらしいが。
私たちは一縷の望みにかけて、短く切った竹を街道脇に挿していった。
蟲との戦いと街道の整備、竹の植え付けを行いながら、地の氏族の領域、アースガルド北端の中継所へと街道を繋げたのは、3日後だった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は一週間後、9/17の9時に『光の迷宮』を投稿します。
どうぞよろしくお願いします。
【お詫び】
9月3日の投稿以降、外伝の投稿は週一回のペースとなりますこと、お詫び申し上げます。
(8/24付 活動報告)
大変恐縮ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。




