表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去と未来を紡ぐ始まりの物語 ~カイル王国建国史~  作者: take4


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/68

第四十二話 間話:ソラン

リズ、それがわたしの名前だった。

その名前すら、元からあった名前じゃない。


わたしが3歳の時、前のご主人様に奴隷として買われたらしい。その時に付けられた名前だから……

本当の家族も、本当の年齢も、本当の名前も私は知らない。


売られた時も、3歳ぐらいだろう、そう思った奴隷商人が勝手に年齢を決めたらしい。

わたしはそのころのことをよく覚えていない。



売られた先では、毎日掃除や庭仕事など朝から晩まで働いてばかりだった。

そして、ご主人様たちは優しくなかった。


ううん、違う。

わたしははそれが当たり前と思っていた。



「リズ! まだそんな仕事も碌にできないのかい?」


「リズ! ぐずぐずしてんじゃないよ!」


「リズ! この穀潰しが!」



名前を呼ばれる時は、いつも酷いことを言われるか、酷い仕打ちを受ける時だけだった。

だから私は自分の名前が嫌いだった。



ある日ご主人様が戦争に出て行ったきり、帰って来なかった。

裕福だったご主人様の家は、一気に貧しくなった。


わたしには元々、粗末な食事しか与えられていなかったが、その日を境にそれすら少なくなっていった。

元々痩せこけていたわたしの身体は、もっと細くなり、いつもお腹を空かしてフラフラだった。


そして、前よりももっと仕事ができなくなった。

そんな私は、また売られた。



売られた先の奴隷商人の所には、奴隷として集められた同じ年やもっと年上の女の人たちが沢山いた。

みんな瘦せこけた私を見て、涙を流して優しくしてくれた。


でも、しばらくすると、そんなみんなもまた売られて行ってしまった。


残ったのは、見た目は小さな子供と変わらない、瘦せこけた私と、私よりも幼く、家事や手伝いのできない子供たちばかりだった。


私は先に売られていった人たち代わり、自分より年下の子供たちをかばわなくてはいけない、そう思った。

毎日の少ない食事も、できるかぎり空腹で泣く彼女たちに分け与えていた。



「こんな弱って貧相な娘、すぐ死んじまうだろうが」


「こいつ、病気なんじゃないか?」


「半額以下なら買ってやってもいいぜ」



奴隷商人の所に来たお客様はみな、わたしを一目見ると口汚く罵った。

毎日身体がフラフラして、もうじき死んじゃうんだ、でも、苦しい思いをしなくていいんだ、そう思っていた頃だったと思う。



そしてある日、私はまた新しいお客様の前に連れていかれた。

そのお客様を見たとき、わたしの足元がすくんだ。


凄く怒ってる。

その人の怖い顔を見たとき、わたしはまた酷いことを言われると覚悟した。



「おい、この3人を……、いや、全員買おう」



わたしはびっくりして、ただ立ちすくんでしまった。

この怖い人に買われて、また酷い仕打ちを受ける……


そんなことが頭の中をぐるぐる回っていた気がする。



「3日後に引き取りに来るので、それまでこれで、小奇麗にしてやってくれ。飯もたらふく食べさせてな」



「???」



その言葉が聞こえたとき、私はびっくりして倒れそうになった。

そして改めてわたしの姿を見て、恥ずかしさでいっぱいになった。


ここに来た最初のころこそ、それなりの服を着せられ、それなりの食事がもらえていたが、売れ残りとなってからは、まともな食事もなく、服は最初に来ていたボロボロの服で、身体も髪も汚れていた。



それから3日間、身体を洗うお湯も、一日三回の食事も出されるようになった。

他の子供たちは涙を流して喜んでいた。


でもわたしは素直に喜べなかった。

これからまた、あの怖い人の下で、厳しい暮らしをさせられるのだと思っていた。


そうでもなければ、誰もが買わなかった、売れ残りの私たちをまとめて買うはずがない。

そう思うと、不安でたまらなくなった。



そして約束の3日目が来た。


やって来たのは、怖い人ともう一人、わたしより少し年上の綺麗なお姉さんだった。

お姉さんは、私たちに近づくと、屈んで目線を合わせてきた。



「名前は何ていうの?」


「……、リ、ズ」



やっとの思いで、わたしが嫌っている名前を告げると、そっと抱きしめてくれた。

優しい匂いがして、柔らかく包まれた感じで、凄く安心できた。



「心配しなくてもいいのよ、もう大丈夫だから。

辛い思いはさせないから、安心して私たちに付いてきて。同じ子供たちも沢山いるよ」



そう言われて、涙が止まらなくなった。

周りの子供たちも、ひとりひとり声を掛けられている。


その様子を、怖い人は笑顔で眺めていた。

もしかすると、この人も怖い人ではないのかも?


そう思ったとき、わたしは自然に笑顔になっていった。もう何年も……、忘れていた笑顔に。



移動するとき、わたしたちはそれぞれ馬に乗った。

もちろん、わたしたちが一人で乗れる訳もなく、大人たちが乗る馬に一緒に乗せられて。


わたしは優しいお姉さんと一緒だった。

馬の上でいっぱい話をした。


お姉さんの名前は「ソラ」と言うことも、ここで教えてもらった。

これから行くところは、私たちが辛い思いをしなくてもいい場所、皆が笑って暮らせる場所だと聞いた。


わたしは生まれて初めて、わくわくした。

わたしたちの新しい未来を心に思い描いて。



その時わたしは、お姉さんにひとつだけお願いをした。

わたしには、奴隷としての名前しかないこと、その名前を嫌っていることを伝え、お姉さんの名前から新しいわたしの名前を付けて欲しいと。



「え? 私の名前から?

うーん、そうねぇ……」



少し困った顔していたが、お姉さんはふと思いついたように笑った。



「私には妹がいたの。

貧しい暮らしで、小さい時に亡くなっちゃったんだけどね。

あなたには妹の分まで、いっぱい元気に生きてほしいから、彼女の名前を受け継いでくれるかな?」



私は嬉しかった。

この優しいお姉さんの妹みたいになれることが。何度も何度も大きく頷いていた。



「じゃあ、あなたはこれから『ソラン』ね。

妹の分まで、笑って楽しく生きなきゃダメだからね」



こうして新しい私の名前は決まった。

嬉しくて、嬉しくて、みんなにそう呼んでもらうようにお願いした。



暫く馬で走ると、深い森の中に入っていった。

薄暗く、凄く怖い感じがしたが、ソラお姉さんが後ろにいるので、不安はなかった。


森を進むと、大きな石がたくさん転がる場所に出た。

ソラお姉さんが手をかざし、何かを唱えると、石が一斉に消え、ずっと奥に繋がる穴があった。



「ひゃっ!」



「あ、びっくりさせてごめんね。

私、時空魔法士なの。いろんな物を隠したり、取り出したりできるのよ」



魔法を使えるの!

わたしは凄くびっくりした。


奴隷商人の所にいたとき、同じ奴隷の大人たちから聞かされたことを思い出した。


わたしたちの祖先は、魔の民と呼ばれ、怖い魔境という場所に住んでいたことを。

わたしたちは、もう魔法の力を失ったその子孫、人外の民と呼ばれ、それ以外の人たちから酷い目にあっているということを……



「ソラお姉さん、凄いっ!」



「ふふふ、私たちの仲間は、魔法が使える人がいっぱいいるよ。カイルさんのお陰で。

あの人が、人外の民と呼ばれていた私たちを、救ってくれたんだよ」



わたしはその時初めて、あの怖い人がカイルという名前だと知った。

今も私たちの同族を救うため、長として行動していて、これまでも多くの仲間を保護していたことも。



「因みに、ソランも私と同じ時空魔法士の素質があるって、カイルさんが言ってたわ。

いつか、同じように魔法が使える日も来るわよ」



わたしは信じられない気持ちでいっぱいだった。



その後、トンネルと呼ばれた穴を抜け、東の果て中継所という周りを岩に囲まれた場所についた。

ここは秘密の隠れ家で、この後他の仲間と待ち合わせするための場所だと聞いた。


そしてここが、誰もが恐ろしい場所と呼んで、近づくことのない魔境の中にあるということも……



その夜初めて、食事でお肉を食べた。

お肉自体は、年に数度食べたことがあったが、半分腐った嫌な匂いのする切れ端で、ちゃんとしたお肉はこれが初めてだった。


涙が出るほど美味しかった。

生まれて初めて、おなか一杯食べた。

周りを見ると、他の子供たちも泣いていた。



「本当はね、魔境の中ではあまりお肉を焼くのは良くないんだけど……

カイルさんが、今日ぐらいはたくさん食べさせてあげろって。

この先、里に着くまでは食事でお肉は出せないから、この先はちょっと我慢しててね」



ソラさんがみんなにそう説明してくれた。

わたしの中でカイルさんは、怖い人から、優しいお兄さんに変わっていた。



それからは毎日が夢のようだった。

暫くこの中継所にいたあと、他の人たちとも合流して旅に出た。


道中、みんな優しかった。

わたしや子供たちにも気を遣って、かわるがわる声を掛けてくれる。


そして、旅はあっという間だった。



エストと呼ばれた里に着いたとき、安全な壁に囲まれた場所には畑が広がり、みんなが生き生きとして働いていた。


そして、またお肉を食べることができた。

お肉以外の食事も、毎日お腹一杯に食べることができ、一緒に来た子供たちは毎日大はしゃぎで駆け回っている。


奴隷商人のところにいたときは、見ることのなかった笑顔と、明るい声で。


そんな様子を見て、わたしも早く、他の人の役に立ちたい、何かお手伝いがしたいと思っていたころ、

ソラお姉さんに連れられカイルさんの所にいった。



「ソラン、ここでの暮らしは慣れた?」



「はい、カイルさん、ソラお姉さまのお陰で、毎日が夢のようです。私も早く役に立ちたいです!」



そう答えたわたしをじっと見つめ、カイルさんは何かを考え込んでいた。

そして、意を決したように話しかけてきた。



「ソラン、ちょっと早いかも知れないけど……

魔法士になるかい? 同じ年ごろだとマルスも時空魔法士だし、一緒に訓練もできると思う」



「はいっ! 嬉しいです。是非っ!」



それが、彼女が時空魔法士として目覚め、将来夫となるマルスと出会うきっかけだった。


その後、アルス、ファル、ソラに次ぐ、高い能力を持つ魔法士としてソランは活躍し、カイル王国の建国に大きく寄与することになる。


そして、カイル王よりその功績を称えられた夫妻は、姓と貴族の身分を賜り、2人はお互いの名から取った新しい姓を名乗ることになった。


2人は悩んだ結果、ソラン+リズ+マルスより一字づつ取って、ソリスと姓を定めたという。



この小さな出来事は、数百年の遠き未来に繋がる、細く小さな糸が紡がれた瞬間であった。

最後までご覧いただきありがとうございます。

次回は三日後、9/3の9時に『氏族との関わり』を投稿します。

どうぞよろしくお願いします。


【お詫び】

9月3日の投稿以降、外伝の投稿は週一回のペースとなりますこと、お詫び申し上げます。

(8/24付 活動報告)

大変恐縮ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ