第四十一話 帰還
野盗たちを撃退したカイルたち一行は、そのまま魔境の中を進み、東端よりひとつ手前の避難所に入り夜を明かした。
「いやはやカイル殿のお見事な用兵、感服しました。
これまでもそうですが、カイル殿はいずこで用兵を学ばれたのですか?」
ゴウラス男爵は今回の鮮やかな手際に、感服した様子で話しかけてきた。
「いえいえ、たまたま上手くいっただけです。
特にこの世界で用兵を学ぶ機会もなかったので……」
私の言葉は、半分事実であり半分嘘であった。
日本に住んでいた時は、歴史が好きであり、甲斐尊として、様々な書を読んでいた。
中国の歴史小説もそうであり、太平記などの日本の歴史書や戦記についての著書も好んで読んでいた。
戦場での作戦や、拠点構築と放棄、それらはそこから関連した発想のものが多い。
「所で、男爵がお連れになった人たちは、我々の目的地をご存じなんでしょうか?
予想以上の人数になっていると聞きましたが……」
これ以上詳しく話を聞かれても困るので、私は話題を変えた。
「正直、兵士の家族とその関係者には、真実に近いことを話しております。なので心配はありません。
ただ、その……
男爵家の差配で合流した50名については、今なおドーリー子爵領内の、魔境開拓地に向かうと思っている者たちが、大半を占めていると思います。
そこは、中継所で真実を話し、離脱を希望すれば当面の金貨を渡して、途中まで送って逃がす予定です。
まずかったでしょうか?」
「いえいえ、男爵の兵たちにも女手は必要ですしね、我々は誠意を以て対応しましょう」
私と男爵はこういったやり取りを、事前にしていたのだが、それらは全くの杞憂に終わった。
男爵家の家宰から預けられた時点で、彼女たちはある程度何かを、言い含められていたようだった。
それでも同行を望んだ者たちとして、彼女らが選抜して送られていたらしい。
初めて避難所を訪れた時は、新たに加わった130名と、私がゴートの街から連れてきた10名、彼女たちは今いる場所が魔境の奥深くにあることに、例外なく驚いた。
だが、その仮暮らしでさえ、十分に安全が確保され、かつ、十分以上の食事が供給されたことで、安心したのか、この先の新天地に希望を持つようになるのに、そんなに日を要することはなかった。
そして我々は前回と同様、この東端の避難所で雨を待つことになった。
「ちょうど前回、初めて北の魔境に向けて移動したのが一年前でしたね」
アルスが感慨深げに呟いた。
あの時は逃げることに必死なだけでなく、先行きも分からず、誰もが将来の不安を抱えていた。
私たちは今の自分たちの状況が、一年前には全く創造すらできなかったであろうことを思い出し、それぞれが思いに耽った。
※
カイルたちが雨を待ち続けていたころ、ドーリー子爵には領内で発生した悲報が届いていた。
ケンプファー男爵領を発した魔境開拓団、総勢約200名が、途中の街道で野盗に襲われ全滅したらしい。
子爵はそんな報告を受けていた。
現地に探索や調査の兵を赴かせると、確かに魔境の畔で野盗たちと誰かが交戦した跡や、途中で遺棄されたのか、大きく破損した何台もの荷馬車が発見された。
肝心の野盗や開拓団の姿は見当たらなかったが、魔物に食い荒らされた遺体の一部が散乱しており、最終的に双方が魔物に襲われたと思われる。
そのように結論付けられていた。
「野盗に襲われ、魔境に逃げたとなれば助かるまい。
非常に気の毒なことをしたな……
ケンプファー男爵には、調査した結果や顛末を報告するため、使者を送ってやれ。
あと、兵200を周辺の町や村に派遣して、警備を強化させろ。今は人の味を知った魔物の襲撃に備えねばならんからな」
ドーリー子爵は一旦結論のようなものが出ると、それ以上の調査を行うことは無かった。
こうして、ゴウラス男爵たち一行、魔境開拓団の存在は、ローランド王国の歴史の表舞台から消えた。
唯一、不幸な事件として記録に残ることを除いて。
真実を知るのはカイルたち一行と、後日、義兄より商人を介した手紙をもらい、真実を知ったジークやケンプファー男爵家家宰など、ごく一部の人物だけだった。
※
私たちは10日ほど避難所で雨を待ち、待望の雨とともに旅立った。
今回は足の遅い家畜もおらず、全員が騎馬と馬車や荷馬車で移動している。
大粒の雨により視界が妨げられ、音も搔き消されたなか、悠々と日中に移動することができた。
その後は関門脇の隠された山道を抜け、南門中継所まで一気に進んだ。
そこで一泊すると、次は三角砦に、そして3日目には定軍山に入った。
クーベル殿たちは、往路より倍以上になった我々の規模に驚きを隠せない様子だったが、作戦と交易の成功を喜び、歓待のもてなしを手配してくれた。
そして翌日はファランの中継所でで1泊し、東端の中継所を出て5日目で、ついにエストに到着した。
収穫を終え、我々の帰りを待っていた皆は、歓呼で我々を迎えてくれた。
初めてエストを訪れた140名の新しい仲間たちは、もう驚き過ぎて何が何だかよくわからない、そんな唖然とした表情だった。
これで我々の仲間は、合計890名にも上った。
しかも、交易で手に入れた物資に加え、男爵領からも大量の物資を得ることができたので、エストでの収穫もあり、食料の充実は目を見張るものがあった。
(人外の民:675名)
隠れ里からの仲間 350名
侵攻時に保護した同胞 300名
ゴートにて保護 5名
男爵領から同行 20名
(人界の民:215名)
男爵軍兵士 100名
兵士関係者 80名
ゴートにて保護 5名
男爵領から同行 30名
最初に旅を始めた時と比べると、人口の増加も一気に進んだ気がする。
そして今回は115名もの人界の民が増えた。
その多くは、男爵領出身の者たちであり、元から彼らのなかで、人外の者に対する偏見や差別は一切ない。
今回追加で同行した30名は、最初のうちこそ戸惑うであろうが、すぐに慣れるだろう。
※
収穫と脱出作戦もひと段落ついたので、我々自身の体制も少し整えることにした。
里長の私を補佐する立場としてアルスとゴウラス男爵に依頼した。
男爵は215名の人界の民の意見を代表する立場としても、活躍してもらうことを期待している。
その他の幹部としてはこれまで通り、ファルケ、ヘスティア、ファル、アースら指揮官クラスとなる。
通常の議論は、この7人で行うこととした。
それ以外にも幾つか役職を作ったが、これはおいおい満たしていくことにした。
幹部が、男爵以外は全て人外の民というのも考え物だし、これからの働きぶりで老若男女問わず、登用していくことにした。
里長 :カイル
左翼補佐:アルス
右翼補佐:ゴウラス男爵
(戦闘部門)
護衛部隊:ファルケ
魔法部隊:ヘスティア
支援部隊:ファル
工兵部隊:アース
偵察部隊:ソンナ
(一般部門)
交易部隊:ソラ
建設部隊:空席
農業部隊:空席
生活部隊:空席
それ以外に行ったこととして、1年で新たに手に入れた魔石を使い、付与を一気に推し進めた。
最優先は、戦闘での即戦力だが、それ以外に、一番最初、祭壇にあった魔石を提供してくれた家の家族も
含まれる。
今回、比較的状況は安定したので、まだ幼いため付与を保留していた者たちも晴れて魔法士となった。
これには、私が最初にこちらに来た際の遊び仲間も含まれている。
テスラ:女性 15歳 風魔法士
アクア:女性 13歳 水魔法士
マルス:男性 14歳 時空魔法士(アルスの息子)
カイン:男性 14歳 聖魔法士(サヘルの兄)
サヘル:女性 12歳 聖魔法士(カインの妹)
ハルト:男性 13歳 火魔法士
そして、候補者の少ない3属性は優先的に付与した。
重力魔法士と闇魔法士の候補者は、今のところゴートで保護した娘たちだけだった。
時空魔法士はそれに加え、魔境で救出した者たちのなかには、候補者が2人しかいなかった。
その3人とマルス、合計4人に付与を行った。
ララ :女性 11歳 重力魔法士
ヒヨリ:女性 10歳 闇魔法士
ソラン:女性 14歳 時空魔法士
他2名:男性 時空魔法士
どうやら、各氏族の住まう地域は、それぞれの属性を持つ魔物が多く生息する場所、そんな因果関係もあるらしく、風と時空以外の魔石は、他地域に行かないと入手しにくい、そんな事もわかってきた。
それでも現状、123名の魔法士が仲間にいる。
私は、様々な点で準備が整のいつつあることを実感していた。
<魔法士総数 123名>
魔石数 現状 今回 合計 残数
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風魔法士 15個 24名+ 6名 30名 9個
火魔法士 2個 16名+ 2名 18名 0個
地魔法士 3個 13名+ 3名 16名 0個
聖魔法士 6個 8名+ 6名 14名 0個
水魔法士 1個 12名+ 1名 13名 0個
時空魔法士10個 7名+ 4名 11名 6個
雷魔法士 2個 6名+ 2名 8名 0個
音魔法士 0個 4名+ 0名 4名 0個
氷魔法士 0個 3名+ 0名 3名 0個
光魔法士 0個 3名+ 0名 3名 0個
重力魔法士 1個 1名+ 1名 2名 0個
闇魔法士 2個 0名+ 1名 1名 1個
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97名+26名 計123名
最後までご覧いただきありがとうございます。
次回は三日後、8/31の9時に『間話:ソラン』を投稿します。
どうぞよろしくお願いします。
【お詫び】
9月3日の投稿以降、外伝の投稿は週一回のペースとなりますこと、お詫び申し上げます。
(8/24付 活動報告)
大変恐縮ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。




